第四十話 神社の臭い
最近は神社に行く目的も様々で、神様にお参りをしたり、おはらいをしたりというばかりでなく、御朱印を集める、パワースポット巡りなんて人も少なくはないそうだ。
主婦の山野さんが友人のNさんと共に山の手にある某八幡宮に参拝したのも、はとみくじ、という鳩の形に結んだくじを求めるついでだったという。
その神社には二つの入り口がある。南側から階段を上る正面口と、駐車場などがある裏口である。山野さんは、バスの停車場から近い正面口から神社に向かった。
境内まで続く参道は木々のアーチの下に伸びたなだらかな坂になっており、最後に40段ほどの階段がある。季節は春の終わり頃で、緑の下は涼しく、けれどこれから爆発的な生育を迎える木々のいきれで、周囲にはむっとするほど青臭さが満ちていた。
だが、境内へ向かう階段の近くまで来た時のことだった。
ふいに、異臭を感じたという。
獣臭とでもいうのか、脂と垢の凝ったような胸のムカムカする臭いだったという。
「なにこれ、動物?」
Nさんを見ると、彼女も鼻を押さえて眉間にしわを寄せていた。
山の手とはいえ、そのあたりでイノシシなどを見るのはまれで、出会うとしてもイタチやハクビシンなどがせいぜいだ。
そんな臭いがするわけもない。
正体が気になったが、次第に吐き気を催してきたために、山野さんは鼻を追って足早に階段を上った。
やがて臭いは薄れていき、境内に入ると全く臭わなくなり、逆に空気は澄んで吐き気も収まっていた。
参拝客は平日の昼ということもあってまばらだった。
静かで、涼しく、まるでそこだけが現世から切り離されて存在しているようだった。
手水場で手を清め、祭神に拝し、目当てのはとみくじを購入し、境内の様子を見て回ってから、さて帰ろうかとなった。
正面入り口から帰る方が近道なのだが、例の臭いのことを思い出した。
「変な臭いしたし、裏から回って帰らない?」
そう持ち掛けると、Nさんも同じことを言おうとしていたところだった。
裏口から駐車場の方を通る道は、何の臭いもなかったという。
しかし、その日ある事件が起こった。
参道内で中年の女性が刺され、亡くなったのである。
犯人は若い男で、仕事を失って自暴自棄になっていたそうだ。
事件が起こった時刻は、山野さんたちが神社から出た時間と近い。
もし、あの時参道を通って帰っていたら――。
そう思うと、恐ろしくなったという。
「もしかしたら、神様がその道を避けさせるためにそんな臭いをさせていたのかも」
山野さんはそのことがあってから、しばしばその八幡宮にお参りに行くようになったという。




