芽衣と僕(2)
やがて、約束の土曜日が来た。
3年ぶりに会う芽衣は、だいぶ印象が変わっていた。
長かった髪はショートになっていたし、以前は好んではいていた脚を見せつけるようなミニスカートではなく、グレーのタイトスカートに白のブラウスという、シンプルないでたちだった。
僕は、いつも会社へ着ていくものよりは、ちょっといい背広を着ていった。元カノとはいえビジネスで会うのだから、それが当然と思ったのだ。
「なんか固いわねえ。もっとラフな格好のほうが、あなたらしいのに」
「そんなことはいいから、本題に入ろう」
「はいはい。つまんないの。久しぶりのデートなのに」
「何が聞きたいんだい?」
「まあその前に、なにか注文しましょうよ。ここのお勧めはね……」
手短に済ませたかったが、まあ、食事くらいはいいだろう。
「美鈴ちゃんとラルフは、どうしてチェスをやめちゃったのかしら」
芽衣は世間話のような口調で言った。
「お前が知りたいのはそこだろうと思っていたけどね。残念ながら僕も知らないんだよ」
「そっか……他の雑誌社が取材を申し込んだけど、断られたらしいの」
「個人的に親しい僕からなら、なんとかなると思ったんだろうけど、あいにくだったな」
「なんとか聞き出せないかしら」
「まあ並大抵のことじゃないだろうな。あの2人からじゃ、普通の人間は馬鹿に見えるのかもしれない」
芽衣はミネラルウォーターを一口含んだ。
「あの2人、いま、一緒に暮らしてるの?」
「まあ、そうだ」
「どこに住んでるの?」
「聞いてどうするんだよ」
「取材に行くわ」
「……やめてくれないか、できれば」
「どうして?」
「あの2人は、どちらもあまり幸せな生い立ちとはいえない。チェスのためにあらゆるものを犠牲にしてきたんだから当然かもしれないが、そんな2人がようやくつかんだ幸せなんだ。そこへ、土足で踏み込むようなことは、しないでもらいたいんだ」
「……」
芽衣は黙り込んでしまった。
「でも、まあ……」
僕は言った。
「興味本位ではなく、ちゃんと人間どうしの礼儀をわきまえたうえで、話を聴きたいというなら、僕も協力しないこともない」
「取材ということは抜きで、ってこと?」
「そうだな」
「うーん……」
「出来なければ、あきらめてくれ」
芽衣は考え込んでいたが、
「わかった」
「……うん?」
「あたし、2人に会いたい。仕事じゃなくて、個人的に」
芽衣にしては珍しい、殊勝な態度を見せた。
大人になった、ということか。
芽衣と会ったその日の夜、僕は美鈴に電話した。
「いいよー、受けるよ、取材」
美鈴の答は、意外なほどあっけらかんとしていた。
「いいのかい。マスコミ嫌いかと思っていたけど」
「井上さんのお友達なら、信用できるよ」
美鈴との初対面の印象は悪かったが、今では、少々天然の入った、気さくな少女になっていた。
ろくすっぽ敬語が使えないのが、玉にキズだが。
「ところで、どうだい? 田舎暮らしは」
「うん、快適だよ。ちょっと退屈だけど」
「木下名人はどうしているんだい」
「ラルフがたびたび連絡とってるけど、ダメね。最近では、会いたくないなら会いたくないで、もういいやって」
「そうか」
僕は苦笑した。
「じゃあ、取材オーケーってことで、伝えるよ」
「うん」
僕は芽衣に連絡をとった。
「よかった。さすがマサヒロ」
「僕とお前と、2人だけで訪問しよう」
「マサヒロがいれば、スムーズに話が進むわね」
「他の報道関係者には、内密に頼むぞ」
「わかってるって」
そして、次の土曜日。
僕と芽衣は、新幹線に乗り込み、美鈴とラルフが暮らす山間の村へと向かった。




