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純黒エロティシズム

 商戦に明け暮れている大型店には、行事と行事の間の空白というものが存在しないらしい。ハロウィンが過ぎ去ったかと思えば、すぐさまクリスマスに移り変わるという素晴らしい商魂ぶりである。

 一足飛びならぬ一月飛びの内装を見やりながら、智良とマノンは大型デパートの中を練り歩いていた。特に買いたいものはないが、気晴らしに一帯を散策するだけでも結構な精神の充足になるらしい。しかもそれが仲の良い二人の少女どうしだから、会話の華も枯れることがない。


「わあ、このリボンかわいいやん。智良ちゃんのツインテールに合うんとちゃう?」

「んー、リボンはなあ。寝坊したとき結ぶのがメンドーだし。やっぱりゴムが一番かな」

「ふう……。ホンマに智良ちゃんはスカートとおぱんつしか興味ないもんな~。次、ランジェリーショップ寄っとくー?」

「ちょっ!? ここで言うなって……!」


 智良が身じろぎする。星花女子学園では堂々とラッキースケベを仕掛けるくせに、一歩街に出ると普通のあざとい格好の少女に成り下がってしまうようである。そのギャップがマノンにとって格好のからかいのネタになるわけで、可愛らしい顔がさらに可憐ににやけるのであった。


 ざっと店内を眺め回してから、二人はアクセサリーショップを出て、エスカレータで上にのぼる。ランジェリーショップに行くわけでは、むろんなく、最上階にレストランの区画が存在するのだ。ファミリーレストランであれば高校生の懐でも何とかなるだろう。


 エスカレータに乗っていたとき、一つ先の段にいたマノンが嬉々として振り返った。


「ふふ、智良ちゃん。今日はノリノリなんやね。下の方見てみ」

「へっ? ……うひゃああっ!」


 下を見た智良は気色悪い虫を発見したときの悲鳴を上げ、その場で飛び跳ねそうになった。未遂で終わったから短いスカートがまくり上がり、その中身をうかがわせることがなかったが、もしそうなっていたら下にいた学ラン姿の少年にさらに気まずい思いをさせたに違いない。それとも突如として舞い降りたささやかな幸運なのだろうか。


 いずれにせよ、そのような提供を智良は決して望んではおらず、マノンの背中を押しながら急いでエスカレータを駆け上がった。最上階まで辿り着いたときにはお互い息を切らしており、特に運動不足のマノンはベンチに座り込みながらぼやいたものだ。


「んもう、智良ちゃんったら……。そんな逃げんとも、あのお利口そーな学生さんが智良ちゃんに襲いかかるわけないやろ? さすがのラッキースケベマスターの智良ちゃんも異性に見せつけるんはやっぱり恥ずかしいんやね」

「アタリマエだろッ。それにもし、その男が後でやって来て声かけてきたらどうするんだよ」

「そん時は男の金的蹴り上げれば済む話やろ。うちはそれを遠くから見て、智良ちゃんのスカートがまくれ上がるさまを堪能するわけ。これぞウィンウィンの関係やな」

「マノンと誰のウィンなんだ!」


 愛のあるやり取りをしているうちに二人の息は落ち着き、改めてファミリーレストランに向かい、その中に入った。窓際のテーブルに案内され、それぞれ食べたいものを注文する。注文が来る間、智良は神妙な表情をつくりながらマノンに尋ねた。


「なあ、マノン……」

「なんや、智良ちゃん?」

「マノンってさ、結局、星大行くことにしたんだろ」


 灰色髪の美少女は軽く肩をすくめてみせた。


「せや。いろいろあったけど、最終的に星大に進むことを認めてくれたんや」

「どこの学部に行くのさ?」

「文学部や」

「文学部……」

「なァに『そこだけは行かんといて~』みたいな顔しとるん? うちが文学部に行ったらあかんのか?」

「い、いやベツに……」


 わざととも思えないのに目を逸らす素振りがわざとらしすぎる智良に、マノンはさらに胡乱げな目つきになったが、ある事実を思い返してニンマリと笑った。


「ははーん。そっかあそっかあ、思い出したわ。確か智良ちゃんのお姉ちゃんも星大の文学部かよってるもんな~」

「う……」

「そんでもって、うちが文学部に入ったら智良ちゃんのお姉ちゃんとは先輩後輩の関係になって、彼女と話す機会も出てくる。そして、智良ちゃんはお姉ちゃんから恥っずかし~い過去バナを聞かれるのを心の底から恐れている……」

