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悪役少女の歌声はお気に召しますか?  作者: 星花
1章 学園にはまだ程遠い?
4/13

4,急展開でした。

 そこは、色がたくさん満ち溢れていた。


 緑色。淡い色、濃い色。名前の知らないとりどりの美しい色。


 そんな色をしながら咲き乱れ生き生きと輝いている花や木、草、木の実。そしてキラキラしていると思っていたのは、どうやらシャボン玉が陽の光に当てられて淡い虹色に輝いているからだった。


 いや、別にシャボン玉がキラキラしている原因とかじゃない。…ここにあるものは、全てが美しく、生き生きとしていて、私の目にはキラキラと輝いて見えていた。


「きれい…とても…綺麗ね。」


 私はふと口からそんな言葉をつぶやいていた。ほとんど無意識に近く、感嘆として話していた。


『ふふっ、お気に召したようで光栄だわ。』


 そしてその言葉に対して、とても満足そうに…嬉しそうに微笑み返事をするのは、淡い緑の髪の可愛らしい妖精さんで、私をここに連れてきたその子であった。


 その子は今私の肩に座り込み、あの花はコデマリ、そっちはイチリンソウ、それはデルフィニウムで、こっちがデュランタ…と、楽しそうに、私に色々な花の紹介をしてくれている。妖精さんの小さな手で示された花は、どれもこれも前世でも見たことがなかったようなもので…もしかしたら前世で見かけたことがあったかもしれないが、こんなにも色鮮やかに見えるなんてことはなかった。


 どの花とも新鮮な出会いで、都会で暮らしていたあの時ではおおよそ経験できなかったんだろうな、と思う。確かに花屋さんはあった、けどそれだけ。私にとって花は、ただの綺麗なものというか…特別なときの贈り物とか、そういう認知だった。


 それが今、こうして私の世界を輝かせてくれている。そう思っただけで得体の知れない感動と呼ばれるものがだんだんと湧き出て…鳥肌が立つ。思わず身震いをして、ああ凄いなと、単純な感想を思う。


『…あらシャロ?なんだか泣きそうにあってるけど、何かあった?大丈夫?』


 すると肩に乗っかっていた妖精さんは私の目の前に飛んで、そう言いながら心配そうに私を見つめる。私は大丈夫と言って、そしてなんだか感動しちゃってと素直に答えた。照れくさくなって、目を瞑り微笑みながら、視線をまたとりどりの花の方へ戻す。


 妖精さんは私の嬉しそうな様子とその言葉にぱあっと顔を輝かせて、嬉しそうに笑うと、私の周りをくるくると飛び回る。そのたびに妖精さんの羽から淡い蛍のような光が溢れ、より一層幻想的な景色になる。


『嬉しいわ、そんなに気に入ってくれたなら、ここを作ったかいがあるもの!』

「えっ、ここ、妖精さんが作ったの?!」


 私が驚いて聞いてみると、妖精さんはええそうよと何でもないように言う。いや、こんなに広い規模を妖精さんが作ったって、人間の庭師さん涙目だよ。あまりの出来の良さに弟子入りしてしまいそうな、そんなレベルでここは凄い。


『そういえば、ここへは少しおしゃべりをしたくて来たのよ。』

「…おしゃべり?私と?」

『ええ、勿論そうよ!』


 妖精さんはぴょんぴょん飛び回り、ついてきて!と元気よく言うとすぐに何処かへ向かって迷いなく進んでいってしまう。私は突然のことに驚きつつも、急いでその後を追う。時々見失いそうになっても、どこからかひょっこりと妖精さんが現れては早く早く!と無邪気にまた飛び進んでいってしまう。私は彼女が残していった淡い光を辿り、まるでヘンゼルとグレーテルのように道なき道を進んでいく。


 そうこうして、どれほど経ったのだろうか。気がつくと私の目の前には先程の庭とは打って変わって静かで落ち着いたような場所に来た。そこには慎ましくそれでいて華やかな、和を感じる花がいくつも咲いていて、妖精さんがようこそ!と元気よく手をさししめた先…見慣れた木がそこにはあった。


「桜の…花…。」

『あら、知ってるの?流石シャロ!私でさえも知らなかったのよ?』

「…なんでこの花が、ここに…?」


 先程彼女は自分でここを手がけたと言っていた。そして花を事細かに紹介することのできるその知識力でこの花を知らないのであれば…誰かから、この花について聞いたのだろう。


