第九十五話 位置情報ゲーム
技術の進歩とは驚くべきもので、最近のスマホのゲームの中には位置情報を利用したオンラインゲームが多数存在する。現実世界の自分の位置が参照され、現実で自分が移動すれば、ゲーム内の架空のマップ上でも自分のアバターが移動する、といった具合でゲームとリアルが連動しているのだ。
点在する拠点を占領したり、指定された目的地に到着して報酬を得たり、街中で出会うモンスターを捕まえたり、内容はアプリによって様々だ。
以前にも登場したイラストレーターの米田くんがプレイしていた位置情報ゲームアプリは国民的なRPGタイトルを冠したものだった。始めたきっかけはそのRPGのシリーズを昔にプレイしていたから、どんなものか興味あったのと、引きこもりがちな生活が続いていたので、こういうきっかけでも作って軽く運動しよう、とそんな具合だったのだが、やってみるとこれがなかなか面白い。
すぐにハマって運動のためだったのが、ゲームを遊ぶために外に出るようになった。
米田くんは夜型の人で日中出歩くのがしんどかったため、深夜に作業の休憩時間にアプリを起動し、その時の気分次第で家の周囲をぶらぶらと歩くのが日課となった。
そんな風にしてゲームを楽しんでいたある夜のことだ。
月が綺麗な夜だったので、体力もついてきたし少し遠出してみようと自宅の周囲から3キロほどの範囲でいいところが無いか探した。
米田くんの住んでいるところは関東の田舎だ。ランドマークと言っても近所の民宿とか歩いて三十分かかるコンビニや公園だけでなく、個人経営の商店とか、案内板とかそういった細々としたものまで存在し、都会とは全然違っているらしい。
ふと、見知らぬランドマークが目に留まった。
名前を見ると、
「といこなみにすいこなみ」
意味不明の文字列が並んでいる。こんな建物は知らない。もっとも、地域の隅々まで足を運んだことはないから、ただ知らないというだけかもしれない。
距離は自宅から2.4キロほど。丁度良かったから、足を運んでみることにした。
架空の世界のモンスターを討伐しつつ国道を北にほてほてと上って、沢にかかる橋の先から別れる山道の先が目的の場所らしい。夜の山道を漕ぐのは危ないなと思ったが、懐中電灯も持っていたし、好奇心が勝って登ってみることにした。
幸い思っていたほどの距離はなく、勾配を登ってすぐに小さな平屋が見えてきた。
外観はボロボロで、灯りが点いていない。誰も住んでいないのだろう。
スマホの画面を見ると、目的地に到着し、クエストが完了したと出ていた。
こんな廃墟が目的地として登録されているんだな。
不思議に思ったものの、まあそういうこともあるかもしれないと、帰ろうとしたその瞬間、
きいいいいいいいいぃ……と、鉄を擦るような不快な音が家の方から響いてきた。
思わず耳を塞いで家をみると、家の裏からスーツ姿の男がゆっくりと姿を現した。
身長がやけに高い、というより細長かった。平屋の屋根よりも頭が上に来ていたから2メートルはゆうに越えているのに、骨と皮だけしかないみたいにガリガリなのだ。
そして何より異様なのはその頭だった。
「なんて説明したらいいのかな、ほら、キリコって画家の絵で顔が電球みたいになっているやつあるじゃないですか。頭があんなふうだったんですよね、ゆで卵が乗ってるっていうか、目も鼻も口も無くてつんつるてんなんです」
米田くんはあまりの恐ろしさに、一目散に逃げだし、息が切れて動けなくなるまで国道を走ったそうだ。その後は、非常に疲れはしたが、何事もなく家に帰り着けたそうだ。
「目鼻が無いって、なんだかのっぺらぼうみたいだね。むじなって怪談でもある……」
話を聞いた私がそう言うと、米田くんはパチンと手を打って、
「あ、それですそれです。そんな感じ。でも、よかったですよ。その後誰かに会ってたら、こんな顔かい? ってやつがきてたかもしれないので」
米田くんは家の敷地にあるプレハブ小屋で隔離されるように一人で暮らしている。だから、家に逃げ帰っても、二日後用事で呼び出されるまでは身内の人間と顔を合せなかったそうだ。そのために、例の廃屋がなんだったのか、確認も取っていないという。
ただ、それ以来、おかしな目的地が表示されることはなく、米田くんは未だにアプリを遊ぶために、夜の散歩は続けている。
「といこなみにすいこなみ」
という文字が一体何だったのか、それについては米田くんが答えを出している。
これは、ある単語をかな入力でヘボン式入力と同じようにキーボードにタイプした時に表示される文字なのだという。
その単語というのは、
「セブンイレブン」
米田くんの家から一番近いコンビニである。
セブンイレブンに偽装しようとして、間違えたのだろうか?
なぜかな入力なのか、理由まではわからない。




