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幽怪百物語  作者: 背戸山葵
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第九十四話 狸の死骸

 中学一年の夏、毎年帰っていた父の実家でのことだ。

 暑い昼間に涼むために、夏場は毎日のように家の前の勾配を下った先にある川で遊んでいた。父や姉と一緒に深くて流れの緩やかなところで泳いだり、魚を捕ったり、釣りをしたりするのである。釣れるのはハエ(カワムツの地方名)で、網で捕れる魚はゴリ(ヨシノボリ)、それらはつけ針というウナギ漁の餌として使っていたから、釣るのも取るのも楽しいばかりでなく、おいしいことでもあった。

 低い山に囲まれた地域だから、十六時頃になって日が傾き始めると、途端に気温が下がってくる。大体その時間あたりに引き上げることになるのだが、その日は帰り道で珍しいものをみた。

 狸の死骸だ。

 車に轢かれたのだろう、ぬいぐるみみたいな毛におおわれたそいつは、道路の真ん中に横たわって、腹部の辺りから赤黒い液体が広がっていた。

 といっても、田舎のことだから狸が轢かれて死んでいること自体は珍しくないのだが、普段街中で暮らしている私にとっては初めて目にするものだったのである。

「うわ、狸死んでるやん。かわいそうに」

 私はそう言いつつも、死体は誰かが処理するだろうし、さっさと家に帰ろうとしていた。だが、父は私や姉と違い狸を無視することはしなかった。魚とり用の網で狸の死骸を掬うと、オオシモ(川の傍にあったうちの所有する耕作放棄地)の方へ持って行くという。

「埋めるん?」

「ああ、悪いけどうちからシャベル持ってきてくれるか?」

 私は父の指示に従い、家に帰ってからシャベルを持ってオオシモの方へ向かった。姉は面白そうだからと私についてきた。

 私は父の指示で遊んでいる土地の隅に穴を掘り、狸の死骸を埋めた。小さな石を持ってきて墓石の代わりにし、三人で手を合わせた。

 父は信心深い人間ではないし、それほど慈悲深いというわけではない。動物の死骸をわざわざ埋めてやるなんて私には意外な行動だった。

 だから、私はなんでそういうことをしたのか訊ねてみた。すると、

「それが、昔な……」

 と、こんな話をしてくれた。

 父が小学生の頃、通学途中で動物の死骸を見つけたそうだ。狸、だと思ったが、アナグマかハクビシンかもしれない。遠目で見たし轢かれて伸びていたから判別はつかなかった。

 最初は嫌なモノ見たなと思って放っておいたのだが、数日たっても誰も片付けない。

 何日も経つうちに何度も車に轢かれ、鳥が別の獣が死肉を貪り、白く肥えた蛆がわき始める。肉は液状化し、陽に焼かれて毛の付いた皮がだんだんとアスファルトに張り付いてくる。

 父の方も何度も目にしていると慣れてきて、棒で突いてみたり、肉に集る蛆を捕まえて釣りの餌にしたりするようになっていった。

 やがて、完全に死骸が溶けだして黒ずんだ後だけが路面に張り付くだけとなってしまった頃だ。

 父はそれがどうなっているのか気になって、戯れに靴の先で突いたり踏んだりしてみたそうだ。すると、突然、黒ずみを踏んだ足が重たくなった。

 まるで、小さな子供位の大きさのものが足に纏わりついてきたそんな感じだったそうだ。

 父は驚いて重たい右足を引きずりながら、家まで逃げ帰った。

 母――私の祖母――に足が重いと訴えると、

「あんた、その足どうしたん?」

 怪訝そうな顔をする。見ると、いつの間にか足が血まみれになっていた。

 ふくらはぎの所に犬か何かが噛んだような傷があって、そこから血が流れていたそうだ。痛みは全くなかったのが却って気味が悪い。もちろん噛まれたという記憶はない。

 思い当たることと言えば、あの死骸のことだけだ。

 母に傷の手当てをされながら無神経なことをしてすまなかったと心の中で謝り続けた。すると、すぐに血は止まり足の重さは嘘のように消えてしまったそうだ。

 そのことがあってから、父は山道で動物などを見かけると、時間があれば墓を作って供養してやり、忙しい時でもせめて道路の脇によけてやるようにしているのだという。

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