Data.81 天空の蜘蛛
◆現在地
大嵐の螺旋塔:100F(最終階層)
冷たくて強い風が吹き抜けていく。
塔の100F……そう、ここは実質塔の屋上なのだ。
ちょうど私のヘソくらいまでは壁があるけど、その上は何もない。
眼下に広がる雲海を存分に楽しめる仕様となっております……。
「わかっていたとはいえ、すごいところに来てしまいましたね。はははっ!」
なんで楽しそうなのか……。
私も高いところは嫌いじゃないけど、流石にここまで高いうえ安全も保障されていない状況では恐怖が先にくる。
「落っことされない様に気をつけて戦わないといけませんね。ここまで来て落下死でまた一階からどうぞーってなったら気が滅入りそうです」
「まったくよ」
戦う覚悟を整えたところで、屋上の中央あたりに雲が渦巻きだした。
このダンジョンも例外なくボスがいる。
「これは……」
「蜘蛛……かな」
雲が固まり巨大な蜘蛛の形を成した。クモだけに……。
どうやら三つのダンジョンのボスはそれぞれ毒を持つ生き物をモチーフにしていたようね。
<スカイハイスパイダー:Lv45>。
レベルは他ダンジョンのボスと同じ。固有のギミックを含めた強さもさほど変わらないでしょうね。
恐るるに足らず。しかし、慢心はしない。
「最後だし本気でいきましょうか」
「瞬殺が最適な状況ですからね」
お互い接続形態に変身する。
検証したところ、クロッカスが拒否しなければいつでもこの形態になれるみたい。
「あの黒い龍は使わないようにしてくださいよ。巻き込まれるかもしれませんから」
「わかってるわよ」
暗黒物質堕龍回帰刃……。
あの戦いの後も何度か発動しようとして見たけど、これが出来ない。
威力を抑えようと意識してるから発動しないのか、他に条件があるのか……わからない以上実戦でこのスキルに頼ることは危険だ。
「まあ、あそこまでの強スキルを使わなくてもレベル45程度のモンスターどうにでもなりますよ」
「それもそうね」
スキルの制御のことはまた今度にして、今は目の前の巨大なクモに集中する。
白と灰色の縞模様は大して毒々しくないけど、巨大な虫というだけでなんか気持ち悪いわね……。
「キシャァァァァァアアアアア!!!」
クモが口から白い糸を吐く。
大して速くもない。
「ふんっ!」
アランが二振りの剣を抜き糸に切りかかる。
この程度スキル無しであっさり切れるはず。
「あれ? 切れないですね……」
「え」
アランの剣は二本とも糸を断ち切りきれず、くっついてしまっている。
剣の切れ味が足りないなんてことはないはず。戦った私は良く知ってる。
糸が頑丈すぎるとしか……。
「ぐぎぎぎぎぎ……」
『水底の大宮殿』のボスのクラゲも確かに頑丈な部分があった。
しかし、あれはあくまで弱点を守るためのもの。攻撃に使える糸が切れないというのは少々難易度が高すぎるような……。
「マココさん、助けてください……あっ!」
アランの手から二振りの剣が離れ、蜘蛛の口元に運ばれていく。
「くっ、通常ならいざ知らず接続形態で力負けするなんて……」
「やっぱり、このクモは少しおかしいみたいね。原因はわからないけど」
「とりあえず剣を取り返さないと! 加速する輝き!」
アランが加速し、一瞬でクモの頭の上をとった。
「威風堂々なる剣!」
アランが両手を手刀の形にすると、そこに光で出来た剣が生成された。
なるほど、剣を失った時の対策も出来てるのね。
「照らし出される罰!!」
交差する光の斬撃がクモの頭に振り下ろされた。
クモは悲鳴を上げ暴れる。
その最中糸が切れ、剣が空中へ投げ出される。
「おわーっとと!」
アランがすぐさま暴れるクモから飛び退き、空中で剣をキャッチする。それも上手く糸がついている部分に触れないように。
「ふー、危ない危ない……。何とか取り戻せましたけど、糸がまだとれないですね」
「焼いてあげようか?」
「……え、遠慮しときます」
「そう。まあ、クモを倒せばとれるでしょう。あのスキルをくらっても即死しないなんて、本体も糸ほどではなくても頑丈ね」
「まったくです」
とはいえ、一度は私を追い詰めたスキルを急所である頭部にモロに喰らったんだ。
敵はまさしく虫の息のはず……。
「……うーん、これはバグですかね? いくら太陽と月の剣ではないとはいえ……」
アランも呆れている。
クモは頭部に深い傷を負いつつもまだ機敏に動いているのだ。
「運営の悪戯かもしれないわ。最後の方だしサプライズとか言って」
「あっ、クイズ番組で最後の問題だけ獲得ポイントが多いアレですね?」
「ちょっと違うような……これは誰も得しないし」
自分で言ってみてなんだけど、流石にそんなことはこの運営でもしないかなぁ……。
そもそも強いプレイヤーは先にクリアしていくわけだから、最後に難易度を上げる意味がない。
不具合……なのかな?
