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ひと夏の友人  作者: 遊々
本編
8/23

第八話

 その人を姉だと認識した途端、私は何も考えずに走り出していた。何人かにぶつかってしまったが、気にしている余裕などなかった。人のいない所へ、姉のいない所へ行くことしか頭になかったのだ。

 そうしてようやく着いたのは、人気のない拝殿の裏。わたあめを彼と二人で分け合って食べたあの場所だ。幸い誰もおらず、すぐさま私はその場にしゃがみ込む。


 走って激しく乱れた息を整え、五月蝿い心臓を落ち着けた。胸に手を当てると、かつてない程の激しい鼓動が伝わってくる。

 息が整ってきたが、私の胸の鼓動が落ち着く気配はない。きっと姉がこの夏祭りにいると分かっている限り、落ち着かないだろう。

 これは、姉と比べられた時によく起きる症状だった。残酷な現実に気付いてから、私は姉と比べられると動悸や眩暈を覚えるようになった。胸が苦しくて、息ができなくなったように感じることもあった。誰にも言っていないし、気付かれないように注意してきたので誰もこの症状のことは知らない。このことを自分以外の誰かに知られるのは、自分の心の弱さを認めるようで許せなかったのだ。

 年々症状は酷くなっていっているが、もし治療を受けたとしてもこれを治せるとは思わない。この症状を発症するのは精神的なものなので、私が変わらなければ治る見込みはないと思っているからだ。


 しかし今日は姉を見ただけなのに、どうしてこの症状がでたのだろう。比較対象となる姉に私は見つかっていないので、姉の友人に比べられてなど当然いない。姉を見ただけでこの症状が出たのは初めてだった。

 疑問に思って色々と考えてみるが、答えらしい答えは出ない。それでも何故なのかが気になって俯いていると、それを遮るように声がした。


「やっと見つけた!」


 夏休みになってから毎日聞いている、今では聞くと安心感さえ覚えるようになった声。

 俯いていた顔を上げると、焦ったような顔の彼がいた。


「急にいなくなるから驚いたよ。どうしたの?何かあった?」


 彼のあまりに優しい声を聞いたら、さっきまでの症状はすっかり収まっていた。そして安心感からか、私はいつの間にか涙を零していた。

 涙を流している私を見て、目の前で慌てる彼がなんだかおかしかった。だから思わず笑ってしまうと、彼は少しだけ安堵したように笑った。


「…ベンチに行こう。そこでもう一度ゆっくり休もう?」


 喉が締め付けられるように痛くて声が出ず、頷くことで了承した。立ち上がろうとすると、彼が目の前に手を差し出してきた。少し迷ったが、ありがたくその手をとった。

 立ち上がったにも関わらず彼は手を握ったまま離さない。こちらから手を離そうとすると、彼は手を握る力を強めた。


「迷子になったんだから、大人しく繋がれてないと駄目だよ」


 先ほどはぐれてしまったことを指摘され、抵抗することをやめた。これを言われてしまうと何も言い返せない。しかし、迷子では断じてない。少しの間はぐれてしまっただけだ。決して迷子ではない。


 私の手を握り、先導していく彼の背中を眺める。ひょろっとしていて細いのに、背中は大きく見えた。彼もやはり男性で、女性の背中とは違うのだな。

 友人だと思っていた時にはあまり考えなかった自分たちの性差を目の当たりにし、少しだけ頬が熱くなる。意識していなかったら、こんなこと考えなかっただろうな。

 だけど不思議なのは、私にはやっぱり彼があの少年のように見えることだった。確かに目の前にいるのは青年なのだ。なのに、昔の頃の少年に見える。

 少しだけ違和感を覚えながら、連れられている間中ずっとその背を眺め続けた。





 いつものベンチに着くと、いつものように二人で座った。少し前まで座っていたので、その時のことを思い出して恥ずかしさが込み上がってくる。恋心を自覚した場所。当然のように隣に座っている彼。未だに繋いでいる手。

