表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
15/17

芽衣と僕(3)

 新幹線から、ローカル線に乗り換え、無人駅に降り立つ。あとは徒歩で、2人の家に向かう。

「へえ、なんにもないところねー」

 芽衣が言った。都会育ちの芽衣は確かに、少々場違いではあった。

 季節は晩秋で、やや肌寒い。空気が澄んでいるだけに、けっこう寒さが身に響くが、慣れればこれも心地よいかもしれない。

 少なくとも、ビルの谷間を吹き抜ける風の冷たさに比べれば、数段マシだろう。

 雪は降るのだろうか、と、豪雪地域で生まれた僕は考えていた。

「ああ、あの家だ」

 梓にもらった地図を頼りに、僕らは2人の家にたどり着いた。


「はじめまして」

 ラルフが人懐こい笑顔で、僕らを迎えた。

 応接間に通された僕らは、ラルフと美鈴と向かい合って座った。

「ミスター・ガーラント……」

 芽衣は流暢な英語で、まずラルフに話しかけたが、

「日本語で大丈夫ですよ」

 ラルフは手を振った。

「あなたが知りたいことは、わたしたちがなぜチェスをやめてしまったのか、ということですね」

 芽衣は眼を丸くして、

「日本語がお上手ですね。ええ……そうです」

 ラルフは傍らの美鈴を振り返ると、

「2人で話し合って、そう決めました。ただ、わたしたちはチェスが嫌いになったわけではありません」

 ラルフが話し始めると、美鈴は席を立った。台所と思われるほうから、物音が聞こえてきた。お茶でも淹れてくれるつもりなのだろう。

「チェスは素晴らしいコミュニケーション・ツールです。その道を求める者にとっては、学問でさえあります。単なるゲームを超えたものです。わたしも、ミスズも、その考えは変わっていません」

 ラルフはいったん言葉を切った。

「なんと言うべきか……わたしたちは、他のマスターたちとは、別な道を行こうと決心したのです」

「それは、どういうことでしょう?」

「チェスは、勝負でもあります。日本のショウギ、イゴもそうですが、誰かが勝てば誰かが負けます。それが当然と思っていたのですけどね」

「……」

 芽衣は緊張した表情で、じっと聴き入っている。僕も、ラルフの口から、こういうことを聴くのは初めてだ。

「わたしたちがそれに疑問を感じたのは、2人でオーストラリアに旅行したときでした。アボリジニの文化に触れる機会を持ちました」

 アボリジニ……オーストラリアの先住民族か。

「彼らも、ゲームという文化を持っています。でも、どちらかが勝ってどちらかが負けるということを好みません。そもそも、そういう概念がありません」

「……」

「勝負とは文明の産物なのかもしれません。プレイヤーだったころのわたしは、勝つことがすべてでした。ミスズも、父親から、勝つことだけを教えられてきました。それを、わたしたちは捨てました」

「……」

「今は、わたしたちはとても心穏やかです。誰にも勝たなくていいのだと思うとね。それに、ここはとても良い環境です。銃も、ドラッグもない。わたしが生まれた街とは違います」

 さすがに、頂点を極めた人間の言うことには、重みがあった。

 美鈴が、4人分のお茶を運んできた。

「どうぞ、ごゆっくり」

 良い香りが、部屋を満たした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