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ひと夏の友人  作者: 遊々
本編
3/23

第三話

 彼が言うには、私と彼との出逢いは彼が6歳、私が5歳の頃のことだという。その日も空は夕焼けに染まり、私は一人でこの神社にいたらしい。

 彼は普段は県外に住んでいて、夏になると祖父母のところに遊びに来るのが毎年の夏休みの楽しみらしい。5歳の頃までは親の都合に合わせて祖父母のところに来ていた彼は、小学一年生になり夏休みというものを体験することとなった。貴重な長期休み、これをどう過ごすかと考えた彼が至った結論は、大好きな祖父母のところで過ごすことだったようだ。両親を説得し、無事夏休みのほとんどを祖父母のところで過ごす権利を得た彼は、夏休みの初日から祖父母の家に向かったそうだ。

 祖父母大好きっ子とは、意外と可愛い一面がある男である。私の家族は祖父母たちとは付き合いが希薄なので、なんだか少しだけ羨ましくなった。


 この神社の近くに祖父母が住んでいるらしく、彼は自然とこの辺で遊ぶようになったようだ。近くの公園で遊んだり、神社に入ったり、駄菓子屋に行ったり。祖父母宅以外で遊ぶときはそんな感じで過ごしていたそうだ。

 その日も近くの公園で遊んでおり、飽きてきたらしい彼は神社に向かい、そこで私を偶然見かけたらしい。私は一人で何をするでもなく、ベンチに腰掛けボーっと空を見上げていたそうだ。

 最初は彼は私を気にも留めずに神社内で遊んでいたらしい。土が見えている地面に枝で丸を描き、けんけんぱーをしていたそうだ。今時そんなことをする子供がいるとは驚きである。といっても11年前ではあるが。

 けんけんぱーに飽きた彼は遊びのターゲットとして私に声をかけた、それが私と彼との初めての出逢い。私はいきなり声を掛けられ、昨日の私のように慌てていたらしい。そして彼はそんな私を見て笑ったらしい。この男はその頃から失礼な奴であったようだ。

 例え小さくてもイケメンでも、失礼な行いは許されないからな。そんな気持ちが顔に出ていたのか、いつの間にか私の顔を見ていた彼が苦笑した。


「ごめんね、慌てる姿が小動物みたいで面白くってさ」

「人を小動物に例えて笑うとは本当に失礼な人ですね」

「別に悪い意味で言っている訳じゃないよ。小動物みたいで可愛いなって思っただけ」


 流石イケメン、きちんと上げるところは上げて好印象を抱かせる。だが私はその手には乗らない、甘言に惑わされて失礼な行為を忘れてあげるほど私は甘くはないのだ。


「そんなことを言ったって失礼なことには変わりありませんから」

「確かにね、本当に笑っちゃってごめんね」


 笑いながら言うので説得力が皆無である。だがこのままではこのやり取りが終わらないので、彼に話の続きを促した。何故か少しだけ残念そうな顔をしながら、彼は話の続きを口にした。


 話の続きによると、そのときの私も彼に失礼な奴だ的なことを言い、今のようなやり取りをしたらしい。私も彼も昔から変わっていないようだ。だから昨日も彼は妙に懐かしがっていたのかもしれない。

 そんなやり取りの後、彼は私の隣に座って私と何かお喋りをして過ごしたようだ。幼い頃だし、好きな食べ物とか遊びとか、そういったことだろう。そして暗くなってきた頃に私を家まで送り届けてくれたらしい。小さいながらになかなか紳士な男である。少しだけ彼の好感度が上昇した。過去の行いで今の彼の好感度を上げるとは、イケメン侮りがたし。


 初めての出逢いの日以降、私と彼はたびたび神社で会うことがあったらしい。そのたびに私は彼と一緒にけんけんぱーをしたり、お喋りをしたり、おままごとみたいなこともしたようだ。ままごとは恥ずかしかった、と少し頬を染めながら話す彼は、夕焼けも相まって眩しかった。イケメンの恥ずかしがる顔は恐ろしいくらい威力がある。まあ、やっぱり苦手ではあるのだが。

