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ひと夏の友人  作者: 遊々
本編
6/23

第六話

 彼はいつもの着物と同じ、紺色の無地の浴衣を着ていた。着物だけでなく浴衣まで同じものを持っているということは、この色は彼のお気に入りなのだろうか。

 私に笑いかける笑顔が眩しい。イケメン特有のキラキラエフェクトが見えそうである。私には効かないが、大半の女子には効果抜群だろうな。流石モテる男。


「うん、やっぱりその浴衣君に似合ってる。着てきてくれてありがとう」

「…こちらこそありがとうございます。流石に借りたのに、着てこない訳にはいきませんから」


 半ば強引に押し付けられたようなものだけどな。

 しかしさらりとこちらを褒めてくる手腕、やはり彼はその辺の男とは違う。顔が良いことにかまけていない、中身もイケメンな人である。

 私が美形が苦手で、人嫌いで良かった。じゃなかったら私も彼の手練手管にやられ、コロッと惚れていたかもしれない。彼は思考が読めなくて怖いだけじゃない、別の意味でも怖い男だ。

 そんな失礼なことを脳内で考えつつも涼しい顔をしていると、彼が突然私の手を握ってきた。


「…何故手を握っているんですか」

「今日は人が多いから、はぐれたら困るでしょ?」

「やっぱり女の敵」

「え!?今のは敵認定されることだった!?ごめん!」


 彼は私に敵認定されるのは嫌らしく、急いで握っていた手を離した。

 ふむ、『女の敵』という言葉は対彼のテク用にいい切り札となりそうだ。覚えておこう。


「でもはぐれたら困るよね…」

「はぐれないように気を付けたらいいんですよ」

「…そうだね」


 若干不服そうな顔をするな。これだからモテる男という奴は。

 別にモテる男に恨みがある訳じゃない。でも正直こういう男は迷惑だからね。男に限らず、女でも。


 姉は、モテる人だ。無意識に人を惹きつけることをするという意味では、彼とよく似ているかもしれない。だから彼に少しイラつくのかな。

 モテる人というのは、それだけ沢山の人に好かれているということだ。でも、モテている人が必ずしも相手の好意を受け取る訳じゃない。だから例えば告白をして、振られることだってある訳だ。

 振られた人がそれでしょうがないと思えればいい。いいんだけど、そう思えないと面倒なことを起こす。例えば周りに当たり散らすだとか、悲劇のヒロイン(ヒーロー)ぶったりだとか。

 そしてその被害は当然周りに来るわけで。モテる姉を持つ私の所にその被害が及ぶこともあった。


 何故僕は振られたんだ、何故お姉さんは俺を選んでくれなかったんだ、君のお姉さんには誰か好きな人がいるのか。そんなことを私に言ってくる奴らがいた。

 ただ姉の妹というだけでそんなことを言われても困る。お前がそんな性格だからじゃないのか、と直接言わなかっただけ感謝してほしい。

 大体私と姉は良好な関係を築いた姉妹とは、主に私のせいで言えない。なにせ私が姉と会話をすることを拒否しているからね。だから姉の好みなんて知らないし、好きな人がいるかどうかなんて知らない。

 だからどれもこれも、関係のない私からしたらとんだ迷惑であった。

 そう、モテる人に恨みはない。だけど面倒事を持って来る人というイメージが主に姉のせいであるので、イラつくのだ。


 今日は夏祭り。隣にはキラキラした綺麗な男。これは経験から嫌な予感しかしない。

 思わずため息をつくと、彼が何を勘違いしたのか慌て出した。


「ご、ごめん!そんなに手を握ったのが嫌だったなんて思わなくて」

「別にそう言う訳じゃないです。人混みが苦手なのでちょっとうんざりしてただけ」

「なんだ、そっかー」


 人混みが苦手なのは確かだが、本当のため息の理由を隠すために誤魔化した。彼はそれに気づいた様子はなく、ほっと息をついていた。


「ごめんね、人混みが苦手なのに夏祭りに誘ったりして」

「いいですよ、別に。…たまになら、そういうのも悪くないかなって、ちょっとだけ今は思えますから」

「そっか」


 珍しく素直な気持ちを言えば、彼は花が咲いたように笑ってくれた。

 …こう、ストレートに好意を示されるのに慣れていないので、凄く照れる。こういう所があるから、私は彼に絆されてしまったのだろうな。


「いつまでもここにいるのもなんなので、行きましょうか」

「そうだね。今日は本当にありがとう」

「…いえ」


 こ、こいつ!実は分かってやっているんじゃないのか!

 いくらイケメンでも、私は美形は苦手だから惚れたりしないからな!


