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純白メモリーズ

 夏の残り半分が嵐のように過ぎ去ると、その先に待ち受けていたのは何とも甘ったるい二ヶ月であった。もっとも、智良としては心から歓迎できるような気分ではなく、何だか、いつ来るかわからない歯痛を気にしながら砂糖菓子を頬張っているような心境だった。


 九月始めに行われた文化祭を期に、理純智良と河瀬マノンは本格的な交際を始めた。七月の末からすでに二人の間で交流はあったものの、その内容は決して甘いものばかりではなく、むしろ苦味の中にほんの一点甘味が混入されていたていどというのが智良の認識であった。


 もっとも、過去は過去、と潔く決別した方が気苦労は少なくてイイのかもしれない。実際、智良の相方であるマノンはすでにその健康優良の作法を実践しているように思われた。過去と完全にサヨナラしており、秋より冬に近い時間と風の中で、彼女の笑顔だけが春であった。恋人としてきわめて模範的な甘え方でせまってくるマノンに、智良の平常心は快い震動に弄ばれる日々であり、顔を真っ赤にして反発するも声と表情筋に力が入らない。


 生クリームに砂糖をまぶしたようなひとときがしばらく流れ、そして一一月の二日目の放課後のこと。


「今日からうち、一八歳デビュウやねん。智良ちゃん盛大に祝ってーな」


 べたべた甘えられることには子供じみた反発をおぼえる智良だが、誕生日を祝うことには異存は全くなかった。恋人どうしと称されるのは困るが、学年を超えた友人として、彼女とは触れ合いたいと思っていたのであった。


 一度、それぞれの寮に戻って身支度を整えると、二人は正門前で合流し、暮れなずむ空の宮市の街へと繰り出した。空の宮中央駅の正面に広がる大通りを練り歩きながら、智良は意味ありげなマノンの視線に気づいた。まるでつっこんでくれと言わんばかりに黒いニーソックスに包まれた脚を凝視しているので、智良はつっこんでみた。


「なんだよ」

「……智良ちゃん、最近太ったん?」


 無駄に深刻げなマノンの口調に、智良は心臓をキョーレツにひと揉みされた心地だった。


 一一月の空は冷え込み、智良はベージュのダッフルコートを羽織り、コートの裾からミニスカートのひらひらをのぞかせている。そこから伸びている脚はあざとい絶対領域に包まれているが、確かに、その肌色の部分が以前よりも若干ぱつぱつになっているのを智良は実感していた。


 もっとも、わかっていても第三者から言われるのはヨケイナオセワと言うものである。図星を突かれたことを認めたくなかった智良は、顔を真っ赤なにしながらむなしい抵抗を試みた。


「う、うっさいなあ! 上半身にくっつく予定だった『食欲の秋』が下半身に移っただけだし!」

「それが太ったっちゅうんや。この調子じゃお尻にもだいぶお肉がついたんとちゃう? あかんでー智良ちゃん。そんなんでラッキースケベされても、喜ぶのは一部のマニアの間だけや」

「じゃかわしいッ!」


 一喝してから、智良はなんともバツの悪そうな顔になる。そして、その腹いせと言わんばかりに先輩かつ友人でもあるマノンのおみ足を睨み返す。


 マノンの格好は白一色であった。裾と袖にファーのついたロリータ風コートも白なら、ゆるふわ灰色頭を覆うもこもこロシア帽も白、そしてコートの裾からほっそりとした脚も白タイツにくるまれているという徹底ぶりだ。なんのイヤミも思い浮かばないくらいに綺麗な脚に智良は見入っていたが、その脚の持ち主は相手の視線に気づいて、イタズラっぽく言ったのであった。


「どしたん智良ちゃん? いくら物欲しそうな顔をしたところでうちの白タイは譲らへんで~」

「誰もいるなんて言うてへんやろっ!」


 思わずマノン魂が乗り移った状態でつっこんでしまった。


「たださあ。夏の時はわからなかったけど、マノンって白タイ穿いてる日多くない? なんか白タイにこだわりがあるわけ?」


 文化祭後にヨリを戻した御津清歌の話によると、マノンは夏以外のほとんど毎日白タイツを穿いていたという。防寒目的なら黒でも良かったろうが、マノンの表情を見るに、何らかの由来がありそうだ。


「こだわりかあ、確かにその通りやな。智良ちゃんが黒のニーハイを穿きたがるのと同じ理屈や」

「マノンの白タイももあざとさ目的ってわけ?」

「……うちは智良ちゃんよりもうちっとばかしマシな理由や」


 マノンが白タイツにこだわりを持ち出したのは一年前、生徒会副会長に就任したときである。当時、マノンは自分の立場に対して一つ大きな悩みを抱えていた。生徒会長であり親友でもある五行姫奏と並ぶと、自分は背も低く、胸も平坦と、大きく見劣りしてしまう。生徒会の仕事は容姿の良し悪しで決まるものではないが、自分の容姿のせいで姫奏がそしりを受けることがあってはならないとマノンは本気で考えていたのであった。最初のうちは、そのことを一人で抱えながら悶々と業務にあたっていたが、ついに堪えきれず、親友の姫奏に相談した。


