7,新キャラ登場ですの?
ぱさっと白いナプキンを広げると、それを膝の上に載せる。これはパーティーの主役や位の高い人が先に行い、その後に招かれた人がナプキンを広げる。
前にこの事を学んだ。
スープを飲む際は、音を立てないこと。よくラーメンを食べるときは音を立ててしまっていたけれど、実は悪いマナーであったらしい。熱いスープを飲む際は、フーフーと口を尖らせて冷ましてはいけない。熱いのなら静かにスープが冷めるのを待つ。
危うくお父様の前でフーフーとしてしまいそうになったが、お父様に凝視されあれ?と思い九死に一生を得て、今ではしっかりと気を付けてスープを飲んでいる。
他にも、実際に会食に誘われたりした際に気をつけるべきマナーについてをダーシェイさんに教わっている。
「…では、前回のおさらいをしましょうか。」
私ははい!と笑顔で答え、自信満々にナプキンを広げる。
前回はナイフとフォークの持ち方という初歩的なところから、ワイングラスの持ち方についてなどを教えてもらった。流石は何十年も生きている大人。ダーシェイさんは庶民の中の庶民な私にも分かるように教えてくれた。
ナイフは右手でフォークが左手。ワイングラスは親指と人差し指で持つ。キンっと金属同士がぶつかる音がしないように持つ。肘はテーブルにつかないようにする。マナーとして大変悪い事であると最初に釘を刺された。
私がちゃんとテーブルマナーを行うと、ダーシェイさんは私の側でそれを見届けてからすぐに良く出来ましたと私の頭を撫でる。撫でられるのが特別好きなわけでは無いが、こうして褒められると何だか嬉しくなってしまう。今の私が子供だからなのか。とにかくまた一歩令嬢に近づいたことが何より嬉しい。
「今日は何を学びますか?」
「そうだなぁ、…と言ってももう僕から教えることはないかなぁ。」
「…じゃあ!」
私がぱあっと顔を輝かせて目を見開くと、ダーシェイさんは苦笑しながら合格、その四文字の言葉を口にする。それを聞いた私は、まるで受験に合格したみたいに感動が胸からこみ上げ、思わずガッツポーズをする。よっしゃあ!と叫ばなかっただけ良かったと思ってほしい。
ちなみに何も口を挟まずに私を見守っていたクロエはどこかホッとしながらも、同じく嬉しそうに笑ってくれた。
とりあえず今、こうして私は晴れてテーブルマナーに関してはただの庶民以上にはなったのだ。と頬に手を当てニヤニヤしながらそう思っていると、そういえばとダーシェイさんが何かを思い出したように言う。
「立派なマナーを身に着けたんですから、お茶会に参加してみてはいかがでしょうか。」
「…お茶会?」
なぁにそれ?美味しいの?と私が首をかしげると、ダーシェイさんはその反応に特に驚くこともせず、逆にやはり知らなかったかという顔で私を見る。クロエも同様の反応を見せる。いや、だから私もとは庶民なんですって…。
「お茶会は学園前に友人を作ったり、人脈を広げたりできる所だと思ってくれて構わないよ。むしろそっちが目的の方もいらっしゃるだろうし。」
『よく女の子達がお茶を飲んだりしながら世間話をしているの。あの王子様は素敵ね〜とかってね。』
「ほうほう…なるほど。」
私が二人からの説明に頷くと、ふとキィ…と食事室の扉が開く。私達が一斉にその方向を見ると…そこには空のように澄んだ青色の瞳の、金髪の小さな男の子がいた。男の子は私達の姿を確認すると、すぐにハッとして背筋を伸ばす。
見た目は私と同い年くらいで、しっかりとした目つき、整った顔立ちから、とある推測が立てられたが…私は首を横に振り、席から立ち上がって男の子の元に行く。
「ご機嫌よう、私はシャルロッテ・フィルフィテッシャオ。このお屋敷の娘ですの。」
あなたは?と優しく微笑みかけると、男の子はまさか私が屋敷の娘だとは…いやそりゃあり得るか…みたいな感じでコロコロと表情を変えて、今度は真剣な顔つきになって私を見てくる。
「はじめまして、シャルロッテ様。私はゼセダガーナ伯爵家の長男、アルセン・ゼセダガーナと申します。貴公に先に名を名乗らせるような不躾を、どうかお許しください。」
「…許しを乞わないでくださいまし。私、気にしてませんことよ。」
でも、という言葉に気になさらないで、という言葉で返しつつも、私は叫び出したい衝動に駆られた。側ではダーシェイさんが何だか気まずそうに目を瞑り顔を自然と斜めにずらして我関せずといった姿勢でいる。私だって出来ることならそういった姿勢で行きたいよ。ふざけないでくださいまし…!!
