第八十九話 死後の婚姻
私が父から聞かされた話だ。小学校で教鞭をとっていた父の同僚に、永野さんという方がいた。
永野さんは体育大学出身で、背が高くハンサムで人当たりもよく、生徒から慕われ、保護者から信頼を寄せられるタイプの教師だった。
その永野さんが二十六の時、Hさんという方と結婚することになった。Hさんは大学時代から付き合いのある女性で、付き合って五年になるそうで、二人の約束事として五年関係が続いたらちゃんと身を固めようと決めていたそうである。
式場や日程などはすぐに決まった。六月に埼玉県にある某神社で、神道式で行われる運びとなったとなった。Hさんは控えめな性格で、式や披露宴に参加するのは二人の身内十名ほどだけの予定だった。
しかし、結婚式の一月ほど前のことだ。Hさんは自動車事故で帰らぬ人となった。
永野さんは深く悲しみ、一週間ほど仕事を休んだそうだ。忙しい時期だったが、事情が事情がだけに、職場の誰もそれを責めることはなかった。
再び職場に顔を出した永野さんは、元気な顔を見せていたが、どこか様子がおかしかった。そこで父はせめてもの慰めになればと、彼を飲みに誘ったそうだ。
だが、話を聞いているとどうもおかしい。永野さんはHさんの死を悲しんではいたが、何かもっと別なことが気がかりになっているようなのだ。
そこで父はプライベートなことだから答えなくてもいいが、話だけでも聞かせてくれと申し出たそうだ。何か力になれるかもしれないと。
永野さんはしばらくためらっていたが、信じてもらえないでしょうけど、と前置きしてこんな話を語ったそうだ。
Hさんが無くなってから三日ほど経ってから、Hさんの親族から電話がかかってきた。電話口からお義父さんになるはずだった人の怒鳴り声が響いてくる。
もちろん、事故の原因は永野さんにはない。それでも、娘さんが亡くなったのだから、その怒りを誰かにぶつけたいのかもしれないと、永野さんは甘んじてその理不尽な怒りを受け止めるつもりだった。
だが、話を聞いていると何か変だ。
「なんであんな悪戯をするんだ、非常識にもほどがある」
そういう意味のことを、Hさんの父は言っていた。よくよく話を聞いてみると、こんなことがあったそうだ。
その日の夜、帰宅するとリビングの机に不審な封筒が置いてあったそうだ。宛名も差出人もない。先に帰っていたHさんの母や妹に訊ねてみたが知らないという。チラシの隙間にでも挟まっていたのかと、中を確認すると白い四つ折りの紙が一枚。
そこには白い紙に、血のような赤黒い字で、
「ゴ心配オカケシマシタ。結婚ハ予定通リニ行イマス」
と認められていたそうだ。
自分は知らないし、そんな悪戯をするはずがないと永野さんが訴えると、しぶしぶ納得してくれたようだが、その二日後。
今度は永野さんの実家にまったく同じ手紙が届いたとの連絡があった。
確認してみると、出席予定だった永野さんの兄のところにも届いていたそうだ。もしかすると、身内全員に送ったのかもしれないと、父方の祖母に連絡したが、祖母の所には届いていないようだった。祖母は足を悪くして施設に入っていたため、式には出席しないことになっていた。
「それでね、この手紙ってもしかして……Hが出してるんじゃないかなって思うんですよ」
そう言った永野さんの顔は、アルコールが入っているのに青ざめていたという。
「Hは、まだ僕と結婚するつもりなんでしょう」
その後、永野さんは首を吊って自殺してしまった。
亡くなったのは他ならぬ結婚式の予定日だった。
同僚たちは後追い自殺なのだろうと噂していたが、父は手紙の話を聞いていたために、「つれていかれた」のだと思ったそうだ。




