第二十一話 行くぞ
米田くんは実家暮らしなのだが、家族との折り合いが悪く、高校を卒業後は畑の近くにあるプレハブの物置のような小屋に棲んでいる。
一昨年の夏のことだ。米田君は高校の頃からの付き合いのある友人のAとHと三人で近所の山奥にある廃ホテルに肝試しに行った。白い服の女を見たとか叫び声がするとかいう噂があるところだったが、特に何も起こらず、ただ気味が悪かっただけだった。
その帰り、時間も遅かったので友人たちは米田くんのプレハブハウスに泊まることになった。三人でお酒を飲みながら、ゲームをしたり買ってきたお菓子をつまんだりして、ダラダラと楽しい夜更かしに興じていると、不意に米田くんのスマホに電話がかかってきた。
非通知だ。
肝試しに行った帰りだから、少し怖くなってふたりに報告すると、明るい家の中にいて酒も入っていたこともあって気が大きくなっていたのだろう、Aが、
「出て見ろよ、面白そうだし」
と促してきた。Hも同意する。
米田くんも気になっていたため、試しに電話に出ることにした。
「はい、どちら様でしょう?」
そう呼び掛けるが、何も言わない。
電波が悪いのか、ノイズのような音だけが聞こえる。
悪戯だろうか。そう思って首をかしげていると小さな声で、
「……いくぞ」
そう聞こえた。気味が悪くなった米田くんは、慌てて通話を切ってしまった。
AとHに声のことを話すと、悪戯じゃないのかという。
だが、すぐにまた電話がかかってきた。
やはり非通知だ。
米田くんはもう出ようと思わなかった。今度はAが出ると言い、他の二人にも聞こえるように設定をスピーカーに変えてから、通話ボタンを押した。
耳障りなノイズの音が聞こえる。だが、さっき聞いたものと少し違う。何か息遣いのようなものが混じっている。
やがて、先ほどよりも大きな声で、
「いくぞ!」
断定するように言った。
三人は目を丸くして顔を見合わせた。
だが、気の大きくなっていたAは、
「来れるもんなら来てみろよ! バーカ!」
電話の向こうの相手を挑発するように言い、電話を切った。
その直後、急に音が聞こえてきた。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……。
足音だ。家の周りを誰かが歩いている。
周りには畑しかないため、誰かが通りすがるということはない。
動物などは時々現れるが、その足音は明らかに靴で砂利の交じった土を踏む音だった。
それも、一人ではない。少なくとも五人以上の足音が重なっていた。
足音は家の周囲をぐるぐると周回しているようだった。
だが、窓の外を見ても誰の姿もない。
ザッ、ザッ、ザッ、ザッ……。
規則正しいリズムの足音が、まるでステレオ録音された音を聞いているみたいに、米田くんの小さな家の周りをまわり続けている。
三人は恐怖のあまり、一気に酔いも醒め、言葉を失ってしまった。
足音は空が白み始めるころまで続いたという。
「来てみろ、なんて言ったのがよくなかったのかな」
Aはそのことを酷く後悔しているようだった。
もしかしたら、心霊スポットから何かを連れてきてしまったのかもしれない。
けれど、もう一つ不思議なことがあるという。
米田くんは足音を聞きながら、なぜか軍服を着たたくさんの人が列をなして行進している姿を想像していたのであるが、それを打ち明けるとAもHも同じような想像をしていたと語ったそうだ。
「でも、あの廃ホテル軍人の霊の噂は聞いたこと無いんだ。へんだよねえ」
米田くんは呑気に語っていた。その足音を聞いたのはその晩だけだそうだ。