 特に決めてはいなかったものの、いつしか自然と夕焼け空になる頃には神社に二人で集まったそうだ。そしていつもみたいに遊び、私を家まで送る。これが彼の夏休みの”日常”になっていったそうだ。


「僕はその日常が、とても楽しかった」


 嬉しそうにそう言う彼の頬は、夕焼けよりも赤い。それなりの年齢の男女ならば甘酸っぱい思い出となるのだろうが、所詮幼い子供だった頃のことなので微笑ましい思い出止まりである。

 それなのに、愛おしそうな顔をして思い出を語る彼が不思議だった。彼にとっては大切な思い出なのだろうか。だとしたら、私が覚えていなかったことは、多少なりともショックであっただろう。申し訳ないことをしてしまった。


 だけど彼の話を聞き、私は少し彼との記憶を思い出した。確かに私は昔、少年と遊んでいたことがあった。まだ姉と比べられ始める前だったと思う。私の記憶は姉と比べられるようになった以前のものは、あまりないのだ。単純に幼かったからというのもあるとは思うが、世界の残酷さを知ってからのものが強烈すぎて、それ以前の記憶が薄れてしまっていたのかもしれない。まだこの頃は幸せを感じることが多かったから、平凡な日々だったのでインパクトなどはなかったからね。

 だけどれだけが理由ではない。私は一部、()()()に忘れているのだから。

 気付きたくなかった悲しい事実に小さくため息をつくと、彼は心配そうに私の顔を覗きこんだ。結構距離が近い。お願いだからその綺麗な顔を近づけないでほしい、心臓に物凄く悪い。悪い意味で。またパニックになり、鳥肌がたった。


「大丈夫?少し顔色が悪い」

「大丈夫だから顔近づけないで」

「あ、ごめん」


 顔を急接近させていたことに気付いたらしい彼が、慌てて離れた。綺麗な顔が離れ、冷静さを取り戻した私はまたため息をつく。本当に吃驚した。

 気付けば私と彼の間には気まずい空気が流れている。気まずい空気になったのは、どう考えても私の責任なので素直に謝った。


「ごめんなさい。私パーソナルスペース狭いから」


 嘘である。いや、事実距離が近い人が苦手ではあるのだが、どちらかというと彼の顔が至近距離にあるのが耐えられなかった。苦手な顔が至近距離にあるのはキツイ。鳥肌が立ってしまう。


「いや、僕こそごめん。無意識に人に近づきすぎちゃうとこ昔からあるんだ。そのせいで友達にもよく怒られたりする」

「分かってくれればいいです。怒られるくらいなら早く直せばいいのに」

「僕も直したいとは思ってるんだ、この癖。だけど昔からだからなかなかね」


 私もなかなか直せない難儀な性格をしているので、直せない理由に納得する。

 以前、この性格をなんとか直せないものかと試行錯誤してみたことがある。だが、結果は惨敗だった。

 普段がキツイ言い方をしているので優しい物言いの仕方を試してみれば、同級生には何か裏があるのではないかと疑われ、友人には気味悪がられ、家族には「何かあったの?」などと言われた。

 その他にも色々と試したが、結果は似たようなもの。ムカついて直すことを諦めた。解せぬ。


「でも君は昔は僕が顔を近づけても平気だったのに、駄目になったの?」


 子供の頃からそんなテクを平然と用いていたとは、恐ろしいイケメンである。

 こんな綺麗な顔をしていれば、まだ綺麗な顔が苦手ではなかったであろう幼少期の私が惚れなかったのが凄い。私は昔から私なのだな。


「今は子供の頃とは違いますよ。それに私だからよかったものの、その癖直さないと女性に勘違いさせちゃうから早めに直すことをおすすめします」

「勘違い?」

「あなたのその癖という名のテク(毒牙)にかかった女性があなたを好きになってしまうということです。あなた無駄に綺麗な顔してますからね。あなたの友達はそれに気付いているから怒ったりしたのでは?」


 何故私がこんなことをわざわざ教えてやらねばならんのだ。自覚がない彼が、無性にイラつく。彼は自分の顔がとても綺麗であるという自覚がないのか?