 私が淡い桃色の花をつけるその木に驚いて、そう聞くと、彼女はどこからかガーデニングテーブルとガーデニングチェアをポンッとまるで魔法のような、手品のような事をしてそこに出したと思うと、椅子に座るよう言った。


 その顔からは、どこか真剣さが見え隠れしていた。それを感じ、そしてわざわざこんなことをして座らせるほど話は意外と長く…そして重要なものなんだなと、私は暗に思った。


 私が椅子に座ってから、妖精さんは私の前に飛び…そしてそのまま羽をパタパタとさせて、口を開いた。


『…何から話せばいいかしらね。まぁまず、私のことから話そうかしら?』

「…妖精さんのこと?」


 首を傾げて尋ねると、彼女はニッコリと微笑んでから_一言。


『こんにちは、シャルロッテ。シャロ。私は亡くなった貴方の母君ミモゼノールの小さな頃からの友人のフェアリー・クロエ・グリーン。』

ー貴方の母君からは、クロエと呼ばれているわ…昔から、そして、今も。


 どこか寂しそうに微笑む彼女…クロエのその言葉で、流石に1で10の事を理解することは到底出来はしないのだった。


















 


 ガサガサと草を掻き分けて掻き分けながら、僕は相手のその男性に様々なことを話した。普通の人間ならば、およそ信じないようなその話は、あまりにも現実離れしているのに…


「…そうか、ゼノは…彼女は、生きているんだな?」


 後ろからつい来ている男性は、その話をすんなりと信じてしまったのだ。流石にこれは僕にも予想はできなかった。適当なことを言うな、騙されないぞ…と言うかと思った。何故かって?何故ならそういう風に出来ているのだ、このアデル・フィルフィテッシャオという人物は。


 しかし、このアデルは…いとも簡単に信じてしまった。きっと僕が『生きている』から。それによって少しずつ、少しずつ…バタフライエフェクトを繰り返して、今の彼を作り上げたのだろう。操り人形ではない、しっかりと自我を持ったものとして。


「…信じるんだ、な。」


 今では慣れてしまったこの口調も、流石に設定上貴族ともあろう方の前ではどうにも震えそうになる。けれどそれをしっかりと保ち…言う。すると後ろからは、少し小馬鹿にしたような笑いとともに…当たり前だろう、そういった、自信のようなものに満ち溢れた言葉が聞こえてくる。


「最初はおかしな奴とも思ったが…仕方がないだろう、まさかゼノではなく、まだどこにも出していないシャロのことについて事細かに言われてしまっては…お前がこの世界の『神』のようなものであると。信じるしかないだろう。」


 …そう。僕は悩むに悩んだ。何故なら僕のこの体の人物は、『本来』は本編に言葉でしか登場しない人物であり、そして何故話の中でしか登場しないのかというと…本来ならばこのアデルに、あの時。




 本当はあの剣で、殺されているはずであった。




 けれど、おそらく僕と同じ状況下になってしまったであろう『彼女』のように…僕もまた、死にたくはなかった。せっかく『皆』と『作った』この愛すべき世界で、我が子のような存在に殺されるなんて。そんなのあまりにも…悲しすぎるじゃないか。


 だからこそ、物語どおりに話を進めながら…少しずつ、少しずつ、長い長いあみだくじに誰にも気づかれないように『誰も知らない未来』への一本の線を、引いていった。


 そしてその先で生存できた先…もしそこでまたこの病み気味伯爵に刺されては困るからと信頼のために話題にしたのは、あえて彼と彼女の一人娘であり…僕と『同じく』、『悪役』のあの子だった。いや、もしかしたら僕が助かったから、彼女も助けられるかもしれない。あの時あの場所であの子がいることはありえない話だ。何故ならあの子と僕は本来、会うはずがないのだから。僕とあの子が出会ったというある種のフラグが立ち…複雑怪奇に入り組んだそれは、本来のストーリーとは異なったものを生む。


 つまり彼女も、僕と同じく『転生者』である可能性が高い。じゃなければ台本通りに動かないなんて、ただのホラーだ。


「…ところで、その彼女がいるという庭は?まだなのか?」


 彼に話しかけられ、ハッとなり辺りを見渡す。数時間前くらいに足を踏み入れたそこは、明らかに前に見た景色とは異なっているが…もとはといえばこんなところだった。そこにこの僕ですら知らなかった妖精がいて、魔法をかけた。今は彼女が『こことは別の次元』にいるせいで、少し荒んだようになっているのだろう。ただ、僕の記憶力を舐めないでもらいたい。しっかりと、着実に彼女のもとへは向かっている。