 改めて恐ろしい男だと思い、彼につけこまれないよう気を付けようと思った。


 そこまで大きい訳ではない神社のお祭りは、それでも賑わっていた。主に親子連れやカップルが多く、近所の人たちがちらほらいたので大半が地元住民だろう。

 屋台を照らす提灯の明かりや賑やかな人の笑い声、焼きそばの焼ける匂いや下駄の音。わたあめを頬張る子供に、浴衣を着て手を繋いで寄り添い歩くカップル。

 どれもこれもがいつもの神社とは全然違った。同じ夕方なのに、あんなにも静かな神社は今日は存在しない。

 何故かそれがとても不安で、苦しくて。思わずぎゅっと掌を握ると、浴衣を誰かに引っ張られた。

 引っ張っていたのは、私の隣を歩く彼。


「大丈夫だよ」


 何が大丈夫なのかさっぱり分からない。分からないのに、私は彼のその言葉に何故かとても安心した。


「ねえ、浴衣の袖なら掴んでいてもいい?」

「…別にいいですよ」

「ありがとう!君は目を離したらどこかにふらっと消えちゃいそうだから」


 私は迷子常習犯の子供か。

 そう思えるようなことをした覚えはないのだが、何故そんな扱いになっているんだ。納得できずにムッとしていると、彼が浴衣の袖を引っ張った。


「ほら、行こうよ。何食べる?」

「……わたあめ」

「やっぱりわたあめ好きなんだ。昔一緒に夏祭りを回った時も、一番最初にわたあめを食べてたよ」


 なんということ。私は昔からわたあめが好きだったのか。祭り感のあるものをチョイスしただけなのだが、どうやら昔から私の考えることは一緒らしい。

 わたあめを売っている屋台の前に来たので財布を取り出そうとしたのだが、彼がさっさと支払いを済ませてしまった。そしてもう手にわたあめを持っている。なんという早業。


「はい、どうぞ」

「…ありがとうございます」

「なんだい、カップルかい?じゃあもう一つおまけをつけてやるよ」


 屋台の親父さんがとんでもないことを言い出した。

 断じて私と彼はカップルなどではない!


「カップルじゃないので結構です」

「お、彼女素直じゃないね~」

「そうなんですよ。そこが可愛いんですけど」

「惚気てくれるねぇ。…はいよ、彼氏さん頑張りな!」

「頑張ります!ありがとうございました!」


 だ、誰が彼女だ!

 だけど私には否定する暇も与えられないまま会話が終わってしまった。わたあめを一つ握らされ、神社のいつものベンチに連れて行かれる。その間も私の頭には「彼は断じて彼氏ではない!そして私は彼女ではない!」という言葉がループしていた。

 ベンチに座ると彼はふーと息をつき、満足そうな顔をしていた。私はこんなにも不満だというのに!


「あはは、カップルに見られちゃったね」

「見られちゃったじゃないですよ!なんで否定してくれなかったんですか!」

「だっておまけくれるっていうし、話に乗った方が良かったかなって」

「ちゃっかりしてますね!…はぁ」

「そんなに僕が彼氏に見えたら嫌?」

「そういうことじゃないです。嘘つくのが嫌いなだけです」


 嘘は良くないと思うんだよね。それとも嘘ついてまでわたあめが欲しかったのか。そうまでする程お金がなかったのか。だったら奢ってもらうのも悪かったな、お金返そう。

 財布を取り出そうとすると、彼にその手を止められた。


「お金はいいよ」

「え?あのおじさんに嘘ついてまでわたあめが欲しかった程金銭状況がまずいんじゃないんですか?」

「君の中では僕はそんなことになってたのか!?」

「ええ、とんでもない貧乏学生なのかと思いまして、お金を返そうかと…」

「違うから!そうじゃないから!」

「では何故?」

「…はぁー」


 馬鹿でかいため息を漏らす彼。何だ、何でそんなため息をつく。


「…僕は別にわたあめが欲しくて否定しなかった訳じゃないよ」

「じゃあ何故?」

「…君の彼氏だと思われたのが嬉しかったから、ちょっと調子に乗っただけ」

「は?」


 意味が分からない。どこに調子に乗る要素があった?

 それと何故私の彼氏だと思われたことが嬉しかったのかが疑問である。彼なら女性の方から寄って来て引く手数多であろうに、何故平凡な見た目の私の彼氏だと思われて喜ぶのか。心底謎である。

 私が訝し気な顔をしていると、彼は苦笑しながら少しわたあめを口に含んだ。


「君ってさ、他人からの好意に疎いよね」

「…そうでしょうか」


 確かに悪意には敏感だけど、それ以外には疎いかもしれない。だけどそれは素直に認めたくない。

 だってそういうのにあまり触れず育った環境にいたみたいで、虚しくなるから。


「何か、思い出した?」


 無心でわたあめを頬張っていると、彼が突然そう言った。


「…残念ながら何も」

「そっか。まあまだ夏祭りは始まったばかりだしね」


 それだけ言うと、彼も持っていたわたあめを再び食べ始めた。もしゃもしゃとわたあめを食べる姿に、一瞬何かが脳裏を(よぎ)った。それと同時に霧が晴れたように、蓋がされていた記憶が呼び覚まされた。


 まず思い出したのは、幼い顔をした浴衣を着た黒髪の少年がわたあめを食べる姿。紺色の浴衣を着た少年は、隣にいる()とよく似ている。私は白い生地に青い朝顔が描かれた浴衣を着ている。花の種類は違えど、今日着ている浴衣によく似ている。

 私と少年は神社の拝殿の裏で、わたあめを分け合って食べていた。他愛無い話をしながらわたあめを食べる姿は、実に微笑ましい。


 そこまで思い出して、ハッと意識を取り戻した。

 あれは…私と彼が遊んでいた記憶?