 こんな彼を友人としている彼の友達はさぞ大変だろうな、と勝手に同情してしまった。


「なるほど。よく友達が怒っていた理由が分かった。だから無駄に優しくするなとか、顔を近づける癖を直せと言っていたのか」

「そうだろうと思いますよ」

「よく告白される謎が解決した」

「そうですか」


 急なモテ自慢に顔が引きつった。なんなんだコイツ。何故今そんなことを言う必要があるのか。

 突然話しかけてくるだけに飽き足らず、会う約束とりつけたりモテ自慢しだしたり。私には彼の考えが、全く読めなかった。


 私は世界の残酷さを知って以来、人の悪意に敏感になり相手の考えることを知るのに長けるようになった。相手が何を考えているのかをちょっとした表情や仕草などから読み取る、ある意味特技みたいなものだ。まあ得意になった理由が理由なのでこんな特技欲しくなどなかったのだが。

 そんな私だが、彼の考えることはさっぱり分からない。何を考えて発言し、何を思って至る表情なのかが全く読めなかった。今まで出会ってきた人たちは分かりやすかったのに、彼は一欠けらさえ彼の思考を読ませない。ある意味天敵かもしれない。

 なんだか話すのが恐ろしくなってきたし、暗くなってきたのでそろそろ別れを切り出そうと思ったのだが、先に口を開いたのは彼の方だった。


「君は勘違いはしないんだ?」


 不思議そうな顔をして突然私にそう問いかけてきた。

 質問の意図がまるで分からない。何故そんなことを私に問う?

 色んな知識を総動員してしばし考えた結果、一つの答えに行きついた。


 彼は自分に全ての女が傾くとでも思っているのではないだろうか?


 先ほどのモテ自慢から察するに、自覚はなかったようだがきっと女性は自分を好きになるものだと思っているのだろう。しかし今はよく告白される理由を知った。だったら彼の癖(という名の毒牙)で女性は惹かれるのだから、私だって惹かれるはず。きっとそういうことだろう。


 不愉快で、引きつっていた顔が更に引きつった。彼への好感度は地の底まで落ちて、もう二度と浮上することはないだろう。

 旧友(彼曰く)と久しぶりに会い、現地妻ならぬ現地彼女でも作ろうということか?

 だとしたらとんだ最低野郎である。こんな奴を友人に持つ彼の友達は大変苦労していそうだ、本当に心の底から同情した。


 しかし、勘違いしない理由を素直に言っていいのだろうか?過去のことは一旦置いておいて、知りあって間もない彼に馬鹿正直に「あなたの顔が苦手だからです」なんていったら私も失礼な奴になってしまう。

 まあでも今後会うことはないだろうし、彼の失礼な行動やムカつく言動の数々を思い出し、素直に答えることにした。


「私はあなたの顔が苦手だからです。勿論、あなたを好きになることもないので安心してください」


 もしかしたら惚れられたら困る、というパターンで確認の為にあんなことを聞いてきた可能性もある。そう思い、一応私はあなたを好きになりませんよアピールをしておいた。

 私は思考を読めないこの男が怖いし、今後関わり合いたくない。約束も果たしたのだからこれっきりにしてほしい。

 なのに、そう私が告げると彼は何故か凄く悲しそうな顔をして落ち込んでいた。


「そう…そっか。ごめんね、苦手な顔近づけちゃって」


 意外と素直に謝ってきたので私は焦った。しかも物凄く申し訳なさそうな顔をしている。多分本心で言っていると思われる。これが演技であるのならば彼には今すぐ俳優になることをお勧めする。きっと名俳優になれると思う。そんな風に思うくらいには、彼は落ち込んでいた。

 そんな彼の姿を見ていると、まるで私が悪いことをしたみたいで本来生じなかったはずの罪悪感が込み上がってきた。私は悪くないはず、ただ彼の問いに答えただけだ!

