Data.78 プランS
◇side:ユーリ・ジャハナ
一体この人たちは誰からメッセージを受け取ったのだろう。
AUO内にチャットなどのプレイヤー間の連絡手段は存在しない。
だから、ここにいない誰かから情報を得ているというのなら、それはその誰かのスキルということになる。
だとしたら、シャルアンス聖騎士団……層が半端なく厚い。
「聞いたか? カゼハナ、クリカ! って、クリカはもういねぇ!?」
確かに獅子舞のような獣の被り物を被ったクリカ・ラはいつの間にかいなくなっている。
「プランSが発動されたということは……団長に何かあったか」
「だろうな! まあ、ただでやられるような人じゃないだろうが、今回は相手が相手だ。何かしらのアクシデントは十分考えられる」
「しかし、今気にすることではない。プランに従って動くのみだ」
「『大斧』のギルドにも連絡済らしいぜ。こりゃ早めに終わらせて高みの見物としゃれ込みたいぜ」
アカオニとカゼハナは何やら納得すると、私たちに背を向け走り出した。
「ど、どうします? 追います?」
私は他の二人に尋ねる。
ずいぶんほったらかしで話を進めてしまった。後でしっかり説明しないと……。
「……あたしは追うに一票や! 勝手にこそこそ話してて単純に気になるわ!」
「ウチも賛成。あちらの目的地も塔のてっぺんだろうしー、こっちの目的を果たすついでに情報を引き出せるだけ引き出そー」
「私もじゃあ追う方で」
「そうと決まればマンネンに掴まってや!」
ベラさんはマンネンに乗り込む。
私とアイリィさんはマンネンの甲羅やキャタピラーを覆う装甲部分に追加された取っ手に掴まる。
海でマココさんが振り落とされた一件をかえりみた結果の強化だ。
それにこれなら移動しながらの攻撃もしやすい。
「発進!」
マンネンが急加速し、広い通路を問題なく進む。
すると、すぐにアカオニに追いついた。カゼハナはいない。
「クソが……流石風が二つ名に入ってるだけあって速いゼ……カゼハナはよォ……。俺も脚力は強化されてるが、攻撃用だもんなァ……」
どうやら置いて行かれたようだ。
「おーい、オニさーん。置いて行かれてカワイソウねー」
アイリィさんが声をかける。
「おっ! もう追いついてきやがったか! ウワサのタンクタートルは本当に便利そうだな! 騎士団でもテイムしようか議論中だぜ! そうだ! もうあんたらと戦う気はないから、乗せてくれよ!」
「んー、情報を提供してくれるんならいいよー?」
「するする! 『メッセージ』とか『プランS』について知りたいんだろう? 別にもう隠す必要もねーしな! ということで、邪魔するぜ!」
アカオニが走行するマンネンに飛びつく。
その衝撃で少しマンネンがふらつくも何とか壁に当たらずに済んだ。
「うむっ! なかなかどっしりした良い亀だな!」
「危ないやろっ! あたしとマンネンじゃなきゃ事故っとるで!」
「ハハハッ! スマンスマン!」
一応さっきまで敵対していたプレイヤーに囲まれている状況なのに警戒する気配すらない。
私たちなど気にするに値しないのか、それとも完全に信用しきっているのか……。
「快適快適! しかし、カゼハナに追いつくのは難しそうだ。あいつは『すり足』を極め過ぎてもはやホバー走行してるからな! なかなかシュールだぜ。生身の人間が武器を構えた体勢のままスライド移動してくるサマは」
カゼハナさんが聞いたらキレそうなことを……。
「んじゃ、まず『メッセージ』のことから話すか。察してる奴もいるだろうが、それは俺らの仲間のスキルの効果だ。『十輝騎士』の一人、<指揮>ランディ・メイトリクスは同意した相手とならばゲーム内のどこにいても会話が可能だ。また相手のステータスのメモの欄に書き込むことも出来る。あと生死やログイン状況もわかる」
「その能力で聖騎士団の指揮をとっているワケですか」
「まあそうだな。もとは団長から命令を団員に伝える役目だったんだが、なんせ団長は熱くなると視野が狭くなるからなァ。実質ランディが指揮を執っている時間が多い」
戦闘向きではないけど、戦術向きの能力ね。
大人数を同時に動かすには必要不可欠な力……。普通のオンラインゲームならば誰でも使える機能として実装されているものがこのAUOには無い。
だから、よりその強さは輝く。
「弱点は本人の戦闘能力の低さ。したっぱ並じゃねェかな」
「そ、そこまで教えていいんですか?」
「問題ない。あいつは自分の弱点を理解したうえで行動している。そう簡単に単純戦闘には持ち込ませてくれねーぞ」
話を聞いてるだけでも厄介そうな人ね……。
「次は『プランS』についてか。これは単純だ。『俺、やられたからお前ら封鎖を解いて勝手にやれ』という団長からの指令だ。自分勝手という意味の英語selfishの頭文字をとって『プランS』」