 色々なことに気付いてしまうと、顔から火が出そうだった。何、この状況。私は今どれだけ平常心を保てるのかを試されているのだろうか。

 心を落ち着ける為に地面を凝視して沈黙を貫いていると、彼が繋いでいる手をぎゅっと握った。驚いて顔を上げて彼の方を見ると、してやったりといった彼の顔があった。


「やっと僕を見てくれた」


 彼は蕩けそうなほどの笑みを浮かべ、目を細める。そんな彼があまりに綺麗で、息をするのも忘れそうになった。

 だけど、すぐに不貞腐れたような顔になってしまった。


「な、何ですか…」

「せっかく隣にいるのに会話もない、目も合わせないのは寂しくて」


 不貞腐れるのをやめ、少し寂しそうな顔をしてそう言った彼。きっと、今私は今日食べた林檎飴よりも真っ赤になっていると思う。それくらいの威力があった。

 まさか彼の毒牙にかかる日がこようとは。やはりイケメン侮りがたし。いや、綺麗な顔にやられた訳ではない。イケメンだからというよりは、彼だからこそやられたのだ。

 駄目だ、否定しているのに言い訳にしか聞こえない。


「そ、そうですか…」

「ねえ、さっき何かあったの?」


 先ほどまでとは違い、真剣な表情になった。もしかして、あの症状に気付かれたのだろうか。いや、ただ(うずくま)っていただけだし気付かれてはいないはず。


「いえ、その…足を痛めて少し休んでいただけです」

「嘘は駄目だよ」


 真っ赤になっていた顔が、今度は青くなっていくのを感じた。もしかして、気付かれている?


「足を痛めただけであんなに顔を真っ青にして蹲っているわけないでしょ?何があったの」

「そ、れは…」

「僕は君が心配なんだ。どうか教えてくれないかな」


 その言い方は、卑怯ではないだろうか。そんなことを言われたら、言うしかないじゃないか。

 それでも彼に姉のことを言うのは何故か嫌だった。何故嫌なのかも分からぬまま言うか言うまいか迷っていると、彼が握っていない方の手を私の頬に添えた。


「ねえ、お願い。どんな些細なことでもいいから、僕は君の憂いを取り除きたい」


 私がこの夏、彼に会ってから別れを切り出した時に見せた表情。これを見るのは三度目だろうか。

 辛そうな、苦しそうな顔。じっと見ていると、それ以外の感情も見て取れた。その顔を見て、ふと疑問に思った。


 彼は、何を怖がっているのだろう。


 彼は私と会えなくなることを、酷く嫌がる。それはこれまで彼と会っていて確信を持って言えること。だとしたら怖いのは…私との別れ?

 私と彼は、よっぽど酷い別れ方でもしたのだろうか。だとしたら記憶に残ってそうではあるが。

 考えていても仕方がない。本人に聞いてみるのが一番だろうと、私は彼に少しの躊躇を持って問いかけた。


「あなたは…私と会えなくなるのが、怖いの?」


 その時の彼の顔が、何よりも雄弁に語っていた。

 私はそんな彼に対して何も言わず、ただじっと彼を見つめた。しばらく見つめていると、やがて彼は頬に添えていた手を下ろし、俯いて消え入りそうな声で答えた。


「僕はもう、君とあんな別れはしたくないんだ…」

「あんな、別れ?」

「前に、次の年の夏から君が神社に来なくなったって言ったでしょ?」

「うん」

「…本当は違うんだ。本当は夏祭りで会った次の日から、君は神社に来なくなった」


 そう彼が言った時、閉じていた記憶の扉が開かれた。





 ◇ ◇ ◇





 幼い子供と言うのは体力がないのですぐに疲れる。なので私と彼は休憩する為に木製のベンチのある所まで来ていた。

 背が低い私をベンチに乗せ、彼も隣に座る。一息ついて休んでいると、自然と夜空へと視線は動いた。


「わぁきれい…」


 黒い空には星が散りばめられ、各々が美しく輝いていた。あまり夜空を見る習慣がなかった私には夏祭りの特別感もあって、その日の夜空がとても素敵なものに思えたのだ。

 感嘆の声を漏らすと、笑いながら彼もそれに同意してくれた。


「うん、綺麗な空だね」

「×××おにいちゃんもそうおもうんだ!いっしょだね!」

「うん、一緒だね」


 私と同じことを彼が考えていたのが嬉しくて、それを彼に真っ直ぐに伝えた。彼の言う通り、改めてこう思い出してみるとやっぱり昔は素直だったなと思う。今じゃ考えられない。