私が顔には決して出さずに必死に悶々としていると、クロエはそれなりに私達の会話を聞いているので何となくちょっと気まずい感じかな〜と私の肩に乗っかって様子を見ている。
察しの通りこのアルセン、攻略対象の一人である。でも確かシャルロッテにあうのは学園が初めてだと聞いたが、ここらへんは改めてダーシェイさんに聞こう。
ひとまず、この状況をどうにかしないと…!
「えっと…本日はどのような御用で?」
「父が仲の良い伯爵家に連れて行ってくださるというので参りました。ただ、私の不注意で道に迷ってしまい…。」
どうやら迷子くんのようだ。というかお父様冷徹な伯爵言われている割に仲の良いお方がいらっしゃったなんて、そっちが驚き。ちなみに失礼なこと思ってる自覚はありますわ。まぁそれはどうでもいいとして。
「どちらへ行かれようとしているのですか?」
「えっと、何やら人形部屋と呼ばれる所だったと…。」
「…ああ、なるほど。」
察するにお父様は友人のゼセダガーナ伯爵を人形部屋…つまりはお母様のお部屋に連れて行って、基本そこで生活しているお母様に会わせようとしているのか。お母様の姿は一応は人形であるために、いちいち使用人を驚かせないようにと気を遣った両親が部屋を一部改装したのだ。使用人の事を考えるようになったあたり、お父様も大分まるくなったわと思う。
そして意図的かどうか分からないが、アルセンははぐれてしまったのだろう。見知らぬ場所で迷って泣かないあたり、流石クール用員のアルセンだなぁと思う。
「ご案内してもよろしいのだけれど…その先で何があっても、責任は取れませんことよ。」
私が真剣な顔で言うと、アルセンは一瞬驚いたあとに訝しむように眉間にしわを寄せて私をじっと見る。
「…もしかして、悪事をしているとか…?」
なんとも的はずれなことを言われては、私は不覚にもふふっと笑いをこぼしてしまう。それにさらにしわを寄せると、アルセンは不機嫌そうな顔で例えそうだとして、と言葉を続ける。
「私は身内だとしても…悪は許しません。」
その言葉が答える仮にも、あくまでも悪役な私にのしかかる。悪という言葉は私にとって重たい言葉であるからだ。ふと目をそらし眉を下げる、がすぐに笑みを作り、そういうことではないですわと言う。
「ただ純粋に驚いてしまうかもと思いまして。」
「…どういう意味ですか。」
「見ればわかると思いますわ。」
私は警戒しているアルセンをさておいて、我関せず状態のダーシェイさんに目配せをして会話をする。曰く(クロエを通じてもいるが)「通してもいいんじゃない?」「まぁ変なとこ生真面目な男にしたからね。」「メタっ!!」という会話である。
私は本当ならばここでなんとか言いくるめていただろうが、アルセンは本当に生真面目な男だ。キスも結婚してからと言いかねない真面目男。だから教えてやるだけ。だから恋愛フラグは立たないでください…。
心の中で祈りを捧げながら、私はクロエを肩に右にダーシェイさんを、後ろにアルセンを連れて人形部屋に向かう。人形部屋は屋敷の最上階の端のお父様の部屋の中にある隠し部屋でもある。お父様の部屋に入る必要があるけれど、まぁ追い出されたときはその時どうにかしよう。
私がお父様の部屋の前につき、ノックを三回コンコンコンとしてみせると、すぐに扉が開き…デジャヴかな、金髪の男性が顔を覗かせた。おそらくこの人はアルセンのお父上なのだろうと思い、私はご機嫌ようと挨拶をして自己紹介をした後に、後ろに控えているアルセンに目をやる。
アルセンは何だか気まずそうな顔をして俯いているが、反面ゼセダガーナ伯爵は安堵したような顔になる。これで一息つけるなぁと私がクロエと苦笑していると。
「あらあら、シャロちゃん?何かあったの?」
ゼセダガーナ伯爵の後ろから表れたその人形に、お母様、と私は小さな声で呼びかける。あれからゴスロリドレスを着るようになったお母様は相も変わらず愛らしく、本当に人形なのか人間なのか分からなくなる。
