チェス・エイリアンと僕(4)
店主が無類のチェス好きのスナック「アンパッサン」は、安くて美味い料理で、そこそこ繁盛しているようだ。ただし酔って店主とチェスで勝負するのは禁物だ。店主の尾崎は、無類の賭け事好きでもあるからだ。
今日のメンツは、僕と、葵さんと、坂口清文さんの三人だ。チェス愛好会のメンバー全員である。そう、なぜか三人なのだ。
「でも、かわいそうな気もするよね。どうせ本人の意志でチェスやってんじゃないでしょ。ねえマスター?」
坂口さんは早くも酔いが回ってきた口調で言った。
「我が子が物心つかないうちからチェスやらせる親ってのも、ちょっと変わってるよね。海外じゃ、よくあることだけど」
葵さんはそう言って、生ビールのジョッキをあおった。
「井上くん、美鈴ちゃんのファンになっちゃったとか?」
マスターが僕に向かって言った。
「そういうわけじゃないですけど」
そう答えたものの、あのコンビニで鳴神美鈴を知って以来、ずっと気にはなっていた。
「気の早い連中は、逆タマ狙ってるかもね」
葵さんが言った。
逆タマ、ねえ……それもなんか寂しい気がする。僕はチェスに強くなりたくてしょうがなかったが、強いということが、すなわち幸せというわけではないように思えてきた。
明日も仕事があるので、ほどよく飲んだところで解散となった。
葵さんが冗談めかして、あたしの部屋に寄っていく? と言ったが、遠慮しておいた。
一人で夜道を歩いていると、ぽつぽつ雨が降り出し、やがて本降りになった。アパートに帰り着くまでには酔いが覚めてしまうかもしれない。冷蔵庫の中に何かあったかな、と思いながら、僕は小走りになった。
すると、どこからか叫び声が聞こえた。
「助けて!」