芽衣と僕(3)
新幹線から、ローカル線に乗り換え、無人駅に降り立つ。あとは徒歩で、2人の家に向かう。
「へえ、なんにもないところねー」
芽衣が言った。都会育ちの芽衣は確かに、少々場違いではあった。
季節は晩秋で、やや肌寒い。空気が澄んでいるだけに、けっこう寒さが身に響くが、慣れればこれも心地よいかもしれない。
少なくとも、ビルの谷間を吹き抜ける風の冷たさに比べれば、数段マシだろう。
雪は降るのだろうか、と、豪雪地域で生まれた僕は考えていた。
「ああ、あの家だ」
梓にもらった地図を頼りに、僕らは2人の家にたどり着いた。
「はじめまして」
ラルフが人懐こい笑顔で、僕らを迎えた。
応接間に通された僕らは、ラルフと美鈴と向かい合って座った。
「ミスター・ガーラント……」
芽衣は流暢な英語で、まずラルフに話しかけたが、
「日本語で大丈夫ですよ」
ラルフは手を振った。
「あなたが知りたいことは、わたしたちがなぜチェスをやめてしまったのか、ということですね」
芽衣は眼を丸くして、
「日本語がお上手ですね。ええ……そうです」
ラルフは傍らの美鈴を振り返ると、
「2人で話し合って、そう決めました。ただ、わたしたちはチェスが嫌いになったわけではありません」
ラルフが話し始めると、美鈴は席を立った。台所と思われるほうから、物音が聞こえてきた。お茶でも淹れてくれるつもりなのだろう。
「チェスは素晴らしいコミュニケーション・ツールです。その道を求める者にとっては、学問でさえあります。単なるゲームを超えたものです。わたしも、ミスズも、その考えは変わっていません」
ラルフはいったん言葉を切った。
「なんと言うべきか……わたしたちは、他のマスターたちとは、別な道を行こうと決心したのです」
「それは、どういうことでしょう?」
「チェスは、勝負でもあります。日本のショウギ、イゴもそうですが、誰かが勝てば誰かが負けます。それが当然と思っていたのですけどね」
「……」
芽衣は緊張した表情で、じっと聴き入っている。僕も、ラルフの口から、こういうことを聴くのは初めてだ。
「わたしたちがそれに疑問を感じたのは、2人でオーストラリアに旅行したときでした。アボリジニの文化に触れる機会を持ちました」
アボリジニ……オーストラリアの先住民族か。
「彼らも、ゲームという文化を持っています。でも、どちらかが勝ってどちらかが負けるということを好みません。そもそも、そういう概念がありません」
「……」
「勝負とは文明の産物なのかもしれません。プレイヤーだったころのわたしは、勝つことがすべてでした。ミスズも、父親から、勝つことだけを教えられてきました。それを、わたしたちは捨てました」
「……」
「今は、わたしたちはとても心穏やかです。誰にも勝たなくていいのだと思うとね。それに、ここはとても良い環境です。銃も、ドラッグもない。わたしが生まれた街とは違います」
さすがに、頂点を極めた人間の言うことには、重みがあった。
美鈴が、4人分のお茶を運んできた。
「どうぞ、ごゆっくり」
良い香りが、部屋を満たした。




