第三十六話 乗ってきた
吉兼さんが友人のWさんと二人で街の方まで遊びに出かけた帰りのことだ。
吉兼さんの軽自動車で、街灯のほとんどない暗い夜道を走っていると、ふいに嫌な気配がして、背筋に悪寒が走った。
といっても、何かを見たというわけでもなく、嫌だな、と感じただけだ。
その恐怖を紛らわすためかはわからない、吉兼さんは、
「なあ、俺ら前に二人で乗ってるじゃん。こういう時にさ、いきなり後ろの席に誰か座ってたら怖いよなあ」
と、そんなことを口にした。口にしてから、ほんとにそれが起こったら嫌だな、とさらに怖くなってしまったという。
Wさんも怖くなったのか、途端に口数が少なくなったそうだ。
その次の日のことだ、吉兼さんが仕事場である工場でライン作業をしていると、突然、
「おーい」
若い女の声がして振り返った。
だが、誰もいない。
同じように声を聞いたらしく、隣で作業をしていたおじさんも、
「今声したよね?」
と不思議がっている。
工場は吉兼さんを除けば若い男は少なく、女の人はいない。
だから、そんな声が聞こえるはずはない。
なんとなく、その話をWさんにしてみると、
「あーやっぱり着いてっちゃったのかぁ」
と、残念そうに言う。
「やっぱりってどういう意味だよ」
「帰り道でさ、急にお前が後ろに誰か乗ってきたら怖いとか言い出したじゃん? あの時さ、ほんとに後ろに乗ってたんだよね、二十歳くらいの嫌な顔した女が」
それを聞いた瞬間、昨晩と同じような嫌な気配が背筋を這い上がったという。
Wさんは昔からそういったモノが見えてしまうことがあるのだそうだ。あまり人に自慢するものでもないので、今まで家族以外には話していなかったとのことだった。
女の声を聞いたのは一度だけで、吉兼さん自身に特に触りは無いようだ。
「もしかしたら、工場で働いているのかもね」
吉兼さんは呑気に言っていた。




