勇者の相手は魔王のみ
「俺の勝ちだな」
「・・・・そのようだな」
少年らしい若さを含んだ勇者が床に転がされた魔王へと聖剣を突き立てた。
妖艶な容姿と色気を含んだ魔王は右手の魔剣を手放した。カランカランと金属のぶつかる音が響き戦いの終わりを告げた。
両者共に傷だらけで汚れまみれ、勇者の仲間もとっくの前にボロボロで中盤から勇者と魔王の戦いを見守るのみだった。
魔王を倒せるのは勇者だけ、勇者を倒せるのは魔王だけ、仲間たちに二人の間へ入る余地はなかった。
「にしても魔王が女だったとはな」
「フン、私も勇者がこんな若造だとは思わなかったよ」
「まぁまだ18だからな」
「それに仲間が三人とも女だとは、英雄色を好むというやつか?」
「そんなんじゃねぇよ。俺はあいつらのことそういう目で見たことない」
瞬間、ビクッと仲間の三人が身を震わせた。そしてあからさまにがっくりと項垂れた。
(・・・・罪な男ということか)
「なぁ魔王。お前に聞きたいことがあるんだが」
「・・・いいだろう答えてやる。もうどうせ死ぬのだからな」
「お前を殺せば魔族はどうなる?戦いは終わるのか?」
「フッ、残念ながら終わらんよ。それどころか私の仇を討つために張り切ってしまうかもな」
「そ、そんな・・・」
「じゃあ私たちはいったい・・・」
「無駄、だったの・・・」
僧侶、武闘家、魔法使いが嘆く。
「無駄ではないさ。魔王の私が魔族の中で最も強い。最大戦力である私を倒すことは大いに意義のあることだ」
「次の質問だ。魔族たちはお前の命令を絶対に聞くか?」
「そんなことを聞いてどうする?まぁいいだろう。命令に依るがほとんどの魔族が従うだろう。魔王の命令というより強者の命令だな。完全な実力社会なんだよこっちはな」
「例えばお前が戦いをやめろと言っても?」
「!そういうことか。お前最初から私を倒しても戦いが終わらないことを想定していたな?」
「まぁな。それでどうなんだ?」
「ちょ、ちょっと待って!」
「どうしたアン」
アンと呼ばれたのは武闘家である。ちなみに僧侶はアインスで魔法使いはウノであり三人は姉妹だ。
「魔王を生かしとくつもり!?」
「そっちの方がいいかもしれないってことだ」
「甘いなお前は」
「勇者なんでな。平和主義者なんだよ」
「何を言うか。数えきれぬほどの我が同族を葬っておいて」
「それは否定しねぇが、俺たちは自分から襲ったことはない。襲ってきたやつだけ倒してきた。逃げたやつは放っといたし」
「!・・・・つくづく甘ちゃんということか」
「それが彼のいいところなんです!」
「その通り」
「はいはい、アインス、ウノありがとよ。まぁ魔王を倒せば終わりってのが当初の予定だったからな。交渉の上での好感度的には結果オーライかな?」
「・・・・貴様が本気で戦いを終わらせたいことは伝わった」
「ふざけてるとでも思ってたのか。ひでぇな」
「魔王に停戦を申し込む者など見たことも聞いたこともない。しかもそれが宿敵のお前だからな。にわかには信じがたい事柄だ。普通は何の冗談かと思うさ。現にお前の仲間たちも不満そうだしな」
うんうんと頷く三人。
「話を戻すが、はっきり言って無理だ。理由もなく停戦など誰も納得できない。おそらく反乱が起こり、城に魔族が攻め寄せてくるか、私が勇者に脅されているのだと思い、我を救おうと城に魔族が攻め寄せてくるかだな」
「お前の城大人気だな」
クックッと見下すように魔王が笑う。最も今は勇者に見下ろされているのだが。
それに対し勇者は聖剣を背の鞘にしまい、ニヤリと敵を罠に嵌めたように片方の口角をあげた。
「理由があればいいんだな?」
「戦いを終わらせるほどのものでなければならんのだぞ」
