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幽怪百物語  作者: 背戸山葵
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第一話 後ろの男の子

 私の友人の菅谷さんの体験だ。

 12月になったのに、妙に暖かい日のことだった。

 菅谷さんはあまり暮らし向きのよい人ではなく、その月の頭、電気が止められた。

 だが、生来おおらかで人好きもするため、友人に頼み込んでお金を借りることができ、溜まっていたもろもろの支払いに銀行に行った、その帰りのことだ。

 横断歩道で信号が青になるのを待っていると、隣に自転車に乗った中年の男性が並んだ。と、目の端に妙なものが映った。

 子供だ。

 自転車の後部に子供が座っている。

 だが、それ自体不思議なことではない。

 自転車の後ろに子供を乗せることは小さな子を送り迎えする時によくやることだし、菅谷さん自身も小さい頃はそうやって父に保育園に送ってもらっていた。

 それでもなんとなく違和感があって、菅谷さんの視線は吸い寄せられるように自転車の後部に向いていた。

 いない。

 先ほど見たはずの子供の姿がなかった。

 子供を乗せるための黒い、籠のような座席が取り付けられてはいたが、誰も座っていない。

 見間違いかと思って視線を戻すと、目の端に子供がちらりと映り込む。

 髪の短い小学校に上がる前くらいの男の子だ。

 しかし、また視線を向けるとやはり子供の姿はない。

 不思議に感じて、じっと見過ぎていたのだろう。中年の男が、

「あの? どうかしましたか?」

 と困った様子で訊ねてきた。

 菅谷さんは少し焦って、

「いや、後ろに男の子がいたような気がしたもので」

 正直に答えてしまった。

 不審がられるかな。危ぶんでいると、男の反応がおかしい。

 急に青い顔になったかと思うと、

「……どんな子ですか?」

 菅谷さんがなんとなくイメージを説明すると、

「多分それ、息子です」

 男は一月ほど前に事故でひとり息子を失ったのだという。その子を菅谷さんは見たのではないかと言うのである。

「いつも私が保育所に送り迎えしていたから、今でも後ろに座っているんですかねえ」

 男は目頭を押さえて、泣きそうな声でそう語った。

 後ろの席を指して、

「これはもういらなくなったのに、いつまでも外せないんですよ」

 男がそう語るうちに、信号は青に変わった。

 菅谷さんは男に小さく頭を下げて、足早に横断歩道を渡り、絶対に男と自転車を見ないようにしながら、入る予定のなかったドラッグストアへ逃げるように駆け込んだ。

 男と話す間中、やはり子供が目の端に映っていて、やがて最初に覚えた違和感の正体に、気が付いたからである。

 子供は、ただ座っているだけではなかった。

 険しい表情で、男をじっと睨みつけていたのである。

 それは、いつも送り迎えをしてくれる優しい父親に向ける眼差しではなかった。

 恨み。それを感じたという。

 後から考えると男の話も、わざとらしく、大げさで、演技じみたものだったそうだ。

 たとえそれが嘘だとしても他人に本当っぽく説明することで、真実だって自分でも思い込めるものだ。菅谷さんはそう語っていた。


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