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幽怪百物語  作者: 背戸山葵
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第二十二話 テントの向こうに

「世の中には幽霊がいるとは思えないけど、不思議なことはあるよね」

 と語る、友人の成田さんから聞いた話だ。

 成田さんはバイク好きで暇があれば愛車を転がして旅をするような人だった。

 ある時、ツーリングの最中、岩手県の遠野の辺りで一夜を明かすことになった。

 キャンプ場が見えたので、道具も持っていたし、ホテルよりは安いからと利用することにした。

 シーズンでもないため、利用客は他に誰もいなかったが、豪胆な性格の成田さんは広いキャンプ場を一人で使えると喜んだそうだ。

 川っぺりの広いキャンプ場にテントを張って、ご飯を炊き、夕飯を平らげるともう外は真っ暗で、寝る以外に何もすることがなかったので、すぐにテントに入った。

 寝袋に潜り込み、電気を消す。

 周囲に灯りはなく、完全な闇に包まれた。

 周囲はしんとしていて、川のせせらぎが心地よく耳に響いてくる。

 よく眠れそうだな。

 そう考えながらうつらうつらしていると、妙な気配に気がついた。

 テントの外に誰かがいる。

 キャンプ場にはほかに誰もいなかったはずだ。

 野生動物だろうか?

 熊の出るような山の中だからその心配もしたが、動物ではないと強く感じたという。

 姿どころか影さえ見えないが、大人の男だ。

 テントのすぐそばに立ち、背を曲げて薄い布越しに自分の方をじっと覗き込んでいる、そのイメージが頭から離れない。

 成田さんは恐ろしさのあまり、寝袋の中で固まってしまった。

 川のせせらぎに混じって、外の男がぼそぼそと何かを呟く声が聞こえてくる。

 俺に何の恨みがあるんだ。どこかへ行ってくれ。

 そう強く願ったが、気配はずっとそこに留まったままだ。

 それどころか、男の声がどんどん大きくなっていく。

 いや、違う。

 男が近づいて来ているのだ。

 背を曲げたまま首だけを亀のように、ぐぐぐっ、とこちらに伸ばしてきている。

 そんな気がした。

 呟きは徐々に大きくなって、しかし、何を言っているのかは不明瞭なままだった。

 だが、強い恐怖感に成田さんは却って腹をくくることができた。

 鍵を握りしめ、テントから飛び出すと、バイクの方へ一目散に駆け寄った。

 エンジンをかけて、そのまま闇の中を走り出した。

 数キロ先にホテルがあったので、灯りに吸い寄せられるように飛び込んだ。

 結局それがなんだったのかは、わからなかった。

 ホテルの人に訊ねても、別にそのキャンプ場で事故などがあったということはないとのことだった。

 明るくなってから見に行くと、テントは何事もなくそこに立っていたが、飯盒や焚火台の位置が変わっていたそうだ。

 キャンプ場の辺りには河童の伝説が数多く残っているのだという。

 いくら遠野といっても河童に脅かされたってのはなあ、と成田さんは笑っていた。


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