第四十四話 豚の頭
新潟に棲んでいる吾妻さんが若い頃に経験したアルバイトにまつわる話だ。
知り合いのつてで屠殺場を紹介された。
給料は日ごとにもらえ、その当時の土木作業の五割増しほどももらえる、かなり割のいい仕事だった。
その内容というのが、豚の頭を並べるというものだった。
なぜそんな作業が必要かというと、屠殺場でその日に処理された豚の頭数を正確に把握するためなのだという。
豚の頭は別な処理が必要なので、翌日に回されるのである。
内容を聞いた時には簡単そうだと吾妻さんは思ったらしいが、想像外のつらさがあった。
獣の匂いのする作業場で、ベルトコンベアに乗って流れてくる、ずっりと重たい豚の頭を持ち上げて、一つ一つ棚の上に並べていく。
それも、文字通り“あたまかず”を数えやすくするために、正面の向きで揃えて。
作業が後半になってくると、その光景は異様の一言に尽きる。
首から下のない豚の頭が、学校の授業のように前を向いて数百と並んでいるのである。目的もなくやっているとすれば、かなり悪趣味だ。
疲れもあってか、泥と血で薄汚れた死んだ豚たちの白眼のない真黒な瞳が自分を見つめているように思えてくる。
「なんで私たちはこんなことをされるんだ」
「私たちを殺した肉でお前は腹を膨らませるんだろうな」
そう言われているような気になってくる。
いつも豚を食べている時には気にしないことだが、見られている、という感覚が命を奪っているということを強く意識させるのだろう。
その感覚は日増しに強くなってきた。
三日目になって吾妻さんが豚の頭を運んでいる時に、奇妙なことが起こった。
手の中の頭だけになった豚が、鳴いたというのである。
フゴ、フゴ。
せき込むような音だ。
それを聞いた途端、吾妻さんは豚の頭を床に落としてしまったのだという。
今になって考えれば、空気とかガスとか説明がつくのかもしれないが、その時は豚がまだ生きていて自分に苦しみを訴えているような気になった。
だが、精神的に参っていた吾妻さんは、もうここでは働けない、そう思ったそうだ。
紹介してもらったのに申し訳なかったが、バイトを辞めることを場長に告げに行くと、
「いいよいいよ、この仕事ダメな人は絶対ダメだから」
と、明るく答えてくれホッとしたという。




