Data.74 アラン・ジャスティマ
アランから敵意や殺気は感じない。
しかし、あの聖騎士団の団長なんだから戦闘能力は言うまでもなく高い。
ヴァイトの情報ではあの背中に背負った長い剣を振って戦うらしいけど、スキルの類は確認されていない。
ただ剣を振るだけで雑魚モンスター程度は蹴散らせるってことね。
「あの……あなたはマココさんであってますよね?」
「えっ、ああ……そうよ。私はマココ・ストレンジ。ギルドとかには入っていないわ」
「そうですよね! 良かった! 自信満々で人違いだったらカッコ悪いですもんね」
なんとものんきな男に見えるけど……。
「えーっと、あんた……あなたがダンジョン封鎖を命令したりしたのよね?」
「いやぁ僕の一存ではないですよ。仲間たちと話し合ったり、協力してくれるグリーリア戦士団の皆さんと交渉したりと大変でしたよ。でも、騎士団が多くのアイテムボックスを入手する効果的な手段ではあったので推し進めましたけどね」
「でも決定権があったのはあなたでしょ?」
「もしかして怒ってます?」
「別にルール上問題ないことだからなんとも。ただあなたが私の団長のイメージと違ったから確かめただけよ」
「ははっ、団長って言っても別に大したことはしてませんから。気楽なもんですよ」
ニッコリとほほ笑むアラン。逆に不気味。
「どうでもいい話はこれくらいにして本題に入りましょう。私はこのダンジョンをクリアして三つ目の『証』を手に入れたい。あなたはその邪魔をするつもりがあるかしら?」
「……ウワサ通りの真っ直ぐさですね。そうだなぁ、他のみんなが僕の『決定』で封鎖に動いているのに僕だけサボるのも悪いかなぁと思いつつ、あなたと真剣勝負をするのが怖いというのもあります。こう見えて臆病なんでね……」
アランは顎に手を当ててわざとらしい考えるポーズをつくる。
「でも……でもですね。あなたと戦って勝ちたいという欲求もある……。その為の力を持っていると訴えかけてくるんですよ」
「で、どうするの?」
「……団長に見えないって言われたから少しカッコつけてみたんですけど、無理ですね! もう心は決まっているんですよ、以前から」
アランはこちらに左手の甲を突き出す。
すると、そこに『火の証』と『水の証』が浮かび上がった!
「い、いつの間に?」
彼はこの塔の探索をずっと続けていたはず……。
「ちょっと前にですね。あなたが二つ目のダンジョンをクリアしたとの情報を得た時、思ったんですよ。きっと戦うだろうなと。そして、場合によっては敗北すると。その場合、イベント攻略プランが別のものに切り替わるので、僕が最終的にアイテムボックスを入手できない可能性が出て来るんですよ。そのちょっとした対策です。一人で行ってきました」
一人で……ねぇ。
大物感が出てきたじゃん。
「ここで負ける準備は出来てるということね」
背中の黒いブーメラン『邪悪なる大翼』を手に取り、構える。
出し惜しみをする必要はない。
「準備ではなく対策……『もしも』のね。その予定はないですよ」
アランが背中の長剣を手に取り、正面に構えた。
長い。身長以上はある青と白の剣。しかし、その刃はスリムだ。
「偉大なる長剣、グレートソード……その力で邪悪を打ち払え」
その言葉と共に『偉大なる長剣』の刃が光に包まれる。
「光輝刃!」
スキルの発動と共に剣が振られ、伸びた光の刃が私に迫る。
「うおりゃぁ!」
それを正面からブーメランで受け止める。
光と火花がほとばしり、衝撃が空気を揺らす。
「邪悪なる火炎!」
こちらもスキル発動。
邪悪な炎が光を飲み込み、長剣を伝ってアランへ向かう。
どうやらスキルの効果はこちらが上だったようね。
「くっ!」
アランは剣を一度引き、スキルを再発動し剣にまとわりついた炎を消す。
「やりますね。大抵のプレイヤーやモンスターはこのスキルを受け止めきれずに死んでいきます」
「うん、確かに強いと思うわよ。でもこれが本気ではないわね」
「もちろん」
不敵な笑みと共にアランは剣の構えを変える。
居合の様に剣を腰の横に持っていく。
「……フッ!」
小さく息を吐く音と共にアランの姿が消える。
「一閃光……」
次の瞬間、目の前に姿を現したアランの剣は私を横真っ二つに切り裂いた。
「あちぃ! 分身か!」
そう、アランが切り裂いたのは【焔影分身】で作り出した私の分身。
スキルレベルが上がったことでそれなりに精巧な分身を作れるようになった。
とはいえ、接近され過ぎると炎特有の揺らぎに気づかれる。
彼の放ったスキルがブレーキの効かない技で助かったわ。
そして本物の私は分身と入れ替わる様に跳躍し、アランの真上をとった!
