第八十七話 出すならこっち
設楽さんが体験した奇妙な出来事だ。
その夜は、金曜日で会社での飲み会があり、設楽さんは日ごろのストレスもあってお酒を飲み過ぎてしまった。何とか一人であるけたものの、足取りは覚束かず、最寄りの駅から自宅までの十分程度の道のりに普段の倍以上の時間がかかった。
国道沿いの道をふらふらと歩いていると、急に尿意を催した。
と、見れば道路脇に花やジュースが供えてある。
そういえば、十日ほど前にそこで事故があったらしい。
なんでも、女子高生がトラックに轢かれたと近所の人に聞いた。
家はすぐそこだが、酒が入って気が大きくなっていたこともあるのだろう、設楽さんの心に妙な考えが沸き起こった。
お供えに小便をひっかけてやろうと考えたのである。
罰当たりだし最悪な思い付きだったと、今では反省しているようだが、その時は面白いアイディアに思えたそうで、周囲に人がいないことを確認してからお供え物の前に立ち、社会の窓から自らの分身を取り出した。
と、ふいに誰かが左の肩に手を置いた。冷たい手だ。
それを感じた瞬間、強い力で左側に引っ張られた。よろめいて数歩横にずれる。
足が当たって、カルピスのペットボトルが倒れた。
見ると、よろめいた先にも花束やジュースが置かれている。お供えの一部だろうか?
しかし、それらは右の供え物とは分けておかれているようだった。
あれ、と思っていると――。
「出すならこっちにして」
耳元でそう囁かれた。女の声だった。
周囲には誰もいなかった。一気に酔いも醒め、設楽さんは慌ててその場を後にし、家に逃げ込んだ。
後から調べてみると、事故で死んだ女子高生は二人いたようだ。
二人は小学校から付き合いのある幼馴染で、とても仲がよかったらしい。
お供え物はまだ撤去されていなかったが、二つに分けられた片方は量が多く、もう片方は少ない。そのせいで設楽さんも気が付かなかったのだ。どちらがどちらのものかまでは、わからないそうだ。
「で、一番わからないところなんですけど、僕を引っ張ったのってどっちの子なんでしょうね?」
どちらがどちらのお供え物に、「こっち」と指示したのか。
つまり、酔っ払いに小便をひっかけられたくなかったのは、自分の方か友達の方かどちらだったのだろうか?




