第三十二話 間違えた
高橋さん自身もその病院で一度だけ奇妙な経験をしたことがあるという。
おとずれた病院は敷地も広く棟の数も複数あったため、お見舞いなどで訪れた家族の方が事務所に間違えて入ってくることも少なくなかった。
救急に搬送される病院だから、身内の事故の直後で動転していて、何を言っているのかわからない人や、事務員に強く当たる人などがくると、同情しつつも迷惑だなと感じてしまう。
その夜、二十三時を過ぎた頃にやってきた男も迷惑なやつだった。粗暴そうな二十代前半の痩せぎすな男で酔っぱらっているのか顔が赤かった。
彼は入り口の扉を乱暴に開け、つかつかと窓口に近づいてくると、
「ユリどこだよ、おい」
イライラした口調でそう聞いてきた。
やばいのがきたな、と思いながら話を聞いていると、彼女が交通事故に合い、この病院に救急搬送されたがどこにいるのかわからないから教えろ、ということらしかった。
噛みついてきそうな男から彼女の名前を聞き出し、その人が本当に運び込まれたのか、どこの病棟にいるのか確認するため病床のある棟に連絡を入れた。
確かにその名前の女性が二時間ほど前に運びこまれているらしかった。
だが、彼氏がお見舞いにきているので向かわせてもいいですか、と訊ねると電話口の向こうの看護師は、
「え、そんなはずないでしょ」
と言う。
えっ、理由を訊ねると、
「いや、だってその人、彼氏との旅行中に車でトラックとぶつかって、運転してた彼氏の方は即死って聞いてるよ」
ゾクッ、と背筋に悪寒を感じ、窓口の方を見るともう男の姿はなかったそうだ。
あまりに突然命を失ったために、自分が死んだことに気が付かなかったのかもしれない。