「あぁ。魔族の代表と人間の代表が戦う意志が無いことを具体的な形にして宣言すればいいんだ」
「・・・・つまり?」
「魔王、俺と結婚しろ」
「「「はあ!?」」」
「なんだよお前ら」
「・・・・本気か?」
仲間三人衆の叫びを軽く無視して冷静を装った魔王の問いに勇者が答える。
「本気だよ。停戦、和平、同盟、敵同士のやりとりで政略結婚なんてよくある話だろ」
「そんなもので収まると思っているのか?」
「完全には無理だろうな。だがかなり有効だと思うぞ。俺たち人間は正直戦いに疲れてるんだが、そっちもじゃないか?」
「・・・・・もう争う理由すら誰も知らない昔からだからな」
「多くが戦いたくないと望んでいるんだったらあとはきっかけがあればいい」
「なるほどな」
「そしてゆくゆくは共存だ」
「!?・・・・・正気とは思えないな」
「正気さ。戦わない、不干渉ってだけじゃ同じようにちょっとしたきっかけで崩れる。防ぐには打ち解け合うしかない」
「無理だ。今までそんなことができた試しはない」
「それは誰もやろうとしなかっただけだ。現に今勇者と魔王が話し合いしてるぞ?」
「瀕死にまで追い込んでおいて何を言う」
「瀕死のわりにはよく話せてると思うけどな」
「・・・・で、具体的な案はあるのか?」
「そうだな。とりあえずは商業だな。魔族領でしかとれないものと人界でしかとれないものを取引する。敵という印象から互いに利のある者という印象に変えていくんだ」
「ふむ。だがそれだと力づくで奪う輩が出てくるだろう。特に初めはな。護衛を雇わねばならない。それも我々の信頼の厚い者に限られる」
「俺とお前がやればいいだろ。魔族領はお前、人界は俺が担当する。なんなら二人でやればいい。それなら魔族も人間も安心だろ」
「安心とまでは行かないだろうが、まぁそれならかのうかもしれんな」
「そして互いの情報をやり取りする。こんな場所がある、こんなものがある、こんな文化があるってな風にな。そうすると興味が湧く。興味関心は体験しないと収まらない。行ってみたいと思う者が多数出てくるはずだ。そこで交流の機会をつくる。観光とか使節、大使とかな」
「その交流の際の護衛も我々が?」
「そうなるな。俺たちは魔族と人の和解の象徴ってことになるだろうし。結婚していれば共に行動していもなにもおかしくないからな。もし俺たちがギスギスしてたら交流どころじゃねぇしな。結婚にはそういう利益がある」
(ねぇねぇ私たち空気じゃない?)
(ちょっと黙っててください姉さん。大事な話なんですから)
(よくわかんない)
「そんで自由に行来できるようにする。もちろん相手を殺したり物盗んだりしたり処罰の対象だ。それぞれの法律で裁かれる」
「・・・・簡単にはいかんだろうがおもしろいとは思う。しかし、我々の結婚はそこまで重要か?」
「そうだよ!」
「もっとふさわしい人がいるはずです!」
「認めない!」
三姉妹がここで話さないと・・・という焦りを含んで抗議する。
「俺たちが共存のお手本になるんだよ。人と魔族は共に生きることができるってな。まぁぶっちゃけここまでのことはただの建前だ」
「なんだと!?これまでの共存などの話全てがか?」
「あぁ、本来の理由は別にある」
魔王には想像がつかなかった。これを建前で済ませるほどの理由とは一体なんなのだろうか。
「その本来の理由は何だ?」
「本来の理由は・・・・・」
ごくりと唾を飲む音が四つ。緊張感が走り一時の静寂が訪れる。そんななか勇者一人だけが満面の笑みを浮かべて言い放つ。
「魔王、お前に惚れたからだ」
「・・・・・・は?」
理解不能と魔王の顔から文字が浮かび上がっていた。
「「「ちょっと待ったー!」」」
「待たない」
「いやちょっと聞いてよ!」
「そうですよ!」