「猛牛ブーメラン!」
「ぐわあああっっ!!」
雄牛のエフェクトを纏ったブーメランがアランの背中に命中。
悲鳴を上げながら彼は地面に倒れ込む。
蘇ったスキル【猛牛ブーメラン】――。
装備の修復中、目立たないように町をふらふらしていた私はある店を見つけた。
建物と建物の間にひっそりと建つ小さな店『想起屋』。
客も少なそうだしと私はその店に入り、店主に何の店か聞くと『スキルを思い出せる店だよ』と非常に具体的な返答を得られた。
なんでも、そのスキルを思い起こさせるような素材と少しのお金があれば、何らかの要因でなくなってしまったスキルを再び発現させることが出来るという。
そして、その店にはちょうど【猛牛ブーメラン】というスキルを思いつくに至った要因であるモンスター『ストームブル』のツノが売っていた。
実際、運命的な出会いだった。
【猛牛ブーメラン】が進化して生まれた【昇龍回帰刃】は強力無比のスキルだけど、魔力の消費が激しいうえ制御も難しい。
要するに気軽に放てるスキルではなかった。
たいして【猛牛ブーメラン】は直進のみだけど破壊力はそれなりにある。魔力の消費もずっと少ない。
つまり、ローリスクで勝負の決め手となるスキル。
【塵旋風】や【ブーメ乱舞】では少々威力不足という場面も多いので、即再発現をお願いしたのだ。
なぜこんな画期的なお店がプレイヤー間で話題にならなかったのか……。
答えは簡単。まだ多くのプレイヤーが進化スキルを覚える段階に来ていないからだ。
それに進化スキルは進化前のスキルの完全上位互換(消費魔力以外)になる事がほとんどらしい。
確かに普通のRPGとかでも、上位スキルを覚えたら前のスキルはMPが切れかけの時ぐらいしか使わないというのがあるあるよねー。
裏を返せば、なぜ私の進化はあんなに癖が強いのか……。
「ぐぅ……情報に無いスキルですね……。あなたの弱点であった龍のスキル以外での決め手不足を見事に補っている」
咄嗟に背中を剣でかばったアランが立ち上がる。
鎧には傷が多いけど、剣はまるで無傷だ。やっぱりアレは特別な物のようね。
「さぁ、まだまだいきますよ! 千閃光!」
一撃に特化した【一閃光】とは違いこのスキルは剣による乱れ突きだ。
「ブーメ乱舞!」
『邪悪なる大翼』を手に持ち、舞う。
スキルレベルの上昇により重いブーメランを持っていても軽い身のこなしが可能。
とはいえ、それだけですべて受け止めきれるほどアランの剣術は甘くない。
だから躱す動作も同時に行う。
この乱れ突きすべてが私を捉えているワケではないからね。当たるものだけ受け止め、それ以外をかわす!
そして、その動作にさらにプラスしてハンドスピナーを放つ。
「ううぅっ!!」
スピナーがさっきの攻撃で弱っていた鎧の横腹部分を砕く。
巨大なブーメランを持って舞い踊る派手な動きの中から放たれる小型のブーメラン。
このギャップが新たな強さを生む。
突然予想外のダメージを負い、スキルが解けかけたアランは素早く後ろに跳び私から距離をとる。
しかし、距離をとれば飛び道具豊富な私に分があるわ。
「ははは……やっぱり強いなぁ。僕だけじゃ勝てそうにないよ」
アランが話しかけてくる。おそらく時間稼ぎ。
ここは無視して畳み掛けるように……。
「なぁ、シロムク」
……?
「だから言ったであろう。初めから我の力を使っておれば、今頃お前の勝ちでこの勝負は終わっておったわ」
女性の声、結構威厳のある感じだ。
伏兵……どこに?
視線をめぐらしてもそれらしき人影は見つからない。
(クロッカス、どこかに人がいるみたいなんだけどわからない?)
テレパシーでクロッカスに尋ねる。
(…………)
(どうしたの?)
「鈍感な娘だな。わからぬか」
女の声がまた響く。
声の位置は……アランの近く。
まさか……。
「驚いた顔はなかなかマヌケで愉快よのう」
あの剣も……。
「シロムク、もういいよ。早くその姿を見せてあげて」
「仕方あるまい……」
アランが『偉大なる長剣』を空中へ投げる。
そして、剣が直視できないほどまばゆく光ったかと思うと、その光の中から白いフクロウが現れた。
本物のフクロウとは違いどこか無機質で機械のような部分がある。
「お初にお目にかかる。我はシロムク。そして【天使の親切心】を持つモノ」




