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灰色リザレクション

 真っ赤な顔をした智良ちらの弁解によると、せくしーな黒い下着はデートのお誘いに思わず舞い上がり、ちょっと背伸びをして穿いてしまったのだという。真相はどうあれ、とにかく二人のあいだでそう話がまとまると、二人の脚はデパートの外へ向かっていた。


 クリスマスのイルミネーションにはまだ早く、駅前はショッピング組と帰宅組による影法師の群れがうごめいているようだった。と、その集団に溶け込む前に、マノンのスマートフォンから着信の音が鳴った。


「おっ『他の女』からや。どーれどーれ……」

「誰だよ『他の女』って」


 呆れたように智良が言うと、マノンは盛大に滑った芸人の相方を見るような目つきで画面から顔を上げた。


「なんや、随分とつれない反応やな~。うちらカップルなわけやし、こういうときは普通『誰よそのオンナっ!?』っと血相を変えるべきとちゃうん?」

「だったら、もっとそれらしくふるまえってのッ。……メールの相手は五行先輩か?」

「あったりー。クリスマス会のお誘いのメールやったわ」


 五行姫奏ごぎょうひめかの父親は大企業の社長さんで、毎年クリスマスになると、社員のお子さんたちに向けて、大規模なクリスマスパーティを開催しているらしい。むろん強制参加ではないのだが、一度味をしめた子供は親に「連れてって!」とせがまれるものだから大変なことだ。もっとも、自分の家で準備をせずに子供たちにいい思い出をさせられるのは、親御さんとしても喜ばしいことか。


「去年はうちと莉那りなちゃんも参加しとったんや。たぶん今年は清ちゃんも参加するやろうし、せっかくだから智良ちゃんもきーひん?」


 形式上は誘いであるが、求められている回答は実質一つしかない。そのことに関して智良は別に異論はなかったが、気になることがあって尋ねてみた。


「でもさ、清歌の話じゃ五行先輩の家って相当豪華なんだろ? なんかそれっぽいの着てこいと言われてもあたし困るぞ」

「へ? 何言うてんの智良ちゃん。智良ちゃんはとーぜんミニスカサンタさんのコスに決まっとるやろ」

「ふぇえっ!?」


 奇声とともに、智良は大きくのけぞった。


「そんなのただの見せもんじゃん! やだって、そんなの!」

「だいじょーぶやって。たとえわざとおぱんつ丸出しでズッコケても五回までなら事故で処理されっから。……あ、でもさすがに今日のようなせくしー真っ黒おぱんつはやめといたほうがええかもな。いちおう小さなお子さんもいることやし、だいたいそんなの穿いてラッキースケベしたら確信犯と思われるやろ」

「し、しないっての!」


 真っ黒おぱんつの話題を蒸し返されて、智良は必要以上にムキになって言い返した。マノンは楽しげに笑いを噛み殺しながら、スマートフォンを操作し、その画面を智良に示した。


「ほら、これが去年撮ったやつ。姫ちゃんも莉那ちゃんもばっちりコスプレしとるでー」


 いかにも格式のありそうな部屋に三人の少女が写っている。先ほど出た姫奏と莉那、そして発言者当人だ。


 姫奏さまは実に堂々とした態度でミニスカサンタの衣装を着込んでいた。市販のコスプレ衣装は圧倒的美少女の体格と適合していないのか、黒タイツに包まれた脚が随分と長く見えた。艶やかな黒髪にサンタ帽をちょこっと乗せ、白い袋を担いで実に見事なコスプレぶりだ。


 邪神・ユースティティアこと櫻井さくらい莉那も姫奏と同じ格好をしていたが、唯一徹底的に違っていたのは、真紅色の姫奏に対して、彼女のサンタ服は真っ黒だという点だ。いかにも格好つけたがりの彼女にふさわしいチョイスである。袋を床に置いてあり、両手両腕で究極に芝居がかったポーズ。


 二人のサンタさんの間にいたのは、トナカイの着ぐるみを着込んだちんまい少女だった。青い瞳で灰色の髪がフードから覗かせている。可愛らしい笑顔であるが、鼻にピエロのような赤い球が乗ってあるのがなんとも滑稽である。