「大事な話!」
アン、アインス、ウノが叫ぶ。勇者は渋々といった様子で答える。
「はぁ。なんだよお前らには関係ないだろ」
「関係あるよ!だって、その・・・」
「言いづらいんですよね・・・」
「私たちの想いを知って欲しいんだよ」
「「!?」」
末っ子があっさりと前に踏み込んだ。そして歩みを止めることはしなかった。
「好きなんだ、ずっと前から」
その姿に背中を押され、もとい勢いに便乗し、姉二人も続ける。
「私も好きよ!」
「わ、私も好きです」
「知ってるけど」
「「「!?」」」
三人とも同じ表情をとった。とてもよく似ている。流石は姉妹だなと勇者は呑気に考えた。しかし姉妹たちはそうはいかない。
「知ってたの!?いつから!?」
「気づいてる素振りなんて無かったじゃないですか」
「知ってて何も言わないってどうなの」
「落ち着け。一片に質問しまくるなよ」
呆れた様子で勇者はストップをかけた。そしてめんどくさそうに答えた。
「えーと。まずいつからだっけ?あーいつだっけな。俺が寝ている間にキスをしかけてきたときか」
「「「バレてた!?」」」
「あれ、二人も?」
「こちらの台詞です」
「変なところ似てる」
「あと風呂場を覗きに来たときとか」
「お前たち旅の途中に何をやっているんだ・・・」
魔王は呆れを通り越してドン引きだった。それと若干空気になっていたのを気にしての発言だったりする。
「だ、だって勇者様の聖剣拝みたいじゃん!」
「なんの話をしている!」
「な、長さとか」
「太さとか気になる」
「やめんか貴様ら!」
「俺の聖剣は魔王のためにある!」
「乗っかるな!」
この流れでなければ様になる台詞なのだが。ましてや好意を抱いてると告げた後ではやはりそういう意味としか思えない。
「次だけど、素振り見せなかったってのはまぁ特に意味はないからだな。そういう対象じゃないし」
「うっ、はっきり言うなぁ・・・」
「酷いですよ。もっと言い方があると思います!」
「今更気使う間柄でもないだろ。何年一緒にいると思ってるんだ」
勇者と三姉妹は所謂幼馴染で、十数年家族同然に育ってきた。勇者の旅に同行するため三人はそれぞれ修行を積み、頼れる仲間として今ここにいるのだ。その事に関しては勇者はとても感謝している。しかし家族同然の者を異性として見ろというのは彼には無理だった。
「で、あと知ってて何も言わない?だっけか」
「そうだよ!どうせならズバッとフッてくれればよかったのに!」
「告白されてないのにどうやってフるんだよ」
「うっ・・・・」
「た、確かに」
「ぶっちゃけフる心の準備はできてたんだよ。けどお前ら全然なんも言ってこないし」
「休戦してた」
「魔王倒すまでは抜け駆けなしってね」
「まさかここまで来て伏兵が現れるとは思いませんでした」
「私を勝手に巻き込むな」
ジロッと三つの視線を浴びせられ呆れの溜め息をつきながら魔王が答えた。
「私は漫才でも見せられているのか?ふざけているようにしか見えん」
「そんなつもりねぇよ。至って真面目だ」
「そもそもの私に惚れたという話が怪しい。適当に考えた偽りの理由なのではないのか?」
「本気だ。俺はお前以上の美人に会ったことはないし、この先会えるとも思えない」
勇者は跪き魔王と目線の高さを合わせ、優しくまっすぐな瞳で魔王を見つめる。
「・・・・なるほどな。お前に引き込まれる人間の気持ちがわかった。そんな目で見られては心が動かずにはいられないだろう。しかし、それは人間の話だ。残念ながら私は人間ではない。それどころか魔王だ。やはり勇者の言葉を信じるわけにはいかない」
「嘘なんてついてないけどなあ。仕方ないな」
「諦めるか。それがいいだろう。さぁ、さっさと」