「もう少しだ。…ただ、会ったときに…幻滅なんてしてやるなよ。俺も、成功できたのが奇跡みてぇなもんだったんだからな。」

「ふん、そっちこそ、俺の彼女への愛情を舐めないでもらいたい。たとえどれほど醜い容姿をしていても…中身が彼女なら、俺は人間じゃない、ただの人形だろうと、…なんだろうと、愛せる。」


 僕が脅すように言ったその言葉にも屈せず、むしろ自慢げに話す彼に羨望の目を向けたくなるが…苦笑いを一つして、道を探って歩いていく。


 きっと、大丈夫だろう。こんなに愛し合っているのだから。これで少しでもあの子の未来が良い方へ変わってくれれば、一石二鳥にもなる。


 そんなことを考えていると、本当に急だった。急に開けた道に出たと思い、その道を真っ直ぐに進んでいくと…ガーデニングテーブルの近くのガーデニングチェアに座り、紅茶を静かにすすっていたところを…こちらに気が付き、人形よりも人間らしく、けれど人間としてはまだ不完全な、そんな『人間らしい人形』が僕の隣に立つ男性を見て、優しく微笑んで、言う。


「…久しぶり、あなた。」


 どこか嬉しそうで…そこか怒ったような、そんな声をして僕の隣の人にそう言った子は、ブロンドのツインテールがよく似合う愛らしい我が子。


 そしてその我が子に駆け寄るアデルは…とても泣きそうな顔していた。泣きそうな顔で、自分の最愛だった人…いや、今でも最愛のその人を見る。君なの?と呼びかけて、ふふっ、っと返されては、彼女の前で跪いた形になって蹲って両手で顔を覆う。


 それを見た僕は、何とも言えない幸福感を感じる。ふと彼女に目を向けると、彼女はそっと僕に視線を移し…そして口だけで、ありがとう、そう言っていた。


 そう言ってもらえるだけでも、僕は嬉しかった。僕がそっと笑い返すと、彼女は満足したように笑ってから…彼女の愛する人にまた話しかける。


 僕はそれを見て、そっと上を見る。上に広がるのは、どこまでも続く青空だった。それを見て、ふとあの子のことを考える。彼女の方も、きっとクロエから話をしてもらっているだろう。


 …少しだけ、不安になる。もし僕の勘違いで、彼女が転生者じゃなかったら、その内容にあの子は冷静じゃいられないかもしれない。けれどその反面、自己暗示じゃなく…本心から大丈夫だと思う自分がいた。だからこそ、あの子にクロエをやった。


 そっと目を閉じ、思いを馳せる。瞼の裏には、ずっとこの世界で探し続けて…それでも見つけられなかった大好きなあの人。優しい笑顔。可愛い仕草。その全てが愛おしい君にプロポーズをし…晴れて本当に結ばれた僕らの未来を、たった一つのトラックがいとも簡単に奪ってしまった。


 …そう、とうに昔のことに思いを馳せていると、なんとなくクロエの気配がした。



 そんな気が、した。















「…それは…本当、なの…?」


 そう問いかけると、目の前の彼女…クロエは、混じりっ気も何もない真剣そうな顔で、本当よと言う。


 けれど、私はクロエから聞かされた話があまり信じられない。いや、もう私の存在自体も信じられないのだが…何故、『私の母がこの世にいる』のか?


 語弊を生むのが嫌だから前もっていうが、シャルロッテの母…ミモゼノール・フィルフィテッシャオを、どちらの『私』も好きなのだ。母はとても凛としていて美しく、まさに令嬢の中の令嬢で、貴婦人の中の貴婦人。誰も彼もが彼女を敬い…けれど彼女の寿命は、シャルロッテが生まれてから数年ほどしばらくして…唐突にやってくる。


 だからメインストーリーに彼女の姿はなかった。しかしシャルロッテ関係の回想話で、ミモゼノールの姿や話を聞くと…すぐに私は彼女のファンになった。そしてそれと同時に…悪役令嬢のシャルロッテを可哀想にも思った。シャルロッテは母を無くしてしまうのだ、突然に。


 そして、実はその頃…アデルが人を殺した、という話も出てくるのだ。これもシャルロッテ断罪イベントで明らかになるのだが、それは最愛の妻を亡くしたショックによるものあると言われていたのだが…事実は少し違っていた。


