第八十一話 プールの中に
小学校の夏休みの間、プール開きというのがあった。
文字通り生徒に向けてプールを開放するという行事で、参加は自由。学期中のプールの授業とは違って遊び中心で多少ふざけても先生からもうるさく言われないため、夏休みが来る度に私は友人を誘って毎日のように参加していたのを覚えている。
時間は午前の十時ごろから昼の十二時前までの朝の部と十三時から十五時までの昼の部に分かれていて、日によって四年生までの生徒と五、六年生とに分けられていた。
それは六年生の頃で、確か昼の部だったと思う。
プールの水は少し温くなっていたがまだまだ冷たくて、照り付ける太陽の下で肌を晒しているよりはうんと快適だった。
水に身体を慣らし、みんなで輪になってプールの端っこをぐるぐると回って渦を起こす「せんたっき」とか、プールの底に沈めた石を潜って拾うゲームなんかをひとしきりしやって一時間ほどすると、日向ぼっこが始まる。
プールで冷えた体を温めたり、友達と談笑したりする、いわば休み時間みたいなものだ。これが終われば残った時間は自由時間となる。
私はプールサイドの広いスペースで大の字になるのが好きで、その時も陽に温められたコンクリートに背中を預け、冷えた体に熱がなじんでいく感覚をぼんやりと楽しんでいた。
と、ふいにバシャバシャと水の音が聞こえた。
「あれ、誰か泳いでるのか?」
だが、そんなはずはない。
休憩中、生徒はみなプールから上がる。ゴミや虫が浮いている時などは、教師が網を持ってきて取り除くが、それほど激しい音はしない。
それに泳いでいるというよりは、誰かが溺れているような。
そんな音だった。
私は上半身を起こして、プールの方へ顔を向けた。
水の中に気味の悪い女がいた。色白でベタベタしたような長い髪で、太っていて、頭が異様に大きいのだ。肩まで水に浸かっているから正確にはわからないが、4頭身から5頭身くらいだろう。子供が作った形の悪いブサイクな粘土細工、そんな風に見えた。
それは、頭を左右に振りながら短い両手を振り回してめちゃめちゃに水面を叩いていた。だが、不思議なことに、バシャバシャと音が鳴っているのに、水面は少しも波立っていなかった。
なんだこいつは……私は唖然として硬直していた。
周囲の誰もその存在に気が付いていないように、各々休憩時間を過ごしている。
と、女の首がこちらに向いた。
細い瞼の隙間覗く目玉は真っ黒だった。
気付かれたらヤバイ。
直感的にそう思った私は、何も見なかったふりをして、腹ばいで寝そべった。
コンクリートに押し付けられた胸板から、高鳴った鼓動がやけにはっきりと聞こえた。
しばらくして気が付いたときには、音は止んでいた。
一緒に横で寝ていた友人や先生にそれとなく休憩中のことを聞いてみたが、変なことは何もなかったとの答えが返ってきた。
見間違いだったのだろう。その時はそう片付けたのだが、それからプール開きの時に、時々そいつを見るようになった。
私は暑さを我慢して、小学生最後の夏はそれ以上プールに行かないことにした。