魔王の言葉はそこで終わった。しかし、魔王がやめたのではないく、勇者が終わらせたのだ。魔王の口を塞ぐことで。
「!?んー!んー!」
勿論魔王は抵抗するのだが、今はかなり弱っている。ましてや相手は勇者だ。ちょっとやそっとではものともしない。
「はぁっ、んんっ、あぁ・・・」
艶かしい声が洩れ魔王の抵抗が弱々しくなっていき、やがて勇者にされるがままになった。それでも勇者による口内の蹂躙は終わらず、数十秒、いや数分ほど弄んだ。
「・・・ん・・・ん・・ぷはぁ」
「これでも信じてくれないか?」
勇者は魔王の口から離れても変わらずまっすぐな瞳で魔王に問いかけた。魔王の顔が赤く染まっていく。恥じらいから顔を背ける姿は魔王の影もない。
「ははっ、綺麗だとは思ってたけどそういうところは可愛いな」
その一声でさらに魔王は顔を赤くさせる。
「この女誑しめ!」
「女誑しっていうよりは人誑しだ。勇者だしな」
あっけらかんとして答える。しかし眼差しは変わらない。
「でも口説くのはお前が初めてだ。そんでもってお前で最後だ」
勇者は手を差し伸べる。
「俺のこと好きになってくれればこの上なく嬉しいんだけどさ、惚れろ、なんて言うのはおかしいだろ?だからとりあえずは協力してくれるだけでいい。そんで事が落ち着いたときにどうしても俺のことが気にくわないってんなら諦めるさ。
ただ一つ、俺は絶対にお前を裏切らない。誓うわけでも約束するわけでもないが、これは絶対だ」
「・・・・我々が協力したところで実現できるかわからんぞ」
「そうだな。でも誰かがやろうとしなきゃ何も始まらない」
「途中で死ぬかもしれんぞ」
「そしたら誰かが引き継いでくれりゃいい。こんなやつらがいたっていう前例があれば感化されるやつも出てくるだろ」
「私が裏切るかもしれんぞ」
「惚れた女にやられるんなら仕方ねぇさ。魔王に殺された勇者の一人になるだけだ」
「・・・・・できるとは思えない」
「だったらさっさとこの手を払えばいいだろ。それができないのは少なからず希望が見えているからじゃないか?」
「・・・・・・・」
「それとも俺に惚れた?」
「っ!そ、それはない!」
「ははっ、わるいわるい。ちょっとからかった。お前可愛いから」
「ま、またお前はそうやって!」
「で、どうするんだ?」
「・・・・・・・」
勇者は魔王を見据えながら手を差し伸べ続けた。その手を振り解く事を魔王は出来なかった。無いはずの良心が傷むからではなく、協力すると見せかけて斬られると思ったわけでもない。ただ、本気でこの男となら世界を変えられると思えたからたのだ。
魔王は勇者の差し伸べられた手を握った。
「いいだろう。お前に協力する」
「ありがとう」
満面の笑みでそう言った勇者は組んだ手に力を入れ魔王を立たせた。魔王は満面の笑みにわずかながら見惚れていたため「きゃっ」と驚きの声をあげた。しかしそれもつかの間、立たされた魔王は勇者に抱き締められた。
「これからよろしくな」
「~~~~~!!」
耳元で囁かれた魔王の声はもはや声になっていなかった。
「お、お前・・・!」
「いいだろ。なんせ俺たち夫婦になるんだからよ」
「な、そ、それはそうだが。いきなり抱き締められたら・・・」
「そっかそっか。ドキドキしちゃうかー」
「そ、そんなことは言っていない!」
「脈ありみたいで安心だ」
「話を聞け!」
「わるいわるい」
勇者が魔王から離れる。
「まあ、改めてよろしく頼むな」
「んんっ。ああ。やるからには必ず成功させるぞ」
こうして世界の改革が始まるのであった。
「ところで後ろの三人はどうするんだ?」
「ん?・・うわっ、やけに静かだと思ったらこいつら血出して倒れてやがる・・・なんで?」
彼女らに濃厚なキスシーンはダメージが大きすぎた。