 そこはクロエの話で細かいところまで明らかになった。少し気になる点もあるけれど、とりあえず話を確認しよう。


 まず、母は助かった。というのも、母は数年前亡くなってからと言うもの…アデルや私のことが気になってこの世に未練があったらしい。霊としてふわふわとどこかを彷徨っていたことろを…私が昼くらいに会ったミスターに助けられたらしい。


 というのもこのミスター、普通の人では扱うことができない『人形師』という魔法を使うことができるらしい。その魔法は、彷徨える魂がそう望んだ場合に…自身の魔力を施した特別製の人形に、その魂を入れることができるらしい。そうしてメンテナンスやリハビリなどをして人形としての感覚に慣れていくうちに、だんだんと人間らしくなっていくらしい。


 ちなみに母はかなり人間に近いところまでリハビリをしたらしい。クロエがはじめに私の目の前に現れたときに言っていたゼノというのは、ミモゼノール…つまり母のことを言っていたらしく、母は今庭の奥にある花の園でひっそりと過ごしているらしい。


 今はおそらくアデルの説得しに行ったミスターが、アデルを母に会わせているらしい。…さて、ここで改めて私が驚いていることを言おうか。


 父アデルが人を殺したという話…実は殺されたのは、もしかたらミスターだったかもしれないのだ。ミスターが何らかの理由で魔法を失敗し、不完全な人形を見せたことで父の逆鱗を買い…殺された。


 それが『本来のストーリー』であるのだ。ここまで来るとミスターの正体は私には分かってしまったが、今はミスターが生きていることが大切だ。ここで私はとある考えが頭をよぎるが…いやありえないと首を振る。


 そしてふと考える。


 シャルロッテが、もし前世の記憶を思い出さなかったら…果たして彼女はこの非現実的な話を信じられるのだろうか。人形になった母を、果たして愛せるのだろうか?


 それを考えられないほど、ミスターやクロエは愚かではないだろう。そう、つまり…6歳の少女に教えよう、そう考えたミスターはもしかして…『私』を、転生者ではないかと、知っている?


 私はしばらく脳内で話の整理をして…そしてクロエに再度目を向ける。クロエは心配そうな目をしていたけれども、何も言わずに私のことをただじっと見つめているだけだった。


「…クロエ。」

『何かしら、質問?』

「いえ、そこは…ミスターに聞くとして。」


 私はクロエに、母に会うことはできるかと…そう、聞いた。


 するとクロエは驚いた顔をして…すぐに気難しそうな顔になる。どうやらクロエは、私が人形になってしまった母を見ても大丈夫なのかと考えているらしい。私はその重たくなりそうな雰囲気を感じてすぐに口を開く。


「大丈夫、心配しないでクロエ。ただお母様に会いたいだけだから…ね?」


 そう言っても、クロエは気難しそうな顔のまま。今度はクロエの方から話をしてくる。


『何のために、私がいると思ってるの?!シャロが仮にも傷つかないようにしているのよ、私とミスターは!』

「…うん、ごめんね。でも、どうしても会いたいの。」


 クロエが私に母に会わせないようにしたというのはクロエ自身から聞いた。お母様は久々に娘に会えるとなって気が回らなかった分、自分達でどうにかして私を驚かせないようにと。


 二人はもしかしたらこうなるということ予想していた部分があったらしく、ミスターがあの方と呼ぶ人…お母様に会わせる素振りをして、私の気配を察したクロエに会わせたというのが二人の作戦であった。まぁお母様をほっぽってテンションが上がったことは予定外らしかったが。


 そう私のことを考えてくれるのは嬉しい。けれど、私は大丈夫だと思う。今の私なら、母に会ったとしても取り乱したりすることはないと思う。それもこれも、前世の記憶を思い出しただけじゃなく、母の話を細かく教えてくれたクロエのおかげでもあるから。


「お願い。もし、何かあったらすぐにクロエの言う通りにするから。」


 そう頼むと、クロエは仕方ないわねと溜息をついて、私を真っ直ぐに見る。要は良いのね?という確認なのだろう。私はその視線に答えるように頷く、と、クロエが何やらブツブツと何かをつぶやきだし…

















 瞬きを一つした瞬間、目の前に、ある景色が広がっていた。


「…シャ、ロちゃん…?」


 か細い声。白い陶器の肌に、キラキラとしたエメラルドの瞳。サラサラのブロンドの髪をツインに結んだ彼女は、天使のような純白の白で染められたふわふわの布を使って作られた膝丈ドレスを身にまとい、項垂れるお父様の前でピンっと背を伸ばして座っている。