 動揺しているのを隠すために、先ほど実行できなかったことを実行することにした。


「いや、大丈夫だから。それと、段々暗くなってきたし私帰るね、それじゃ」


 それだけ言って鳥居の方に向かう為にベンチから立とうとしたのだが、いきなり腕をぐっと握られベンチに引き留められた。立ち上がろうとしたのに立ち上がれず、私は何が起きたのか理解できずにいると隣から声がした。


「待って。ごめん、苦手な顔を近づけたのは本当に申し訳ないと思ってる。僕の発言で気に障ることがあった?だったら謝るよ。だから怒らないで」


 声のする方を向けば、先ほどまで話をしていた綺麗な顔の男が泣きそうな顔で私を見ていた。彼はどうやらさっきのことで、私が怒って帰ろうとしているように思ったらしい。

 確かによく告白されてます発言と君は勘違いしないんだ発言にはムカついたが、何よりもあなたの思考が読めなくて怖いからです、なんて言える訳もないので無難に答えることにした。ついでに泣きそうな顔をしていて可哀想だったので怒っているという誤解もといておいてあげよう。


「怒ってないですよ。ただこれ以上話すこともないですし、そろそろ夕飯の時間なので帰りたいなと」


 夕飯は自分一人でとるので問題ないが、本当に彼とこれ以上話すことはないので言い訳に使わせてもらった。多少過去の記憶を思い出したとはいえ、彼と違って私はやはり彼との思い出は希薄だ。希薄どころか未だにほとんどない。なんか昔男子と遊んだことがあるなーくらいである。そんな訳で私からしたら彼は知人といえる程の仲でもないし、単純に彼と会話する上での話題がない。

 私は元々会話が得意ではない。それでいて人見知りな所もあり、今の私と彼との関係性ではこれ以上の会話は望めない。彼が良くても私が無理である。

 そもそも彼の方から頼まれてここにいるような状態なので、私としてはこれ以上彼と話す必要性をやはり感じなかった。

 だから帰りたいと素直に彼に伝えたのだが、何故か彼は焦っている。十分話したと思ったのだが、まだ話し足りないのだろうか。


「あ、あのさ!怒ってないなら、もしよかったら…明日もこの時間にここで、会えないかな?」


 私の腕を掴んだまま、瞳に決意の色を滲ませて私に訴えてくる。その目があまりにも必死で、私はどうしたらいいのか分からなくなってしまった。

 正直これ以上関わりたくないし、帰りたい。だけど彼があまりにも切実な顔をして、必死な目をして私を引き留めている。これを、私は拒んでもいいのだろうか。


 どうしてそんなに必死なのか。

 どうしてそんなに焦がれるような、思いつめたような顔をするのか。


 私にはさっぱり分からない。人の悪意に敏感ではあったが、それ以外の心の機微に気付けるほど私は人の心を知らない。悪意には詳しいが、善意や好意などはほとんど知らないのだ。

 だけどそんな私でも分かるくらいには、彼は私に悪意以外の何かしらの感情を抱いているようだった。それは、純粋に好意と呼べるようなものの類なのだろうか。


 彼の必死さに、私は思わず頷いてしまったんだ。

 さっきまでの失礼な言動、ムカつく話、提供できる話題がないことなどを全部一瞬忘れていて。彼の必死さに絆されていたのだ。

 気付いたときにはもう彼に了承した後で、私はやってしまったと頭を抱えたくなった。後悔してももう遅いと思い、私は大人しく明日もここに来ることを決めた。


「ありがとう!長々と引き留めてごめんね。また、明日」

「ええ、また明日」


 やっと掴んでいた私の腕を放した彼は、喜色を隠すことなく声に乗せた。手を振って笑顔で鳥居へ向かう彼に、私も笑顔ではないが手を振って応えた。


 あまりに彼が嬉しそうで、明日の約束を楽しみにしていて。家族以外にこんな風に接してくれた人に出会ったのはいつぶりだろう。ついそんなことを考えてしまった。

 そして後悔していたのを忘れるぐらいには、明日彼と会うのが楽しいことのように思えた。

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