「つまり、団長は誰かに倒されたと……」
「まっ! あんたらのリーダー、マココ・ストレンジの仕業だろうな。他に聖騎士団以外プレイヤーはいねーし、強さでも可能性があるのはそいつくらいだ」
「その割にあまり驚いたりしないんですね」
「そうなるかもしれんと予想してたからな、団長自身も。幹部内でもどっちが勝つかの賭けは五分五分だったぜ。ちなみに俺は団長が勝つ方に賭けたぞ」
賭けまでしてたのなら、なおさらもうちょっと反応してもよさそうだけど。
「で、今なんでこんなに急いでるんです?」
「このイベントを誰が一番先に攻略するか騎士団内で競争してるからだぜ!」
「ふ、封鎖は解かれたんですか?」
「ああ! 水のダンジョンの方も今頃切り替わってんじゃねーかな?」
「また急ですね……」
「周りから見ればそうかもしれんが、俺らの中ではいつ解くかの段階だったんだぜ? そもそも高難易度で攻略できるプレイヤーが少なそうだし、非戦闘員はギミックのせいでこの風のダンジョンをクリアするのが難しそうと調べがついたからな。純粋に強い奴が順番にクリアしてアイテムボックスをもらえばいいという本来の形に戻すのさ」
「自分らは強いからって、勝手なこと言うてくれるなぁ~」
マンネンを通してベラさんのツッコミが入る。
それに対してアカオニは「そんな機能もあるのか……」と若干驚きつつも話を続ける。
「それが『強さ』って事で一つヨロシク! 不満があるなら自分も強くなればいい! この世界では同じ強さを求めるのは難しいが、自分だけの強さを求めるのは簡単だ。『こだわり』を持てばいい!」
さっきも聞いた気がするなぁ……。
まあ、このゲームの本質を捉えた言葉な気はする。
「あっ、そうそう。言い忘れてたが、団長は99Fにいたらしい。つまり、マココもそこにいる可能性が高いぞ」
あの人1Fからどこまで飛んでたの……。
「なんやてっ! そうとわかればはよ行かなな! アカオニの話やと他の騎士団員も上に向かっとるようやし、戦闘になってるかもしれん!」
「うちは血の気の多い奴もいるし、あり得るな。急げ急げー!」
「調子だけはいい鬼やなぁ」
マンネンはさらに加速する。
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◆現在地
大嵐の螺旋塔:99F
「上昇気流に乗れんかったらただめんどくさいダンジョンやな……」
ベラさんがぼやく。
運がいいのか悪いのか……50Fからここまで普通に転移の魔法円で来ることになってしまった。
「この道のりを俺の足だけで進むことになってかもしれんと思うとゾッとするぜ。ありがとなッ!」
アカオニがマンネンから離れ地面に降り立つ。
「ちょい待ちっ! マココさんがどこにもおらんで!」
現在99Fから100Fへ続く魔法円の前まで来たけど、マココさんは見かけなかった。
「そこまでは俺に聞かれてもわかんねーよ。雑魚モンスターにやられたか、他の団員にやられたか、先に行っちまったんじゃねーか?」
「そ、そんなはずないと思うんやけどなぁ……」
「……しゃーない。ここまで乗せてもらった貸しがあるし、他の団員が見てないかランディを通して確認してみるとしようや」
「ほ、ほんまか!?」
意外と粋なところもあるのね。
「ちょっと待ってろよ……。うんうん……ああ……そうだ。……わかった」
「で、なんかわかったか?」
「他の団員も99Fにマココがいるという情報を受け取ってたから、注意深く警戒しながら動いていたみたいなんだが……いなかったとさ」
「じゃ、じゃあ今どこにいはるんやろう……」
「さぁな……こっちもこっちで団長と連絡が取れねぇ。ペナルティでイベントダンジョンには入れなくともとも、普通にリスポーン地点には戻れるはずなんだが……ログアウトしてるのか?」
少し申し訳なさそうな顔をしつつもアカオニは先に向かう。
「まぁ、大丈夫だろう。あんたらはあんたらで無事ここまで来れたんだから、ボスを倒してアイテムボックス入手者一号になっておけばいいと思うぜ。団長に勝てるプレイヤーなら一人でもこのダンジョンぐらい余裕だろうし、クリア後でもパーティを組んで一緒にダンジョンには入れるんだからな。気をつかう必要もそこまでないと思うぞ。マココもなんかリアルで急用とか古典的な理由で抜けただけかもしれんしな」
「……そうかもしれませんけど、私たちは少し待ってみようと思います」
「そうか。また機会があったら戦おうや」
「え、ええ……」
アカオニは転移の魔法円から上の階層へと飛んだ。
敵対しなければ気のいい人……鬼だった。
それはそうと、マココさんはどこへいってしまっただろう……。
次回からマココ視点に戻ります。