「う、うわわわわ……!」


 この世の終わりを垣間見たかのような智良のうめきである。そのようすを見て、ちんまい先輩は手を叩いて爆笑した。


「あっはっは! そない心配せんともお姉ちゃんから智良ちゃんのことをいちいち詮索したりはせえへんよ」

「ほ、ホントに?」

「ホンマや。これ以上……智良ちゃんに嫌われるような真似しとうないもん」


 急にしおらしげな微笑をたたえるマノンに、智良は違う意味で焦った。心臓に杭が刺さっており、友人のいじらしい反応を見るたびに、ハンマーの強烈な一撃でその杭が深く打ち込まれていく。その杭にはきっと密かに『恋するってこういうことか』と刻印されているに違いない。


 テーブルに注文したものが並んだ。智良はティラミスとホットココア、マノンは緑茶と期間限定の和風パフェとというものだ。果物やウエハースの代わりに白玉やあずき、抹茶のアイスクリームなどがボリューミーに乗せられている。


 最初は普段食べなさそうなスイーツを堪能して無言だったが、華の女子高生が甘味ごときでいつまでも沈黙していられるはずもない。健啖を発揮しながら、なるだけお行儀良く会話が繰り広げられる。


「それで、星大に通うってどこからさ? やっぱ近くのマンションを借りるわけ?」

「もう、智良ちゃんのいけずぅ。ホンマみずくさいわ~」

「は?」

「ここは恋人らしく『もし行くあてがないなら、いっそあたしの家に来ない?』と優しく手を差し伸べるべき場面やろ? うちが路頭に迷うかどうかの瀬戸際なんやから」

「はあ!? 何勝手に決めてるのさ!?」

「ええやん。うちと智良ちゃんの仲なんやし。どーしてもうちのことが信用できひんかったら、智良ちゃんも同棲してうちのことをそばで見守りゃええねん」

「同棲って、もともとあたしの家じゃん! だいたいマノンは…………」


 さらに声を荒げようとする智良の目の前に銀のスプーンが差し出される。スプーンの上には生クリームやあずきの塊、抹茶アイスの一部が絶妙なバランスで一口サイズに配置されていた。


 思わず閉口し、大げさに瞬きをする智良のようすを、マノンは ほくそ笑みながら見つめている。


「あとで智良ちゃんのティラミスも一切れもらうで。どんくらい美味しいのか、さっきから気になってん」

「……だったら最初からそいつも注文しとけばよかったろ」

「そんなにいっぱい食う気はないんや。それに智良ちゃんのと交換こするのが肝心やから。ほら、あーん」


 甘ったるい声を受けて、智良は慣れない恋人の立場を強く意識し、閉口したまま顔面に血色をみなぎらせていた。しばらく神経がじんじんとうずいていたが「ほれほれ」と言わんばかりに一揺れするスプーンを見て、意を決したように目をつぶり、スプーンごと食らいつく勢いでパフェの一口分を頬張る。


 空になったスプーンを引っ張ったマノンは実ににこやかに言ったものだ。


「どお、おいしい? あずきとか嫌いじゃなきゃええけど」

「んぐっ……まあ、おいしかったけど、その質問、せめてスプーン差し出す前に言うべきじゃないの?」

「あはは、違いないわ。でも、気前よくパクついてくれてうちも嬉しいわ~」


 気前よくというか、無我夢中というか。楽しげなマノンの笑い声を聞きながら、智良はやれやれとティラミスを切り分けて、一切れを彼女に提供した。マノンは実に嬉しそうにフォークの上に乗ったそれを味わい、恋人どうしと思しきやり取りにいたく満足したようである。


「それで、マノン。さっきの同棲のことなんだけど……」

「あ、ゴメンな、あれは冗談。智良ちゃんと同棲したかったのは本気やったけど、うちのワガママで智良ちゃんのかけがえのない寮生活を奪っちゃうのは気が引けるからな。卒業したら、フツーにマンション暮らしするわ」

「ふーん」


 なんとも言えない表情でココアに口をつける智良である。さんざん振り回してはきているものの、この先輩は先輩なりに自分の行く末を考えてくれているのだろうか。正直なところ、桜花の寮生活がかけがえのないものという実感は今の智良にはないわけだが、思い出というのはもとよりそういうものかもしれない。意図的に作るものではなく、人生の軌跡の一部を箔をつけてそう呼ぶだけに過ぎないのだ。


 マノンは後輩の顔を見ながら、しみじみと呟いたものだ。


「……ま、全力で学校生活を送るのは結構やけど、うちとしては、智良ちゃんにはもうちょっと大人になってほしいわあ。学校であんなにおぱんつひらめかしてたら智恵ちゃんもおちおち眠れんと思うで? ま、智良ちゃんにラッキースケベをやめるよう願っても無い物ねだりってヤツやけどな」