「…ッ、お母様!!」


 私は真っ直ぐにその人形のもとまで走り…そして人形になったお母様に抱きついた。随分と軽い感覚を感じた。


 お母様は私の顔を見て、何度もシャロなのと聞いてくる。私は感動のあまりポロポロと涙を流しながら、嗚咽を必死に飲み込んで、うんうんと何度も頷き答える。


「シャロなのね…。」


 私がお母様の体から離れると、お母様は体温は感じられないが、優しいその手で丁寧に私の肌を撫でる。とても愛おしそうに、壊れやすいものに触れるようなその手に自分の手を添えて、私は真っ直ぐにお母様を見つめる。


 お母様は、お母様だった。人形になっても変わらない。美しく凛とした雰囲気。そして私を「シャロちゃん」と優しく呼びかける声色は、紛れもない、忘れることのできない私のお母様だった。


「…シャロ、ここに…ここに君のお母さんがいるんだよ…。」


 まるで自分に言い聞かせるように言うお父様の顔は、私以上に涙で溢れていた。なにせ、人形だとしても、ここにあるのは紛れもない母の魂なのだ。外面がどうのとは言わない。ただお母様ならば、私やお父様には十分すぎるほどであった。


 私はふと、静かに私達家族を見守っていたミスターに目をやる。ミスターは私のその視線に気がつくと…まるで我が子を見るような、愛おしそうな目をして視線を返してきた。私は泣きながらも、ミスターと、そしてその隣で事を見守るクロエにありがとうと伝える。残念ながら嗚咽混じりの言葉は、途切れ途切れになってしまったけれど。


 私が二人にお礼を述べたあと、お父様はハッとしてミスターに目をやり、申し訳なさそうに顔を歪め…さっと立ち上がり、そして勢い良く頭を垂れた。そして一言。


「殺そうとして、済まなかった…!」


 辛そうな、声をしていた。やはりストーリーでアベルが殺していたのは、このミスターだったらしい。と、ミスターに視線を持っていくが…ミスターは何でもないようにからっと笑い返事をする。


「…じゃあもしよければ、僕に彼女の従者役を任せてはくれないかな?」


 その言葉に、思わず顔を上げてしまったお父様も、心配そうに様子を見ていたお母様も、…そして私自身、は?と驚き首を傾げる。もっと、賠償金みたいに多額の金をよこせー!と言われるかと思った。いや、数々の疑問がありなおかつ転生者疑惑を持つこの人に限ってそれはないとは思ったが。


 …私の、従者??


「ああ、勿論剣の腕は良いですよ!ちゃんと鍛えてますし。」

「いや…そういうことではなくて…何故、シャロの従者に?」


 そうお父様が疑問をぶつけると、ミスターはたった一言。


「そんなの、シャルロッテ孃をお守りしたいと、そう思ったからですよ。」

「…それだけ?」


 お父様が呆けて聞き返すと、ミスターははいそうですとなんてこと無いように言う。あまりにも率直なその答えに、お父様はその驚いた顔のまま…私の方を見る。曰く、お前はいいのかと。


 ぶっちゃけ、どうしたらよいかなんて私には皆目検討もつかない。けれど向こうから関わろうとしてくれているのなら…それを無碍にできないのが、実情なのである。私は良いんじゃないですの?と言って、じっとミスターを見つめる。ミスターは私の返事に気を良くしたのか、さらにニッコリと笑みを深める。


「…私は良いと思うわ、ミスターがシャロの従者になるの。」


 お母様がそう言って、付け加えるように、だって他の人のことをしっかりと考えてるような人だものミスターって、といったことにより、遂にミスターの従者就きがお父様に認められた。


 一応軽くお父様がミスターと手合わせすると、ミスターはお父様の攻撃を軽く流してお互い互角に戦っていた。ミスター、いくらなんでも強すぎじゃないですか…?お父様、その手のプロの方ですのよ?


 お父様と互角に戦ったということにより、余計にお母様のテンションは高くなりミスターの株は上がる一方であった。凄いこのミスター。何者か早く知りたいわ…。










 ということで無事に私達家族のもとにお母様が戻ってきて、おまけに謎の従者と可愛らしい妖精さんが仲間になったのでした。



閲覧、ブックマーク、ありがとうございます。とても励みになってます!

次回はミスター回?になるかもしれません、次話もよろしくお願いします。

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