8,お茶会について話しましょうか(1)
今週は二話連続でお届けします
アルセンとゼセダガーナ伯爵が我が家に訪問したその翌日。とても晴れ晴れとした、暖かいようで暑いような、春と夏の境の日。
「おはようございますお父様、お母様。」
朝食、食事室にて私は先に席についていたお父様とお母様に軽く挨拶をする。二人からはいつものようにおはようシャロという挨拶が返り、続いて私の側に控えている従者であり今一番頼りにしているダーシェイさんと私の肩にまるでここが私の場所とばかりに座るクロエに挨拶を交わす。
いつもの日常。お母様が本当の意味で我が家に帰って来てから、本当に毎日が嬉しくて楽しくて。でも、現実は非情であり、私はこれから数々の試練に立ち向かわなければならない。
悪役として。
「今日の朝食はね、料理長特製バタークロワッサン。シャロちゃん好きでしょう?」
考え事をしていた私に優しく微笑みかけるお母様に、はいと返事をして席に付き、軽く手を合わせてからバタークロワッサンに手を伸ばす。
焼きたての温かさと柔らかさ、ほんのりとした甘みが口に広がり、幸せな気分になる。
ふとお母様を見ると、お母様も美味しそうにクロワッサンを頬張っていた。人形といえど、今は人同様の生活をしているお母様は人間と同じように食べ物を食べたりできるらしい。食べなくても生きていけるが、食べると魔法を使う力が人間同様になるので食べたほうがいいとのダーシェイさんのアドバイス通りに。
「…そうだ、旦那様。昨日お嬢様のマナーがしっかりしてきたので、マナー教室の時間をなくしこれからはお茶会参加をしてはいかがかと思っているのですが。」
唐突にダーシェイさんがお父様に言ったのは、アルセンが来る前のこと。私がマナー教室合格をしたということだった。
実はマナー教室はお父様かお母様が直々にしてくださると言ったのを聞いて緊張して固まってしまった私に助け舟を出して、私もマナーについてなら教えられますとダーシェイさんが言い、その知識の豊富さにダーシェイさんを褒めているお母様がそれなら…ということでダーシェイさんに教わっていたのだ。
いつかダーシェイさんに合格をもらえたら、そのときは公式な集まりにも参加させようというありがたいお父様のお言葉付きで。
そして遂に私は立派なマナーを学ぶことが出来たご令嬢になったのである。ご立派令嬢シャルロッテなのである。
「そうか…、それは良かった。何だかんだ言ってシャロはこの数ヶ月間頑張っていたからな。」
お父様がニッコリと私に笑いかけ頑張ったなと褒めてくれる。べた褒めでもない感じに、お父様も成長したなとか、本当に褒められているなと言う感じがする。嬉しくなっている私の側についているダーシェイさんにも、お父様は良くやってくれたと言う。それを聞いたダーシェイさんは驚いて目を丸くしてから、照れたように笑いありがとうございますと返す。
和やかな雰囲気の中、クロエがふふっと笑い私の耳元で良かったわねと言ってくれる。それにありがとうと返し、クロエの柔らかな緑の髪を撫でる。励ましてくれたクロエへの、感謝の気持ち。
「そうだわあなた、ネッデラトゥ公爵家のお茶会が近々あるというの。」
そこにシャロを行かせるのはどうかしら?というお母様の言葉に、お父様はどこか浮かない顔をする。おや、子離れしたと思ったのだけれど思うところがあるのかしら…。
「ネッデラトゥ公爵家…確かご子息に、ギュリュー様という方がいらっしゃる所ですよね。」
「あら、よく知ってるのね。そうよ、確かシャロと同い年の。」
ダーシェイさんの言葉にお母様が答える。あえて強くギュリューと言ったダーシェイさんに感謝の言葉を心の中で思いながら、またこっちでもフラグが…となる。
広いようで狭くもあるこの世界。ギュリューというのは少しお遊びがすぎる乙女ゲームの攻略対象キャラ。えーと、確かシャロがギュリューを好きになった理由は『カッコいいから』。
なんじゃそりゃ、そんな理由で私は男を好きにならないわよ!と思ってから…ふと、もういっそのこと大前提からひっくり返したらシャロ死なないんじゃ?と思う。好きにならなきゃ死亡フラグが建たないんだから、好きになんないままで良くない?だって私はギュリューをカッコいいとは思えないし(ただの危ないチャラい人にしか思えない)、流石に心まではゲームの強制力みたいなの?は働かないでしょ。