 記憶を確かめる為に私はわたあめを食べるのをやめ、彼の方を向く。いきなり彼の方を向いた私に、彼は不思議そうな顔をしながらわたあめを食べ続けている。


「あのさ。昔も…私とあなたって、わたあめ食べたよね?神社の拝殿の裏の方で。二人で分け合って」


 確証はない。でもあれは、彼の言う”思い出”の一部なのでは?

 不安に思いつつも問いかけてみると、彼は目を見開いて放心している。わたあめを落としそうになっているので持っている手を握ってやると、彼は両手でその手をぎゅっと握った。

 これはもしかしなくとも、ビンゴか。


「思い出したの!?」

「ちょっとだけ。あなたがわたあめ食べてるの見てたら思い出した」

「ほんと!嬉しいよ!確かに昔、一緒に拝殿の裏手に行ってわたあめ食べたよ」


 そう言う彼は本気で喜んでいるらしく、握られている手に力が入っている。嬉しそうに笑う顔に、わたあめを一緒に食べた少年の笑顔が重なった。


 今まで思い出せなかったのがおかしく思えるくらい、スッと思い出せた。

 やはり夏祭りというのは、私にとっても特別だったのだろうか。

 そういえば昔一度家族で来たことはうっすらと覚えている。その時に私は家族と回らずに、彼と祭りを回ったのか?


「ねえ、私とあなたが昔一緒に夏祭りを回った時って、私は家族と来ていたの?」

「そうだよ。別にその時僕と君は夏祭りを一緒に回る予定はなかったんだ。君が迷子になって、それを僕がたまたま見つけてそうなっただけ」

「そうだったんだ」


 幼児が一人で夏祭りに来るなんておかしいもんね。


「僕も祖父母と回ってたんだけど、僕が友達を見つけたから一緒に回るって言って君と夏祭りを見て回ったよ。とても楽しかったなぁ」

「え、あなたの祖父母はどうしたの?」

「一応近くについてきてくれてたから大丈夫。流石に子供だけじゃ危ないからね」

「なるほど」


 そういう流れだったのか。お金も持っていないであろう子供だけで飲み食いできるはずないしね。


「因みに私の家族と面識はある?」

「ないよ。一緒に回った後、君を探す君の両親の声が聞こえてきたから僕が君に帰るよう促したからね。会わずに別れたよ」

「そっか」


 なら私が覚えていなかったら家族も勿論彼のことは知らない訳か。迷子の子供を届けてくれたとしたなら両親が何かの流れで話してくれただろうし、姉も覚えていたかもしれない。

 彼のことを完全に忘れていたのは、幼かったのに加えてそういうのがなかったからだったのか。そりゃ覚えてないわ。


「忘れていたのに納得」

「なんで?」

「だってあなたのことは私しか知らなかったんでしょ?家族の中で話題に出ないなら、幼い頃のことは覚えてないから。私あんまり小さい頃のことって覚えてないんだ。多分意図的に忘れたの」


 幸せな頃の記憶は、辛くなるだけだったから。

 俯いて地面を見ると、夕日に照らされて赤くなっていた地面はもうすっかり黒くなってしまっている。


「…思い出しても大丈夫?」

「うん、大丈夫。あなたがそう、思わせてくれるから」


 口から零れた言葉にハッとして顔を上げると、彼の顔が真っ赤になっていた。こっちまで伝染してきそうなので物凄い勢いで顔を逸らした。勢いがあり過ぎてちょっと首が痛い。

 私、今なんて言った?なんかとてつもない恥ずかしいことを言った気がする。駄目だ、思い出したらきっと悶絶する。うん、忘れよう。


「と、ともかく!この調子で過去の記憶になぞって色々試してみれば思い出せるかもしれない。私に思い出して欲しいんでしょ?誘ったのはそっちだし、付き合ってよね」

「もちろん!」


 そしていい加減手を離せ。

 そう言いたいけど、彼の方を向けない。せっかく首を痛めてまで顔を逸らしたのに、真っ赤な顔がうつってしまったようだ。

 なんとか彼の手を振り払い、真っ赤になった顔の熱を冷ました。完全に彼に気を許してしまっている。でなければこんな事態にならなかったはずだ。

 でもなんとなくこういうのも悪くないな、なんて思う。夏休みが空けたら、学校にいる友人たちともこんな関係になれるだろうか。


 その後私と彼は”思い出”をなぞる為、彼から過去の夏祭りを回った時の情報を聞きつつ、夏祭りを過ごすこととなった。

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