Data.82 天からの帰還
左手の甲に刻まれた三つの円。
今、その円全てに『証』が刻まれた。
上の円には『ヴォルヴォル大火山洞窟』で手に入れた『火の証』。
左下の円には『水底の大宮殿』で手に入れた『水の証』。
右下の円には『大嵐の螺旋塔』で手に入れた『風の証』。
それぞれのダンジョンでいろんな事が起こり、様々な『敵』と戦った。
結構感慨深いものね……。
「ふー、ようやくですね。しかし、ここから100Fを降りなければならないとなると少々気が滅入ります」
「登りと違って階層上昇気流も使えないしね」
「それどころか風に掴まると上に戻されるワケですからより凶悪なギミックになってますよ! はぁ……」
「帰るまでがダンジョン攻略と思って、気を抜かずに行きましょ」
「あっ、その前にドロップアイテムを回収しないと。どれどれ……」
アランがドロップしていた金の宝箱を開ける。
どうやらイベントダンジョンのボスは金の宝箱を確定ドロップするらしい。
「うんうん、やっぱりここも素材ですね。『雲蜘蛛の硬糸』が四本。二本ずつでいいですよね?」
「ええ、いいわ」
アランから『雲蜘蛛の硬糸』を二本受け取る。
太い長い、そして頑丈。戦闘中は厄介だった粘着力は何故かない。
「さて、回収も済みましたし帰りましょう」
「そういえば、ここにはダンジョンフェアリーがいなかったわね」
小さな迷宮の妖精『ダンジョンフェアリー』。
攻略に役立つ『手形』を与えてくれる存在なんだから、この長いダンジョンにこそ必要な気がするんだけどねー。
「いるいる……ここにいるヨー……」
「うわっ!」
緑色の光の玉に背後をとられていた。
「ハァ……みんな焦りすぎだヨー……。誰も話を聞いてくれないヨー……」
光の中から現れたのはもう見慣れた小さな妖精。
緑の髪に緑の服、羽は透き通っていてよく目を凝らさないと見えない。
「まさかボス部屋で出て来るとは思いませんでしたよ」
「他とは役割が全然違うからネ。そのせいで私と出会わなくても問題ない人がほとんどなんだよネ……」
「他の妖精みたいに『手形』をくれるわけじゃないの?」
「そうヨ! 私はある『お得な情報』を提供してるだけヨ! 聞いたところですべての人が生かせるわけじゃないマニアックな情報をネ!」
うーん……ちょっと嫌な予感がしてきたよ。
「で、その情報は何なんです?」
アランが臆せず踏み込む。
「よく聞いてくれタ! それはこのダンジョンの脱出に使える情報ヨ!」
「へー、それはお得そうですね」
「エッヘン! このダンジョンは見ての通り高い高い塔! そして、入り口は地上にあるネ! 中を通って来た道を帰るのはシンドイ!」
「あっ、まさか……」
「止めなさい」
答えを言わんとするアランを止める。
今、妖精さんが意気揚々と説明しているでしょ!
「そこでビッグニュース! なんとこの塔は屋上や窓から外へ飛び出して地上に降りても脱出扱いになるヨ! ただ、その落下のダメージで死んじゃったり、地面に体をつける前に何らかの攻撃でヤラレチャッタら『証』は失われるうえ、ペナルティも受けるヨ! 気をつけてネ!」
予想通りの情報。でも、彼女の口で説明させてあげることに意味があるのよ。
「情報ありがとう。せっかくだし私たちはそのルートで地上に帰ることにするわ」
「そ、それはお役にたてて良かったヨ!」
喜んでくれたわ。彼女たちダンジョンフェアリーにもずいぶん冒険を助けられた。
「……確かにリスクは相応に有りますが、僕らには空を飛ぶ翼がある。それに塔の中を引き返すよりは間違いなく速い。僕も賛成です」
「ってことよクロッカス。地上までよろしくね」
「接続形態は維持するだけで結構魔力を食うからな。しゃーない、俺の翼で地上まで送り届けてやるぜ」
カラス形態のクロッカスがその大きな黒い翼を広げる。
「シロムクも大丈夫かい?」
「無論だ」
シロムクもフクロウの姿に戻っている。
「じゃあ、行くとするか!」
「言われなくとも!」
クロッカスとシロムクがその足でそれぞれの持ち主の肩を掴む。
私たちもその足を手でガッチリと掴む。
そして、その状態で申し訳程度に屋上に設置されていた策の上に乗る。
高いところは嫌いじゃないけど、雲の上から飛ぶとなると怖いわね……。
「さ、一歩踏み出してくれ」
「へ? わ、私が? こっからもう飛べばいいじゃない」
「いやぁ、イベント最後の一歩ぐらい自分で踏み出した方がいいじゃん?」
「ほぉ、俗物にしては良い提案だな。アランこちらもそれでいくぞ」
「えぇ……珍しいね、シロムクが人の意見を取り入れるなんて……」
アランも露骨に嫌そうな顔をしている。
雲の切れ間からは霞んだ地上が見える。
風が強い……。あっ、普通に嫌だなこれ。
「ええい! 行くわよ!」
「目をつぶって……ああ余計怖い! 普通に飛ぶ!」
私とアランは同時に跳躍。その身を大空へと投げ出した。
一瞬の浮遊感、その後すぐに重力に捕えられる。
落ちる……!