「なんだ、そのようなことを悩んでいたのね。随分可愛らしいじゃない」


 マノンの懸念を姫奏はにこやかに一蹴してのけた。


「あなたは今の姿のままでも十分ステキだと思うけどね。むしろ、それだけの美貌を持っていながら、わざとらしくへりくだった態度をとっているほうが、かえって反感を買う原因になるのではないかしらね。まあ、私の右腕として誇りたいのなら堂々としてくれたほうが喜ばしいのだけどね」

「そんなん言われても……」

「まあ、いきなり言われても戸惑うばかりか。……ねえ、マノン。今度、私と買い物に付き合わない? あなたにふさわしいものを色々と見立ててあげる。見た目がすべてとは言わないけど、形からレディになりきれば、内面もおのずとそれについていくんじゃないかしら?」


 ということで、マノンのプロデュース役となった姫奏サマは彼女のためにシャンプーやら洗顔液などを一式買いそろえ、制服でも可能なオシャレとして白のタイツもプレゼントしてくれた。「あなたの脚はほっそりとして綺麗だと思ったから」というのが姫奏の弁である。確かに、白タイツは綺麗な脚の持ち主でないと、かえって脚線を太く見せてしまうのであるが、フランス人の可憐な少女には無用の心配事であった。


「……現金なもんでな。綺麗になった脚を見せつけると姫ちゃんの隣にいても気後れを感じなくなったんや。タイプの違う二人の美少女コンビっちゅーことで、うちもテンションが上がって、同時に、こりゃフヌけた真似はできひんな~思って今まで色々頑張ったわけや。このまっしろおみあしが、うちをびんわんゆうのー副会長に仕立ててくれたんや」


 先輩にしては大切な思い出話なのだろうが、智良としては「なるほどね」という感想しか出てこない話題である。まあ、確かに彼女の白くて美しい脚をすぐ近くで拝める立場というのは悪い気がしないが。


「敏腕有能な副会長気取るなら、まずそのニタニタ関西弁を何とかすりゃよかったのに……」

「あのねえ、智良」


 智良のぼやきに、マノンは今までとまったく打って変わった艶麗な声でやり返した。


「私だってその気になればこれくらいのしゃべり方、造作もないことなの。でも中等部からナニワ言葉で通してきたのに、今さらこんな口調したらあなたのように凍りつく人が続出するじゃない。だいいちこのしゃべり方、とってもくたびれるのよ」

「わ、わかったってば……」


 甘ったるい蜂蜜を凍らせたような声に智良は必要以上にうろたえると、マノンは肩の力を抜いて一気に息を吐いた。


「……ふぃー、口ん中の歯が残らず浮いて逃げ出すかと思ったわ。ついでに言うと、いっそ姫ちゃんとかけ離れた個性にすれば、コントラストが出ていいんじゃないのとアドバイスもされたからな。『貴殿の宝玉は濃厚な霧に覆われようと、決してそのきらめきを失うことはないであろう』……ってなノリで」

「ないであろう、ってなあ……それも五行先輩の入れ知恵なわけ?」

「いや、こっちは姫ちゃん知り合いの邪神サマの託宣」

「じゃしんさまぁ? なんだよそれ」

「邪神サマは邪神サマや。他にどう言えっちゅーねん。確か風紀委員会に所属してるはずやけど、智良ちゃん会ったことないん?」

「小うるさく注意してきそうな連中に積極的に会いたいとは思わないよ」


 ラッキースケベは決して非行ではないが、何度も繰り返すとその所業を故意であると疑うものが出てくるはずだ。それでなくても、堅物な委員会のツートップである風紀委員の面々と積極的にお付き合いする気にはなれない。


「まあ、個性的な子って言えば智良ちゃんと大差ないわな。寮部屋で毎日ポーズの練習をしてたり、妖しげな術の研究をしてるともっぱらの噂や。まあ、姫ちゃんの知り合いだから大して物騒じゃないんやろうけど」

「どうかなあ。五行先輩率いる生徒会が最高と言われるのは背後に邪神サマの呪術があったから……ってそんなワケあるかあ!」

「お、智良ちゃん。ノリツッコミやね。だんだん笑いの何たるかがわかったんとちゃう?」

「そんなわけないだろ。うう……肌寒い」


 少女どうし、他愛もない雑談を繰り広げながら二人は駅前にある大型デパート内に足を踏み入れた。


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