 智良は思わず顔をゆがめた。


「ぷっ! な、なんなのさこれ……。スゴく笑えるんだけど……!」

「むぅー。智良ちゃんは笑っとるけど、当時これ着てたときはメッチャ大変やったんやで。姫ちゃんの暖房が強すぎて、冬にもかかわらず着ぐるみの中はむれむれになるわ、汗でからだはべとべとになるわやったし。このときうち、服を汚したくないから下着一枚で中に入っとったんやけど、正直このまま浴槽に飛び込みたい気分やったわ」


 奇妙に表情筋を引きつらせながら、智良は画面を見つめながら硬直していた。このトナカイに扮している日仏ハーフの美少女は、何気ない笑みを浮かべている裏でどんな思いをしているのだろう。肌と下着に生ぬるい汗を張りつけ、着ぐるみがあるとはいえ、着てる当人からすれば着ぐるみ越しの格好を他人の視界にさらしているのと同然ではないか。少なくとも智良はそういう感想を持っており、顔面が『熱膨張って知っているか?』状態になっていると、突然マノンが高らかな笑い声を上げて肩を叩いてきた。


「あはは、冗談や! 着替えたのは確かやけど、下はちゃんと夏用の体操着を着とったで。姫ちゃんから昔のを借りてな。な〜に〜智良ちゃん? もしかして、うちの話を聞いてやらしい想像をしとったんかあ?」

「う、うっさいなあ! マノンからすりゃあ、えっちぃ自分を想像をしてくれて、むしろ本望なんじゃないの!?」

「っ! ち、智良ちゃん…………」

「う……………………」


 ムキになって出た発言は、マノンと同じくらいに本人を強く狼狽えさせたようだ。妙な沈黙とともにお互い赤面し、マノンは無言でスマートフォンをポケットにしまい込む。


 気を取り直すと、彼女は先ほどの話題をキレイサッパリ忘れたようすで伸びを始めた。


「う、うーん。冷えてきたし、さっさと寮へ帰ろ」


 智良も頷いたが、帰路を歩く途中、急に「この先輩の誕生日をきちんと祝わなきゃ」という気分になり、マノンの白コートの袖を引っ張っていた。


「なんか欲しいものない? さすがに手ぶらで帰るのもアレだし」

「ん? 別にうちの誕生日だからって変に気にせんでええよ。てかそれ、今ここで言うかあ? 普通デパートにいたときに言うもんやないの?」

「いいじゃんべつに! 後輩が気を利かせてプレゼントするって言ってんだからさー」

「あはは、それじゃあ智良ちゃんのお気持ちに甘えて、そこの自販機にある『よーいお茶』でもおごってくれへん?」


 そんなんでいいのかよと思いつつ、智良は先輩の頼みごとを引き受けた。あったか〜いの『よーいお茶』と自分用のホットココアを買うと、二人は近場の公園のベンチに腰を下ろした。


「はー、あったまるー。この前までのクソ暑い時期がウソみたいって感じー……」

「ホンマや。缶の熱が手のひらに染み込むようで……。……っ」


 ふいにマノンの言葉が途切れたのを智良は不審に思い、顔を覗き込んでぎょっとした。うつむきがちのマノンの蒼眼からぽろぽろと涙がこぼれ落ちており、缶を持った両手がそのまま取り落としそうな勢いで震えている。


「……あ、あれ……? なんでうち泣いとるんやろ……」


 涙を流している本人が不思議そうな表情で顔を上げ、コートの袖で顔をがしがしとこすりまくる。智良は何となくマノンが涙した理由が察することができ、おそらくマノン自身も薄々気づいていることだろう。


 気分を落ち着かせると、白い塊を吐きながらマノンはしみじみと言ったものだ。


「うち、本当に幸せ者やな。大好きな子に誕生日を祝ってもらえるなんて……」

「マノン……」

「……智良ちゃん、うちが夏休みの時ほとんど死んでたのは知っとるやろ?」


 頷いた。正確に言えば、すべてが終わった後に姫奏&清歌のカップルから聞かされたのだが、どうやら当時はそうとう参っていたようである。


「もし、あのとき死んだままフランスに帰ったしまったら、うちは多分、二度と立ち直れなかったと思う。たとえ智良ちゃんや姫ちゃん、清ちゃんとかが押しかけてきても、正直、普段通りに応じれる自信がなかったんや……。うちの居場所は空の宮の、この場所であって、今さらフランスに行っても改めて友達を作りたいなんて思わへんもん……」