それもあまりない気もするけど。
「どちらにせよダメージは入っています。このまま押し切りましょう」
「ええ」
アランがクモの正面に出て気を引く。
一番厄介なのはあの糸だからだ。
今のアランの剣はスキルで生成された物。つまり、糸をくっ付けられてもスキルを解除すれば逃れられる。囮には最適。
私はその隙にクモへダメージを与えていく。
「獄炎灰塵旋風!」
クモの側面から放ったブーメランは脚に当たったもののなかなか断ち切れない。
巨大な身体に比べれば細くすら見えるクモの脚も相当に硬くなっているようね。
しかし、やはり炎というのは強属性。敵の体にどんどん燃え広がっていく。
「ギ、ギギ、ギシャァァァアアア!!」
クモの体から蒸気があがり、その体が小さくなっていく。
炎は弱点だったみたいだけど、これも黒い炎でなければ燃え広がらないくらい強化されていたのかもしれない。
まったく、私たちじゃなかったら掲示板も一緒に燃えるところだったわ。
今回のことは一応運営に報告しておくべきかしら。
――レベルアップ!
――スキルレベルアップ!
「おっ、剣にくっ付いてた糸も消えました」
アランが二振りの剣を収め、接続状態を解く。
私もそれにならい解除を行う。
「にしても厄介な奴でしたねぇ。対策していたとはいえ、実際剣を奪われたのはこれが初めてですよ」
「予想を裏切る事に関してAUOに勝てるゲームはないわね。バランスは酷いどころか、敵の強さまで揺らぎだしたけど」
「まっ、そこが魅力ですよ。バランスが良いだけのゲームならたくさんありますし」
「そうえいば、少し前に一時間ごとに使用率などを元にアプデが行われて常に最適なバランスになる格闘ゲームがあったわね」
「あぁ……もはや株を見ているようだと言われたあれですか……」
軽い思い付きをそのまま形にしたようなゲームも多い時代なのよね。
そういう意味ではAUOも同じだ。まるでもう一つの現実のようなゲームがあればな……なんて一度は頭をよぎる妄想。
しかし、それを形にするのは不可能と誰もが思っていた。
「あー、あの形態は疲れるぜ……」
「あらクロッカス、今日は大人しかったわね」
「言ってくれるじゃん。接続形態は二つの心が噛み合わなければ戦えない。だから俺はマココのサポートに回ってたんだよ」
「動きを合わせくれてたってこと?」
「そうさ。例えば『四枚の死翼』は背負ってる時も炎のブースターとして使えるのを知ってたか? マココの動きに合わせて俺がそれを使ってたんだぜ?」
「確かに前よりダッシュとか速かったような……。クロッカスのおかげだったのね、ありがとう」
「わかればいいってことよ」
接続形態……これは到達点じゃなくて新たなスタート地点ね。
「マココさんのところはクロッカスくんがサポート寄りなんですね。羨ましいなぁ、僕らはどっちかというとシロムクがメインで……」
「羨ましいとはなんだ! 我が不満か!?」
「いや、不満とまで言ってないよ……」
言ってないけど多少不満なんだろうな。見てるとわかる。
「あっ、あっ! 光の粒子が塊になってますよ! 証が来ます!」
みんなアランの指差す方向を見た。
確かに今までのボス撃破語と同じように、光の球体がフロア中央に浮いている。
『風の試練を乗り越えし者たちに、風の証を授けん……』
頭の中に声。そして解き放たれた光が私とアランの手の甲に集まる。
まだダンジョン脱出の過程が残っているとはいえついに揃った、三つの証が。




