チェス・エイリアンと僕(3)
チェスプレイヤーのデータを見ることができる海外のサイトを開いた。「narugami」で検索してみる。あった。
ここにも鳴神美鈴の写真が載っていた。やはりチェス盤に向かって固い表情を作っている。18歳の女の子といえば、いくらチェスが強いとはいっても、まだ幼く多感な年頃だろう。笑ったり泣いたり、怒ったりとか、いろいろな顔を見てみたいな、と思った。ご多分にもれず、彼氏はいるのかな、性の経験はあるのかな、といった、オヤジみたいな想像もしてしまった。
写真の中の彼女の肩に、大きくてごつい手が置かれていた。いったい誰だろう。チェスを教えた人物だろうか。手だけしか写っていなかったが、なにやら穏やかならぬものを感じた。彼女は試合が終われば、その手の持ち主と……いや待てよ、確か、誰にチェスを教わったかわからないとか言っていなかったか? そうすると、父親だろうか。
まあ、18歳なら、まだ親の庇護を必要としていてもおかしくはない。ましてやこれほどまでにチェスが強くなるには、自分で意思表示ができるようになってから始めたのでは遅いだろう。そう考えると、なんだか哀れっぽくなってきた。
翌朝、職場に出向いた僕は、先輩の大滝葵さんに、鳴神美鈴について訊いてみた。
「ああ、知ってる知ってる。エイリアンでしょ?」
葵さんはキーボードを打つ手を止めて、眼を輝かせた。彼女は、この会社のチェス愛好会の会長である。僕がチェスを始めたのも、彼女との出会いがきっかけだった。
「和製ボビー・フィッシャーってところかな。それにまだ18歳でしょ? グランドマスターは確実だし、順調にいけば日本人初の世界チャンピオンだって狙えるんじゃない?」
ボビー・フィッシャーか……アメリカの不世出の天才チェス・プレイヤー。彼のゲームは、今も世界中のチェス愛好家を感嘆させ、芸術とも称されている。特に当時のソ連のプレイヤー、スパスキーとの対戦は、まさしくチェスにおける奇跡とも言うべきものだ。
「君が今まで知らなかったのも、無理ないかな。日本のマスコミはチェスに関心ないから。これまでのところはね」
まあ、彼女の言うとおりだ。チェスで生計を立てているプロがいることも、知っている人は少ないだろう。ほんの一握りだが、その収入が億単位だということも。
「今夜、例の場所でどう?」
葵さんは、くいっとグラスをあおる仕草をする。
僕は、いいですね、と言った。