「…………」

「うち……自分のことになるとホンマに駄目なんやな……。智良ちゃんがいなかったら、うち、本当にフランスに帰って、そのまま……」

「もういい、マノン。……それ以上聞きたくない」


 智良はこれ以上ないくらいに必死な表情でマノンの顔を覗き込み、そのまま彼女の唇をふさいだ。いきなりのことにマノンは青い瞳を見開いたが、愛らしい彼女が不器用な優しさを示したとさとったとき、再び表情がひしゃげ、目から涙があふれそうになる。


 あまりにもこみ上げた喜びが大きすぎて、マノンは思わず智良の身体を引き寄せ、いとおしげに背中に腕を回していた。人のことは言えないが、智良はビックリして飛び上がりそうになり、思わず唇を離してしまった。だが、片時も離れたくないと言わんばかりに、今度はマノンから智良の唇に飛びつく。


「んっ、あ……。智良ちゃんのちゅー、すっごくあまい……」


 そりゃあホットココアを口に付けていればキスも甘くなるだろうが、それをツッコむ余裕は智良にはなかった。マノンの声はそれこそホットチョコレートのように甘くとろけるかのごとくであり、相方の気をもたせようとした智良のほうが振り回されている状況だ。


 マノンが泣き笑いの表情で、智良の顔をまっすぐ見つめていた。


「ホンマにありがとうな、智良ちゃん……。智良ちゃんのおかげで、うち、生き返ることができたんや。智良ちゃんがうちをこの場所につなぎ止めてくれたこと、それこそが何モンにも代えがたい最高のプレゼントなんや。本当にありがとう……だいすき……っ!!」


 涙声と同時に、マノンは智良のダッフルコートに顔をうずめた。物理以上の衝撃を受けて智良はツインテールを揺らす勢いでのけぞり、困惑の極みで灰色の頭を見下ろした。


(なんでこいつは、こんなかわいいことしか言えないんだよっ……)


 マノンの言葉を聞いていると、なんだか自分が彼女の救世主になったような印象であるが、正直、あまり実感がわかない。あくまで自分はラッキースケベに青春を捧げる普通の女の子なのである。


 完全に進退窮まった状態の智良であったが、心のこしょばゆさと彼女との離れがたさが、自然に震える手を背中へと回していた。灰色の髪ごと背中を抱きとめると、ラッキースケベが成功したときの高揚感とはまた別のあたたかみが智良の精神を抱擁しだした。このときは『周りに注目されているかも』という危機感もほとんど感じなかった。


 もっとも、この暖かで柔らかな時間も、智良の奇声によって終わりを迎えることになる。しがみつくように智良のダッフルコートに顔をうずめたマノンが、何やら妙な手つきで智良の胸元をさすっている。


「うひゃあっ! 何どさくさにまぎれておっぱい揉んでるのさッ!?」

「うへへ……智良ちゃんのここ、じゃっかん育っとるんかあ? ちょっと妬けてまうわ~」

「な、なに言ってんだよ……っ」


 そして、いつものマノンに戻って、なに自分はホッとしてるのさ!?


 自分自身にすら振り回されつつあっている智良だが、マノンが離れると感情をごまかすようにぬるくなったココアを一気に飲み干す。マノンがお茶を飲み干すのを待って、一緒に立ち上がる。


「智良ちゃん」


 公園から出て帰る途中、先を歩いていたマノンが智良のほうを振り返る。智良は両手どうしをこすり合わせながら白い息を吐き出した。


「……なんだよ」

「これからも、よろしゅうな」

「……………………」


 日はすでに落ちきり、夜空は澄み切っていたが雪が降るんじゃないかと思われるほどの冷え込みだ。それのせいもあるし、智良が珍しくおセンチの気分であったせいもあってか、白ずくめの天使が極薄の白い紗をまとっているかのように見えた。


 その天使の姿を見つめながら、智良は困ったようすで頬を掻いてみせた。


「ふう、やれやれ、しょうがないなあ……」


 ぼやきつつも、頬の緩みが抑えきれないのを実感しながら、智良は満面の笑みを浮かべる少女の手を取るのだった。

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