その後ろからお母様の側にピッタリついてお母様を守るようにして表れたその人は、ムッとした顔でこちらを…主にアルセンを見る。
「…どうやら君の息子を、私の娘が連れてきたようだね。」
「…余計なことをしてしまいましたか?」
私がおずおずそう尋ねると、お父様はそんなことはないと否定してくれた。が、じっと値踏みするようにアルセンを見つめは変わらずのままであるから、何やら親として思うところがあるのか。私は取り敢えず触れぬが仏の言葉通りに見なかったことにし、伯爵がどのような行動に出るかなどの様子を見る。
先に口を開いたのは、アルセンの方であった。
「…まさか、このような事があったなんて…確かに驚きました。」
お母様の事だろう。私は取り敢えず何も言わずに静かにアルセンを見つめた。
「ですが…私はそれだけで人を判断しようとは思いません。問題は…お父様。」
「…何かな。意図的に置いていったことを、怒るかい?」
悲しそうに怒ったような目で見るアルセンに対し、伯爵はどんな言葉も受け止めるようにあえて自分からそんなことを言う、が、アルセンはいいえと否定の言葉を口にした。
「私は…私をもう少し信頼してほしいのです。何もここまでしてまで試さなくても良いではありませんか。」
「…気づかれてしまったか。すまないなぁ、寂しい思いをするとは思わなかったんだ。」
…何だか話についていけない。そんな私を見かねて、肩に乗っていたクロエがそっと耳打ちしてくれた事によれば他所様の家の事情に不躾に突っ込まないかなど、少し泳がせていたというのだ。ああだから真っ先に扉に出たのは伯爵なのかと納得がいく。きっとドキドキしながら、息子が来るのを待っていたのだろう。私がここに来ることはなかなかないから。
そう思うと、急に子供にそんなことをさせるなんて…と思うが、確かアルセンはゲームでは優秀な伯爵家の生まれというレッテルを貼られて生きていくことになっていたはずだ。今のうちにこういう事をするのが大切なのだろう。
私から何か言えることは無いが、…決して無いのだが…
「あの、ここに彼を連れてきたのは私です。怒るとしても私を怒ってくださらないと、それこそ身にならないのではなくって?」
そう口を挟むと、伯爵は何やら困ったような顔をして…ふと無意識にお父様の方を見て、弱ったなぁと呟く。私を怒ることでお父様に何を言われるか分かったもんじゃないということか。私はそういえばここに娘大好きっ子いたなぁなんて他人事同然に思いながらもじいっと伯爵を見つめる。
すると何かに諦めたのか、伯爵はため息をつきながらもどこか優しげに頬を緩ませて私を見る。
「全く、困ったお嬢さんだ。そう言われては何も言えないじゃないか。」
そう言って、そっと私の結んでいないサラサラとした髪をすくようになでてくる。くすぐったい感じになりながらも、そうですの?と尋ね返そうとすると、アルセンが呆れたような声でシャルロッテ様に手を出すとフィルフィテッシャオ伯爵に怒られますよという指摘が入り、すぐに伯爵は私の髪から手を離してお父様の方を見、悪びれもなくすまないと謝った。
お父様の方を振り返ると、すごく顔を引きつらせて呆れた顔で次やったら爵位をアルセンに譲渡というとんでもない脅しをかけて、ダーシェイさんはきつく睨み、お母様はお父様の冗談に乗っかってアルセンに今後からはよろしくお願いしますと丁寧にお辞儀をして、アルセンは冷静にもこちらこそと頭を下げて答えた。
私はその様子を見てクスクスと笑いクロエは自業自得よと鼻で笑い、伯爵は十人十色に笑われて少し悔しそうなムスッとした顔になりながらも、明るい雰囲気に一緒になって笑いあった。
この日アルセンとは特に恋愛フラグが立つこともなかったが、貴族仲間として仲を深めることができ、最終的には私がお嬢様口調を崩しても呆れたような顔をされるだけになったのだった。
次話も小話的な感じになります〜