Data.86 めぐりあう少女たち
「それで、マココはこれからどうするの?」
シュリンが車イスの肘掛に頬づえをつきながら尋ねてくる。
「まず仲間と合流しないとね……あれ?」
そういえば接続形態が解除されている。
意識が途切れると接続も途切れるってことかしら。
クロッカスはどこに……。
「ねえシュリン。黒くて大きい……ブーメラン知らない?」
「黒くて大きい……ブーメランかどうかはわからないけど、そっちに黒い塊が落ちて来たのは見たわ」
シュリンが指差す茂みを探索する。
「あっ……クロッカス!」
返事がないうえ酷い状態だ……。
ところどころヒビが入り、とてもじゃないけど戦えるとは思えない。
武器にポーションは効かない。それに武器屋や鍛冶屋も今回は意味がない。クロッカスは特別だから本人の持つ【自動修復】のスキルによる回復を待たなければならない。
このキズを直すには時間がかかるだろう。しかし、クロッカスなしではあの化け物ムカデには立ち向かえない。
「お困り?」
「うん……すごく困った」
私はシュリンにクロッカスのことを説明する。
AIなど彼女にはわからないであろう部分は省いて、意思を持った武器ということにした。
「不思議な武器……それは私にはどうにもできなさそう。時間をかければ直るのなら、私の家で待つといいわ。狭いけど物は少ないから快適よ」
「でも、とどまるにはここも十分危険な場所だと思うわ。言い方は悪いけどこの小屋じゃモンスターの攻撃に耐えられない」
そもそもシュリンはよく今まで無事に暮らしていたものだ。
モンスターの大量発生地点から遠くない距離にいるというのに。
「大丈夫よ。大人しくしてれば」
その自信はどこから……。
その時、再びの地震。近くで土や木々が飛び散る音が聞こえる。
「くっ……こんな時に!」
グランドセンチピードがまた私の前に現れた。
対抗手段は無い。とにかくシュリンだけでも逃さないと。
「逃げるわよシュリン!」
「だから大丈夫……きゃ!」
シュリンの乗った車イスを押して走る。
クロッカスは普段通り背中に装備しておく。
さぁ、こんなんで逃げ切れるものなのか……。
「キィィィィィィイイイイイイ!!!」
怪物の咆哮。土が弾け飛ぶ音。
私は危機的状況で研ぎ澄まされた感覚を使い体を動かす。
「ぐうッ!!」
「ああっ」
ムカデの尾による攻撃の直撃は避けられた。
しかし、それが地面に激突した時の衝撃で私とシュリンは吹っ飛ばされる。
車イスは落下の際運悪く壊れてしまった。
「私が抱えて逃げるわ!」
倒れ込んでいるシュリンに声をかける。
彼女は大ムカデを見つめていた。半開きに近かった目はパッチリと開かれている。しかし、恐怖を感じていない。あの目は……驚き?
そういえば里にずっといたと言っていたわね。こんなでかいバケモノを見るのは初めてかもしれない。彼女にとっては現実感がなく、恐怖より驚きが先に来るのかも……なんてことを考えている場合じゃない!
「シュリン!」
「……へっ?」
彼女を抱え上げる。とても軽い。細くて小さい。
冗談抜きでギュと抱きしめると壊れてしまいそうだ。私【腕力強化】のスキル持ってるし……。
「マ、マココ……」
「大丈夫。あなただけでもなんとか助けるわ」
私もそんな自信はどこから来るんだ。
今もギリギリの攻撃に晒されているといのに。
「クロッカス!」
あいかわらず返事はない。
耐久が極端に落ちているだけで、武器として破壊されていたわけではないから消滅したとは思えない。
ただ、接続形態は二人の心が一体化しないとダメだ。片方が気絶していてはなれない。
「キィィィィィィイイイイイイ!!!」
ムカデの頭部が進路に立ち塞がる。
尾に攻撃させながら頭は地面の中を移動することも出来るのね。まったく大きな体に似合わず本当に器用なモンスターだ。
「シュリン、あなたは這ってでも生きるのよ。私が時間を稼ぐ」
「どうして私にそこまでしてくれるの?」
「私は……死なないから。気にしなくていいのよ。それよりあなたが心配」
本当のことしか言っていない……わね。
「さっ、行きなさい!」
ムカデの巨大な口は私に狙いを定めた。
今ある武器では外からダメージが通らない。いっそ一度食われて中から……。
「……っ! シュリン何してるの!?」
彼女は動こうとしない。
「這うって簡単にいうけどすごい力いるのよ。私には無理。それに今のあなたでは時間稼ぎにもならないわ。だから……」
シュリンが両手を地面についた。
いったい何を……。
そんな時だった。突如懐かしい声を耳にしたのは。
「カースドライバー展開!」
突如森から飛び出し、ムカデの頭部に迫る人影。
右手には歪で巨大なガントレットが装備されている。
「剛鉄突破ノ矢!!」
ムカデに向けて突き出された歪なガントレットから矢が撃ち出される。
目では追えないほど速いその矢は頑丈なムカデの頭部を一瞬で貫いた。
「ギィ……ギギィ…………」
ムカデの巨大な体躯からすれば矢の傷は小さい。
しかし、急所である頭部を貫かれては無事ではいられない。
大きな揺れを起こしながらグランドセンチピードは倒れ伏した。
