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幽怪百物語  作者: 背戸山葵
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第二十八話 赤ちゃんが

 心療内科のある病院で看護師をしている樋口さんから聞いた話だ。

 精神医療の一環でデイケアというサービスがある。患者たちにゲームや簡単な作業や映画鑑賞などといったレクリエーションをしてもらい、作業能力やコミュニケーション能力を向上させる、社会復帰のためのリハビリである。

 樋口さんの勤めている病院のデイケアには病院の内外から、多い日には累計五十人ほどが参加していた。

 多くの人が同じ場所に集まれば当然トラブルも起きる。重い疾患や身体に障害のあるために患者入院措置を取っている患者と、自宅療養の患者とが入り混じるせいか、厄介なトラブルに発展することも少なくなかった。

 ある時、レクリエーションでパン作りをしている際に、Yさんという二十代後半の女性が、統合失調症で入院しているHさんという若い男が気持ち悪いからどうにかしてほしいと相談を受けた。

 Yさんは患者の中では中心核の人物で、黒髪ロングで化粧も薄く服装も地味目だが、ほわっとした雰囲気の綺麗な子で男から見ればちょろそう、と思えるような大人しそうな子だった。男性患者の中にも彼女に好意を抱いている者は多かった。

 一方Hさんは、いつも不安そうにきょろきょろと眼を動かしている、落ち着かない雰囲気の男性で、外から通ってくる患者たちには少し距離を置かれている人物だった。

 Yさんの話によれば、一緒の時間にレクリエーションに興じている時、Hさんがじっと自分の方を凝視してくるのだという。ただ見られるだけなら悪い気はしないが、上から下まで舐めるように何度も何度も見られるのに耐えられないから看護師さんの方から厳しめに注意して欲しいとのことだった。

「ちょっと優しくしてあげたのがまずかったのかなー」

 Yさんは心底うんざりしたようにそう言った。

 樋口さんはHさんにどうしてそんなことをするのか事情を聴くことにした。

 しばらく、Hさんは答えたくなさそうにしていたが、何度か訊ねるうちに、恐々とこんなことを口にした。

「だって、あの人身体に、何人も赤ん坊ぶら下げてるんだもん」

 その話を聞いた瞬間、樋口さんは背筋にゾクリとしたものを感じたという。

 実はYさんは、その見た目に反してかなり男遊びが激しいらしく、すぐに色んな男に依存するタイプの女性で、看護師や一部の事情を知る患者からは陰で「清楚系ビッチ」という風に揶揄されていた。

 その話を知っていたから、樋口さんは想像してしまった。

 身体にぶら下がっている赤ん坊というのは、彼女が堕ろした子なのではないか――。

 患者の妄想にいちいち耳を傾けてはいけないと思いつつも、背中や腰や腕や足に何人もの赤ん坊にしがみつかれるYさんの姿をはっきりと思い描いてしまい、それがしばらく頭から離れなかったという。


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