 その後何かを話したような気がするが、それは思い出せなかった。何かとても重要なことだった気がするのに。思い出さなきゃいけない気がするのに。

 思い出せないまま、思い出のシーンは次へと移り変わる。


「んーのどかわいた」

「じゃあラムネを買ってきてあげる。ここで待っているんだよ?」

「うん!」


 ラムネなんて普段は飲まない。だから特別な飲み物を飲めるんだと、二度目のラムネに胸を膨らませていた。因みに一度目も彼の(正確には彼の祖父母の)奢りである。

 しかし、彼の祖父母がいてくれていたらしいが、私の記憶には出てこない。こっそり見えないところをついてきてくれていたのだろうか。まあ子供は興味のある物しか見ていないから、気付かなかっただけだろう。


 彼がラムネを買いに行き、一人になった私。すると急に心細くなって、怖くなった。また一人になってしまった。どうしよう、どうしよう。

 心細さから彼に言われたことなど忘れ、ベンチを降りて屋台のある方へ駆けだした。だけど彼は見つからず、見えるのは知らぬ大人と知らぬ子供ばかり。

 怖くなって離れようとしたとき、彼を見つけた。屋台にいた大人からラムネを買っている所だった。


 駆け寄ろうとしたとき、視界に彼ではない何かが飛び込んだ。

 それはピンクの可愛い浴衣を着た、彼と同じくらい綺麗なよく知っている女の子。姉だった。


 姉は、彼を見て顔を真っ赤に染めていた。彼は気付いていない。

 その時、胸にどろりとした嫌なものが込み上げてきた。それが凄く嫌で、私は無我夢中でベンチに戻った。ベンチによじ登り、体育座りをして震える身体を抱きしめる。

 気持ち悪い、このどろりとしたものはなんなのか。覚えのない感情だった。


 怖くて必死に身体を抱きしめていると、彼が戻ってきた。

 何も知らない彼。

 彼が能天気に笑っていたのが、腹立たしかったのを覚えている。


「お待たせ…ってどうしたの、体育座りなんかして」

「かんけいないでしょ!」


 私が癇癪を起したものだから、彼は困惑していた。彼にしてみれば、さっきまではご機嫌だったはずの私が突然怒り出したのだ、困惑して当然である。

 どうにかして私の機嫌を直そうと、彼は私を撫でてみたり、買ってきたラムネを渡してみたりするが、私はへそを曲げて不機嫌なままだった。


 彼が困り果てていると、両親の私を呼ぶ声がした。

 声の方を振り向くと、屋台のある通りから聞こえてくる。


「両親が心配しているよ。君をかなり連れまわしちゃったからね、ごめんね。さあ、早くお行き」


 善意で言ってくれていたであろう彼のその言葉が、私には突き放されたように感じられた。それで益々へそを曲げたのだ。


「いわれなくても、かえる!」


 そう言って、苦笑する彼を一瞥して私は彼に背を向けた。


「また明日」

「……」


 彼に理不尽な怒りすら覚えるほどに不機嫌だった私は、彼に返事をしなかった。そんな私に彼は苦笑しながら「ばいばい」と言ってくれた。

 明日も会えると思っていたから、彼の優しさに甘えて自分の感情を優先し、返事をしなかったのだ。

 昔の、それも子供の頃ことだけど、私は彼に対して不誠実だったと思う。この後のことを思うと、大変申し訳ない思いでいっぱいだ。

 だって、その後11年も彼と会わなくなるなんて、このときは夢にも思わなかったから。


 彼と別れて、私は両親と合流した。結構な時間迷子になっていたので両親は誘拐でもされたのかと気が気でなかったらしく、会った途端に抱きしめられた。家に帰ってからかなり怒られたが、両親が自分を気にかけてくれていたのが嬉しくて全然反省していなかったと思う。申し訳ない。


