第三十話 続・雨宮さん
雨宮さんが亡くなってから一月ほどたった夜のことだ。
その日の夜勤の担当は南さんと樋口さんだった。一通りの業務を終え、南さんは休憩室で先に仮眠をとることになった。
夜中ふと、ナースコールの音で目を覚ました。まだ交代の時間でもないし、樋口さんが対応するから再び眠りにつこうとすると、なかなか鳴りやまない。
他の対応で手が回らないのかもしれない。
そう思って、休憩室から抜け出して対応するために詰め所に向かった。
詰め所には樋口さんの姿はない。
首をひねりながらも確認すると、ナースコールは、死んだ雨宮さんがいた病室からのものだった。
だがおかしい。その病室は事件があった後、清掃はしたものの使われていないのである。
使われていない部屋のナースコールは、線が抜けていて鳴らないはずだ。
気味が悪いな。
そう思いつつも、誰かが悪戯しているのであれば注意しにいかないといけない。
南さんは重い足取りで件の病室へと足を運んだ。
誰の名札もかかっていないその病室のドアを開ける。
暗闇の中には当然誰の姿もない。
ナースコールを確認してみても、線はやはり抜けている。
なんで鳴っていたんだろう。
だが、何事もないので休憩室に帰ろうとした。
その瞬間、ゾクッと悪寒を感じた。
ベッドの上に、人の気配がある。
ゆっくりと振り返る。
と、ベッドの上に雨宮さんが座っていた。
ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべる彼女の手にはガラスの破片が握られていた。
「やめてください!」
南さんがそう叫ぶと同時に、雨宮さんはガラスで首を掻き切った。
笑顔を浮かべた雨宮さんの頸動脈から、ピーと笛のような高い音と共に、真っ赤な血が噴出した。
「大丈夫か? おい、おい!」
声がして、目を覚ますと樋口さんが困惑した顔で南さんを揺すっているところだった。
南さんは、夢かと思ってホッと胸を撫で下ろした。
しかし、
「おい、なんでこんなところで寝てるんだよ?」
樋口さんがそんなことを訊ねてくる。
え? と思って辺りを見回すと、そこは雨宮さんが死んだ病室のベッドだったという。
ここからは樋口さんの証言になる。
樋口さんが事務所で暇を持て余していると、雨宮さんのいた病室からナースコールが鳴った。
不審に思って駆け付けるとベッドの上で、休憩室で仮眠をとっているはずの南さんがうなされていたのだそうだ。
寝ている間に夢遊病患者のようにベッドのところまで歩いたのだろうか。
信じられないが、そうとしか考えられなかった。
「雨宮さんの霊に呼ばれたんでしょうか、僕……」
南さんはそう言って震えていた。
そうじゃないだろうな、と樋口さんは直感した。
雨宮さんの行動原理は、生きていたころと変わりない。
死んだ後でも南さんの記憶の中に自分のことを刻み付けたかったのだ。
だが、そのことを伝えるのは南さんを余計に怖がらせるだけだ。
ただの夢だから気にしない方がいい、そう励まし樋口さんは仮眠をとらず、南さんとつきっきりでいたという。
その後ほどなくして、南さんは心を病み、病院を止めてしまった。
今では遠くにある別の心療内科のお世話になっているそうだ。
「誰にでも好かれるってのはいいことだけど、好かれない方がいい人ってのはいるんだよねえ」
樋口さんはやるせなさそうにそう語っていた。




