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芽衣と僕(4)

 やがて、日が陰ってきた。

 すっかり長居してしまい、僕は美鈴に礼を言った。

「どういたしまして。あたしも楽しかったし」

「変なこと訊くけど、これからのプランは何かあるのかい」

「んー、仕事とか? しばらくは何もしないで、2人の時間を楽しもうって決めたの」

「そうか」

「いよいよ食いっぱぐれたら、お母さんの店で雇ってもらおうかな」

 美鈴は冗談めかして言った。

 今までの2人の収入を考えると、当分は、仕事をしなくても生活が成り立つだけの余裕はあるだろう。

 芽衣とラルフが、向こうの部屋で何やら話し込んでいた。すっかり打ち解けたようだ。

「井上さん……芽衣さんと付き合ってるの?」

 美鈴が訊いてきた。

「はは……昔ね」


 帰りの新幹線の中で、

「マサヒロ、今日はどうもありがとう」

 芽衣が言った。

「いやいや」

「すっかり遅くなっちゃったなー、旦那に連絡しとかないと」

 へ?

 ダンナ……?


「はい、これ」

 別れ際に、芽衣は名刺をくれた。


 友談社『ウィズダム』編集部 小池芽衣


「なにかあったら、いつでも会社に訪ねてきてね」

「ああ」

「それじゃ、マサヒロ」

 芽衣は夜の街並みを歩いて行った。

 僕は複雑な気持ちのまま、アパートへと向かった。


 スナック「ポル・ファボール」にて。

「美鈴とラルフのところへ行ったんですか。わざわざすいません」

 洋子さんが言った。

「2人で暮らすって言い出したとき、私、反対はしたんですけどね。でも、言い出したらきかない子ですから……」

「まあ、あの2人なら大丈夫ですよ」

 僕は水割りのグラスをあおった。

「ところで葵さん」

「はあい?」

 隣で飲んでいた葵さんが、とろんとした表情で答えた。

「賢一くんはどうしてるんです?」

「ああ、もうあの子、12歳だからね。親なんて留守のほうが喜んでるわよ」

そんなもんだろうか?

「それよりさ、ラルフか美鈴ちゃんに、チェス愛好会の名誉顧問になってほしいなあ」

「あの2人じゃ、ケタが違いすぎますよ」

「だから名誉顧問だってば。会報誌にほんのちょっと寄稿してくれればいいんだけど」

 頑張りすぎない、というか、いい意味での放任主義で、賢一くんは健全に、たくましく成長しているようだ。結局のところ、子供がどう育つかは、親の人格しだいなのだな、と僕はときどき思う。


 それから1週間後、雑誌『ウィズダム』に、「チェスと私」という小さな記事が載った。

 元世界チャンピオンのラルフへのインタビューを簡単にまとめたもので、記事の最後に、担当者の名前として「小池」とある。

 控えめな報道だが、日本でのチェスへの関心度を考えると、これくらいが適当なのだろう。チェス・エイリアンと呼ばれた美鈴のことも、世間はいずれ忘れる。そのほうが、あの2人にとっていいのではないか。

 約束どおり節度ある記事を書いてくれた芽衣に、僕は感謝した。



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