「私はいいと思いますわお母様。お父様も、浮かない顔をなさって何かあったの?」
「いや〜。どうもあそこのご子息、少し遊び癖がありそうな気がしてならなくて。」
しぶしぶそう言いながらも苦笑するお父様に、なんとお父様、さかあなたはエスパーなのですかと私は驚く。ビックリした私をさておきダーシェイさんが慌てたように私に小声で耳打ちをする。
「ちょっと、気が付かなかったの!?あのギュリューだよ、気付いてるよね!」
ギロリと釣り上がった目を更に釣り上げるダーシェイさんに驚いてヒッという声を上げずに、私は気付いているので落ち着いてくださいと苦笑しながら答え、良い考えがあるんですと言った。というかここでたった一人のチャラ男のために折角のお茶会プランを無駄にしてたまるか。
まだ疑ったような目をして私を見るダーシェイさんも、私がお願いしますと口パクでいうと諦めたように溜息をつき、何かあったら私がお嬢様を守りますとお父様に言う。ダーシェイさんなりに譲歩してくれたらしい。
お父様はまだうなりながらも、全員から賛同の意を言われては仕方ないと思ったのか手紙を出しておこうと言ってくれた。わーいお父様大好き。あ、お母様のほうがもっと好きだけどね。
その後お父様はバタークロワッサンを食べながらニコニコ笑う私とお母様に対して、何かあったら許さないからね!と脅しにもなっていない脅しを言ってパクパククロワッサンを食べる。一瞬女子かと思ってしまった私を許してほしい。声に出して笑わずに苦笑に留めた私をむしろ褒めてほしい。
そんな中、クロエはくすくす笑ったあと何かを思いだしたようにあっと言ってからやけ食いをしているお父様に向かい口を開く。
『そうそうアデル。今日くらいに図書館に行きたいのだけれど良いかしら?』
「ん?何故確認を取るんだ?君が行くなら別に許可は…」
そこまで言ってお父様は再度溜息をつき今度は項垂れるようにして両手で顔を覆う。
私は何故お父様がそんな反応をするのだろうと思考を巡らせ…図書館に行くのは私であるということに気がつく。そうそう、アルセンやギュリューとかですっかり忘れていたが私魔法について学びたいのよ。そのために魔法に関しての本を読みたいと思っていたのよね。
忘れかけていた私はクロエに覚えててくれてありがとうとお礼を言うと、私はお父様の方に向き直して首をコテンと横にかしげるような仕草をしながらも、行っていいかしら?と無言の圧力をかける。しかし今まで私の考えに乗っかってくれていたお母様も流石に図書館行きには疑問を持ったのか何かあったの?と聞いてくる。
ダーシェイさんが代わりにそれに答えると、お母様は納得した顔になって、ダーシェイが従者なんだから心配はいらないわと自信たっぷりの言葉を言う。もちろん項垂れたままのお父様に対して、とても愛らしい笑みを見せながら。
お父様は心労が…癒やしが…とかなんとか言いながら必死に何も答えまいとしているが、仕方ない、こうなったお父様は面倒なのだと覚悟を決めて私は良いんですの?と口を開く。
「私がこれを機にお父様に反発するようになって、家出を簡単にするような子になっても?」
そんな脅しの言葉に、顔を上げたお父様がなんとも言えない苦しそうな顔をして私を見つめる。私がその気になって持ち前のすばしっこさでお家を脱走したら、子離れしてきたお父様でも発狂モノだろう。しかもそのすばしっこさは前にキョドって家中を駆けずり回ったあの日で実証済みなので、余計に言葉に重みが増す。
実質四対一。ここでお父様が私の言葉を乗り切ってまで私を家に閉じ込めることなどを考えることは最早しなかった。お父様が目立たない格好で、どこに行くかを細かく教えればという条件を開示したことにより、満場一致で私の図書館行きが決まった。
私がふふんと悪役令嬢らしい笑みを浮かべると、お父様はいつの間にこんなになってしまったんだと嘆くが、はてさて何の事だか私にはさっぱりわかりません。
こうして長い朝食は幕を閉じ。
この3日後、フィルフィテッシャオ家から少し離れた大きな図書館、バヒュルデーテ図書館に私、ダーシェイさん、クロエで向かうことが決まったのだった。