梓と僕(2)
「そうだったんだー、運命の出会いっていうのかな、こういうの」
葵さんは感心したように言った。
僕らは葵さんのアパートにいた。来たくはなかったが、この場合、僕の部屋に連れ込むわけにはいかなかったので。
僕が助けた女の子は、鳴神梓。
あのチェスプレイヤーの鳴神美鈴の妹だという。
「すごいんだね、君のお姉ちゃん。一緒に暮らしてるの? 家はここから近いのかな?」
葵さんは、早くも梓を質問攻めにしていた。
「両親が離婚して、私たち姉妹は別々に育ちました。姉は父と世界中を転々としていて、今どこにいるのかもわかりません」
「君はチェスはどうなの?」
「全然できません。でも姉は、5歳のころから父から英才教育を受けました。父は、もと日本チャンピオンでしたから」
「なるほどー」
そんな事情があったのか。
「さっきの男に心当たりは?」
僕は訊いてみた。
「海外のマスコミから雇われたんだと思います。姉の居所を教えろ、って……」
梓は悲しそうな顔をした。そして、急に思い出したように、
「あれはスペイン語です。両親の仲が良かったころは、海外に行くことが多かったので」
そうだったのか。
チェスのトッププレイヤーというと、優雅な生活を想像するが、実際にはいろいろと苦労もあるんだな。天才とは、結局のところ何かを犠牲にして作られるものなのか、僕はそんなふうに思った。
「ん? でもさあ、君とお姉さんは同じ名字なの? 別々に育ったんでしょ?」
葵さんが訊いた。
「鳴神は母の名字です。父はなぜか、公式の場では姉に母の名字を名乗らせてるんです。父の名前は木下礼治っていいます」
「えー! 木下名人の娘さんだったのかあ! どうりで……」
「私、姉がかわいそうで……」
少し沈んだ雰囲気。しかし、葵さんは意に介するふうでもなく、
「それで、お母さんはスナックを経営してるんだね? 今日はお母さんの職場へ行く途中だったわけだ?」
「はい」
「じゃあ、これからみんなでお母さんがやってる店に行こうよ。ちょうどいいじゃない」
「はい……」
梓がなんとなくためらっている様子なのが気になった。葵さんはそういうことには鈍感そのものだ。