 家に帰り、リビングで皆で一息ついていると、姉が突然口を開いた。


「あのね!おまつりのときにきれいなおとこのこがいたの!」


 水をかけられたよな気分だった。

 血の気が引き、あのどろりとしたものがまた込み上げてきて、私は怖くなった。次第に顔は真っ青になり、寒気がして、身体は震えていった。

 両親はそんな私の様子に気づくことはなく、姉の話を促した。


「そうなの。もしかして一目惚れかしら?」

「そうかもしれない!とってもすてきなこだったんだ!」

「あはは、そうなのかい」

「うん!きれいなくろいかみでね、おにんぎょさんみたいなかおだったの!」


 うっとりと彼を思い出しているらしい姉の姿に、私は遂に耐え切れなくなってリビングを出た。

 両親の声が聞こえたが、無視して姉妹の部屋に入る。和室に似つかわしくない二段ベッドの下、自分の寝るべき場所に潜り込んだ。

 姉が言っていた男の子の特徴は、彼と一致していた。姉が彼を見ていたのも私は確認していたし、間違いないだろう。


 姉が彼を気に入った。それは私にとって、到底受け入れられることではなかった。

 姉が気に入らなくても、人は姉を気に入る。姉が気に入ったなら、人はもっと姉を気に入る。当時はまだ5歳で、5年という短い人生しか生きていなかったが、それでも私にはそれが純然たる事実であり、世の中の常識のように思えてならなかった。

 だからもし彼が姉に会ってしまったら。そう考えたら絶望しかなかった。

 きっと姉に会ったら彼は、姉を気に入ってしまう。つまらない私とは、遊んでくれなくなってしまう。


 友達は皆、姉を気に入って私の元を離れていった。私より、姉と遊んだほうが楽しいからと。

 私の友達だった子たちは、姉に会うと姉とばかり遊びたがるようになった。少し気に入っていた近所の男の子も、少し離れたところにある公園で知り合ったお兄ちゃんも、お姉ちゃんも、皆そうなった。

 そして私は、姉に友達を連れて行くと姉に取られてしまうことを学んだ。姉にそんなつもりがなかったことは、十分分かっている。私といるとつまらないから、皆が一緒にいると楽しい姉を自ずと選んだのだ。

 だけど、理解ができても、納得はできなかった。私もまだ子供で、現実を受け入れられなかった。大きくなるにつれ、受け入れられるようになった。それは受け入れというよりは、諦めに近いけれど。

 姉と話すことを拒むようになったのは、これが一番大きいかもしれない。今でも、姉に知り合いのことは話したくない。

 当時、私は彼のことはなんとなく、両親にも姉にも、誰にも言わずにいた。無意識に話すのを拒んでいたのかもしれない。きっと、姉に取られるかもしれないと心の奥底で思っていたのだと思う。

