第三十一話 転院したはずの患者
高橋さんが二次救急の病院で医療事務のバイトをしていた時のことだ。
二次救急というのは二十四時間患者を受け入れる救急病院の一つで、住居が遠かったり、旅行中に怪我をしたりした患者も受け入れる。
患者は一旦処置をしてから家族や病院との相談の後、条件が合った別の病院に転院になることが多いのだが看護師や医師の中には、転院したはずの患者さんを病院内で見かけた、という人も多いのだそうだ。
ある時、Kさんという新人の看護師さんが3日ほど前に転院したおじいさんが病棟内をうろついているのを目撃したという。
あれ? っと思って追いかけてみるとどこにもいない。
救急の看護師は激務でもあり、疲れて見間違えたのかと思ったが、なんとなく気になって先輩の看護師に報告することにした。
先輩はああ、という顔をして、転院先の病院に問い合わせをしてくれた。
そのおじいさんは、転院してから間もなく病状が悪化し帰らぬ人となっていた。
息を引き取ったのは、ちょうどKさんがおじいさんを見かけた時刻だった。
先輩が言うには人の生き死ににかかわる仕事上、看護師はそう言ったものを見てしまうこともあるのだが、いちいち気にしない方がいいということだった。
その次からはKさんは転院した人を見かけても報告することはしなくなった。
亡くなった、というのをわざわざ確認するのは嫌なのだそうだ。