「ふぅ……やっと仕留められた。まったく、こんなに法則性もなく暴れられると追う方は大変」
一息つく少女の三つ編みが風に揺れている。
「あっ、大丈夫でしたか? 間に合って良か……」
彼女は固まってしまった。
無理もない。私もこんなところ出会えるとは思っていなかった。イーストポイントを次の目的地に選んだ地点でいずれ会うつもりではあったけど。
「……マ、マココさん? マココさん!」
「アチル!」
抱き着いてきたアチルを受け止める。
今の彼女はおそらく接続形態に変身中なのでかなり硬い抱き心地だ。
「ま、また会えるとは思ってましたけど、こんなところで会えるなんて!」
「私もそう思ってたわ。お互いいろいろ話すことがありそうね」
「おーい、私を地面に転がしとかないでよ」
地面に寝転がったシュリンが不満を述べる。彼女はすっかり出会った頃の気怠い感じに戻っている。
「あ、ごめんごめん」
「っ! マココさん、誰ですかその子! かわいい……」
「ああ、彼女はさっき出会った……」
「シュリン・ファラエーナよ。あなたはアチル……でいいわよね?」
「はいっ! 呼び捨てにしてください!」
「アチル、助けてくれてありがとう」
「い、いえ、と、当然のことをしたまでです!」
「抱きかかえてくれるかしら。服が汚れちゃった」
「よ、喜んでっ!」
興奮気味のアチルがシュリンを抱える。
もともと人懐っこい子とはいえ、懐くのが異常に早かったわね……。
「アチル、壊れた車イスのところまで連れてって」
「はい!」
てくてくとアチルは歩き、壊れた車イスの前までシュリンを連れて行く。
「よし、ここで一度降ろして」
「えっ? は、はい」
困惑しつつもシュリンを地面に降ろすアチル。
「命の恩人だから特別に私の力を見せてあげる」
シュリンは先ほど一瞬見せた地面に両手をつく動作を再び行う。
「創造魔法円」
彼女の両手から紫色のオーラが迸り、車イスの残骸を囲う魔法円が出来上がった。
「うーん……よし」
目を瞑っていたシュリンが目を見開くと、残骸が紫のオーラで包まれる。
そしてそれらがひとりでに動き出し元の車イスの形を作り上げていく。
「ふー……上出来」
数秒で木製の車イスは復元された。
「乗せてくれるかしら」
「は、はい!」
驚きを隠せないアチルをよそに、シュリンは復元された車イスに座りこみリラックスしている。
「やっぱり少しバランスが変わってしまったわね」
「今のはどういうことなの?」
私も気になったので尋ねてみる。
「どういうこと……と言われても、こういうこととしか言えないわ」
「えーっと、どういうスキルなの?」
「常時スキル【想像創造術】から発現した任意スキル【創造魔法円】よ。このサークルと素材と魔力で私が思ったものを創り上げることが出来る」
お、思ったものを……。すごいスキルじゃない!
「じゃあ、クロッカスを直すことが出来るんじゃないの?」
「それはやめた方がいいわ。このスキルはその名の通り私の頭の中で『想像』した物しか創り上げられない。私にはこの意思を持つ黒いブーメランの構造や仕組みがよくわからない。最悪、別の物が出来上がってしまう可能性もある」
「そうか……」
「まあ、こんなところで立ち話もなんだし私の家に帰るとしましょ」
シュリンが車イスを自分で動かし進み始める。
私たちもそれに合わせて歩き始める。
「あっ! そういえば大ムカデを倒した時のドロップ品を拾ってませんね! 私持ってきます!」
少し進んだところでアチルがそのことに気付き、うきうき顔で来た道を引き返していった。
しかし、戻ってきた彼女の表情は意外にも沈んでいた。
「うぅ……」
「どうしたの? 何も落ちてなかったの?」
冷静に思い返してみればあのムカデはネームドモンスター【地喰鉄躯】グランドセンチピードだ。
【腐食再生】ドラゴンゾンビのようにレアなアイテム、それもネームドウェポンを落とす可能性が高いはず。
「それ以前の問題でした……。どうやらあのモンスターはまだ生きていたようです。逃げられてしまいました……」
そういえば、アチルとの再会に驚いてムカデが分解され光の粒子になるところを見ていなかったような……。音も無く大地に潜って逃げたか……ぐぅ、油断した……。
「傷が癒えるまで襲ってはこないわ。賢い生き物ならもう私たちに関わらないと思うけど、それは期待できないわね」
シュリンは落ち着いている。妙に肝っ玉が据わっているというか……。
と、いっているうちに私たちは小屋にまで戻ってきていた。
「さあさあ、狭いけどどうぞあがって」
シュリンが小屋の扉を開け放ち、中へと誘う。
「積もる話もあるでしょう。私にも効かせてほしいわ。それにこれからどうするかも……」
「やっぱりシュリンもモンスター大量発生のこと知ってたのね」
「……まあ、なんとなく。私の力、役に立つでしょ? そういうところ、話しあいましょ。作戦会議ってやつね」
シュリンは奥へと進んでいく。
彼女の自身のこと、アチルのこと、モンスターのこと……いろいろ把握しておかないといけない事は多そうね。