でも、すぐにこの嫌な感覚も終わるはず……。
……。
…………。
………………。
あれ!? まだ落ちてる!?
ど、どど、どうなってるの!?
「ぎゃぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!」
「うわぁぁぁぁぁぁあああああああああ!!!」
アランも落ちてる!
クロッカスとシロムクに何か異変が!?
ボスの強さが異常だったことに関係しているの!?
ゲームの異変がAIたちに影響を……?
とりあえず助かる方法を!
えーっと、接続形態しか思いつかない!
何とか変身を……。
その時、落下の感覚が消え、体に衝撃が走る。
「……ク、クロッカス。大丈夫なの?」
どうやら普通にクロッカスが飛行に移ったらしい。
「ハハハッ! 珍しく可愛い顔してるじゃん!」
「え?」
「ドッキリってやつだよ! 俺は何ともないぜ!」
「…………。はぁ……あんたねぇ……」
まんまと引っかかったわ……。
てか、これに動じない人はいないでしょう。
しかし、不思議と怒る気になれないのはこれがドッキリで良かったという気持ちが強いからね。
そう考えると……ぬか喜びさせるタイプの悪いドッキリよりは良い……のか?
「くっ! こんなやつと同じ遊戯を思いつくとはな!」
私たちよりもさらに下まで落ちていたシロムクが、わざわざバサバサと翼をはばたかせ上昇してくる。
「あ、ああ……マココさん無事でよかった……」
あんたは無事じゃなさそうだけどね……。
「それにしても、やってくれるじゃない。ビックリしたし心配したわ」
「すまんすまん! まっ、たまにはいいじゃん。こういうノリもな」
「我としては確かに合理性に欠ける行動だったかもしれん。ふぅむ、これが『悪ノリ』というものか」
「シ、シロムクも少しずつ人間らしいというか……ま、丸くなってきたね。うっ……。やる事はカゲキだけど……」
アランの顔は青いけど怒っているわけじゃないようだ。
「悪ふざけはここまで。こっからは安全に地上まで運ぶから安心しな」
塔の周りを旋回しながら高度を落としていく。
風が強いので多少揺れるものの、慣れてくると楽しい空中散歩だ。
近くに見える『大嵐の螺旋塔』の巨大な外観、その下に広がる緑の草原、遠くには煙を上げる火山、大地に深く食い込んだ内湾も見える。
そんな巨大な大地のいたる所に町があり、人が……。
「マココさん……」
アランが急に話しかけてきた。
「なに?」
「なんか……この飛び方だと、巣に運ばれるエサみたいですね……」
「……そ、そうね」
『それ今言う必要がある?』……ってのは置いといて。
アラン・ジャスティマ……。
トップギルドであるシャルアンス聖騎士団の団長で彼自身もトッププレイヤー。
もっと人間的にヤバい奴を想像してたけど、案外気の良い人だったわね。
人間って、やっぱり会ってみないとわからないもんよ。
……地上が近づく。
空の旅も『アイテムBOX争奪トライダンジョン』も終わりを迎えようとしていた。




