第十九話 竹林の庵
三国さんの実家の近所には山に面した小さな雑木林があり、よくそこで虫取りをしたり秘密基地を作ったりして近所の子供と一緒に遊んでいたそうだ。
その日はたまたま一人で雑木林に出かけたのだが、一人で遊ぶのにも飽き、拾った長い棒を片手に、立ち入り禁止になっている小川の方へと足を運んだそうだ。小川を越えてしばらくするとクヌギやナラの林が、途中から竹林に変わった。
竹をポコポコと叩きつつ、かなりの距離を歩いたが、竹というのは幹に個性がなく、景色はほとんど変わらない。
進んでいるうちになんだか同じ場所をぐるぐると周回しているような心持になった。
だというのに、なぜか三国さんは引き返さずに前へ前へと進み続けたそうだ。
するとやがて、開けた場所に出た。
他ではうっそうとしていた笹竹が、その周囲だけ避けるように生育していない。
中心には小さな古い庵があった。藁ぶきで、まるで昔話に出てくるおじいさんとおばあさんの住まいのようだった。
三国さんはこんな場所があったのか、と好奇心を催し、庵に近づいた。
と、ふいに。
ガタガタガタッ。
破れた障子戸が音を立てた。
誰かいる。
三国さんはその場に凍り付いた。
先ほどまでは鳥の声がしていたはずなのに、あたりは、しん、と静まり返っていた。
ガタンッ。
ひときわ大きな音を立てて、障子戸が開いた。
中から異様に背の高い男が現れた。
痩せぎすで、極端になで肩の、気弱そうな50代くらいのおじさんだ。
男はスキップをするような足取りでひょこ、ひょこ、と三国さんの方に近づいてくる。
と、そこで三国さんは男の異様な背の高さのわけに気が付いた。
首が長すぎるのである。
通常の人間の倍以上はありそうだった。
三国さんは子供用の妖怪本に載っていたろくろっ首のことを思い出し、ぎゃっ、と悲鳴を上げて、来た道をまっすぐに駆けた。
やがて、竹林を抜け、小川のところまで戻り、家に逃げ帰った。
家のドアを閉めると、安堵で涙が溢れた。
父親にそのことを話すと、昔そこに住んでいた画家がいて、自殺をしたのだと教えてくれた。どうやって死んだのかまでは聞かなかったが、三国さんは大きくなってから理解できた。
男の首が長かったのは、首を括って伸びたからだろう。極端ななで肩だったのではなく、首が伸びて引っ張られたのである。
だが、一つわからないことがあると三国さんは言う。
というのも、画家が死んだあと土地はすぐに売りに出され、住んでいた小屋は取り壊されたらしいのである。
「不思議ですよねえ、家の幽霊ってのもあるんでしょうか?」
三国さんはそれから二度と、雑木林の奥には行っていないそうだ。