 智良はムッとした。言っていることは正論かもしれないが、身長差が一センチしかない先輩に「オトナになれ」とさとされても喧嘩腰がいきり立つだけだ。


「なんだよお! あんただって散々子供じみたことしてきただろーが! 去年しでかしたこと、もう忘れたって言うんじゃないだろうな!?」

「忘れたわ」

「ああもう、しらばっくれやがって……! ああいいともさ、あたしが三年になったときには今のマノンよりもずっとオトナっぽくなってやらぁ!」

「へえ、そいつは楽しみやな、智良ちゃん」


 まったく信じていないようなマノンの反応である。


 甘味と談笑(?)に満ちた軽食が終了すると、会計を済まして二人は店を後にした。予定は決まっていないが、とりあえずデパートを出ようと話がまとまり、階を下りる。行きはエスカレータを用いたが、不用意なラッキースケベのトラウマにかられていた智良の要望によって帰りは階段を使っての移動である。


「ベツに下りるときはスカートの中身見られることもないやろ。ホンマ智良ちゃんったら自意識かじょーなんやから……」

「うっさいなー。こういうのは気分の問題なの」


 ぼやきながら、智良はわざわざスカートを押さえながら階段を下りていく。学校での堂々たるさまとの落差に、隣で一緒に歩いていたマノンは苦笑しっぱなしである。


「そいえば、智良ちゃん。一つ聞きたいことあるんやけど」

「何さ」

「なんでうちが卒業後どこで暮らすか聞いたん? うちはてっきり智良ちゃんが同棲を誘う前フリをしとるのかと思ってたけど……」

「そんなわけあるかい。ただ、ふと気になったから聞いただけだよ」


 ふて腐れたように智良は応じた。事実そのとおりなのだが、それを言うだけで、なぜか緊張してしまう。


 そして次の瞬間、智良はその緊張が次に起こる禍事の予兆であることをさとった。


「ふっふっふ、確かに智良ちゃんの同棲の夢はいったんおあずけの形になっちゃったけどな。でも……」


 誰の同棲の夢だって? と突っ込む間も無く、マノンは少女の肩にそっと顔を寄せて、甘く芳しい吐息で囁いた。


「安心なさいな。卒業したら私のもとへ来ればいいんだから。私が智良のこと、たっぷり可愛がってあげるから……」

「……●△◆☆▲◯!?」


 先輩の魔女めいた囁きを智良は何度も聞いてきたはずなのだが、今回の内容が智良の潜在欲求にダイレクトに作用したせいか、心身の均衡が完全に崩れてしまった。階段の上で無意識にダンスをし、そのまま地面との接点から切り離される。


「うおおああええいいぃぃいい〜!?」


 きわめてけったいな悲鳴を残して、智良の身体は階段の一番下まで墜落した。幸い、段差は少なく深刻な怪我に発展することはなさそうであったが「どうやったらそんな転び方ができんねん」と言わんばかりの姿勢をとったまま、智良はしばらく動けそうにない。ひざ小僧と顎が床面とキスしており、仰向けなのは尻だけだ。


「うわあーお……」


 階上からそれを見たマノンは、驚くというより呆れたような声を発した。


 床に突っ伏した智良はダッフルコートの下にあるミニスカートを勢いよくまくり上げており、その中身をあられもなくあらわにしているのであった。肉付きの良い脚に包まれた黒いニーソックスの先にあるのは……。


(……智良ちゃんの『オトナになる』って、もしかしてこういうことなんかいな……)


 可愛らしい小尻を包んでいたのは白ではなく、ニーソックスと同じ配色をしたものであった。そこまでエロティシズムの過ぎたシロモノではないが、ランジェリーショップの店員が女子高生に対してマジメにこれを薦めるかどうかは大いに疑問である。正直なところ、智良が穿くには明らかに『下着負け』な一枚だとマノンは感じていた。


 どうしてわざわざせくしーな黒のおぱんつを穿いてきたのか。その真意は穿いた本人に直接聞くしかないだろうが、いずれにせよ、後輩をからかう格好のネタを手に入れたマノンは知らずうちに上機嫌な笑みを浮かべていたのであった。


「智良ちゃーん、いつまでもぺたんこになってると、いいかげん他の人が来ちゃうでー!」


 嬉々として叫びながら、灰色髪のちんまい先輩は静かな空気に階段のかけ下りる音を響かせた。

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