 だって彼は姉に取られずにいた、当時の唯一の秘密の友達だったから。


 だから姉の口から彼のことを聞いたとき、私は悲しくて、苦しくて、悔しくて。ベッドの中で私は声を殺して泣いていた。

 姉は私からなんでも持っていってしまうのに、彼さえも私から奪ってしまうというのか。それだけは絶対に嫌で、許せなくて。

 そこまで考えて、このどす黒いどろりとした感情の正体を理解した。


 これは、嫉妬だと。


 理解したと同時に、私は色々なものを諦めることにした。今でさえこんなに苦しくて悔しくてどうしようもないのに、これ以上苦しみたくなどない。

 だったら、諦めてしまえばいいのだ。諦めて、期待しなければ嫉妬などそもそも起きない。5歳でしかない当時の私には、そうするしか自分を守る術を見出せなかったのだ。


 だから、私は彼との思い出を忘れてしまったのだ。彼を諦める為に。自分が苦しまない為に。

 夏祭りの次の日から会いに行かなかったのも、忘れてしまったから。

 正しくは、忘れてしまって彼に()()()()()()()()()、と言うべきだろうか。


 何故、今回姉を見たときにあの症状が出たのかが分かった。

 夏祭りで姉を見ることは、私にとってはトラウマだったのだ。記憶を自ら封じてしまうくらいの、恐ろしいトラウマ。

 何故、彼に姉の話をするのを渋ったのかが分かった。

 姉の話を彼にしたら、彼が姉の方へ行ってしまうように思えたからだった。


 夏祭りの日以降、姉は彼の話をすることはなかったように思う。私が彼のことをすっかり忘れてしまったから、気付かなかっただけかもしれないが。

 そして私はその日から、少しずつ歪んでいったのだろう。捻くれて、周りを威嚇して生きていくことを選んだ。私が変わったのは、間違いなく夏祭りの件が切っ掛けだった。

 それさえも、ずっと忘れてしまっていたのだけれど。





 ◇ ◇ ◇





 思い出してみれば、彼には悪いことをしたと思う。彼にしてみれば突然私が会いに来なくなったように感じただろう。あの別れ方では、私を怒らせてそれで私が会いに来なくなったのだと思っているかもしれない。


「…ごめんね、また明日って言ってくれたのに返事しなくて」


 そう言うと、彼は俯いていた顔を上げ、目を見開いている。


「思い…出したの?」

「少なくとも、会わなくなった切っ掛けは思い出した」

「ごめんね!」


 突然謝られて、一瞬何を言われたのか理解できなかった。彼に謝られるようなことなど、何もなかったから。


「最初は君が来なくなって、病気にでもなって会いに来れなくなったと思っていたんだ。だけど何日か待っても君は来なかった。それで僕は君と最後に会ったときのことを思い返して、君がまだ怒っているんじゃないかって思った。僕はあの日、君の気に障るようなことをしてしまっていたのかって思ったら、焦ったんだ。まさか君が会いに来てくれなくなるなんて思わなかったから」


 当たり前だけど、私が彼のことを忘れたなどと思っていない彼は、私が来ない理由を全然別の理由だと思っていたようだ。

 確かにあの日最後に会った私の態度を考えれば、この結論に達するのはごく自然なことだと思う。


「僕はあの日あの場所で最後に見た君の不機嫌そうな顔が、ずっと忘れられなかった。そしてずっと後悔してたんだ。不快な思いをさせてしまったかもしれないことを。そして謝ることもできずに君が来るのを待っていることしかできない自分の不甲斐なさを、噛み締めることしかできなかった」


 悔しそうな表情をする彼のその綺麗な顔は、今は歪んで後悔の念が浮かんでいた。


「やっぱり僕が君の気に障るようなことをしちゃってたのかな?だから君は怒って僕に会わなくなってしまったのかな?至らなかった僕で、本当にごめんね…」


 泣きそうな顔でそう言われ、何に対して謝っているのかを把握する。その途端、罪悪感で心が押しつぶされそうになった。


「ち、違うの!あれは私が悪いの!あなたは全く悪くないから謝らないで!」

「でも…」

「でもは、なし!今からその理由を教えるから黙って聞いて!」


 なんでこんなものの言い方しかできないのだろう。自分が情けなくて、この言い方を直せるようにしようと心に誓った。


「話して…くれるの?」

「……それが、一番手っ取り早いから」

「ありがとう!」


 姉のことを話すのは、やっぱり嫌だ。嫌だけど、彼をまた不安にさせたくはない。

 そもそも私が悪いのだし、腹をくくってここは彼に言うべきだ。


 彼が握ってくれている手が、私に話す勇気をくれる。きっと、大丈夫。

 彼は姉のことを話したくらいで、姉の方へ行ったりしない。彼に握られていない方の手で胸を抑え、五月蝿い心臓を落ち着けさせた。

 大丈夫、大丈夫。そう必死に言い聞かせながら、私はゆっくりと口を開いた。

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