Data.73 大嵐の螺旋塔
◆現在地
旋風の吹き渡る草原
ひたすら広がる緑の草原。吹く風は強い。
この大自然の中に異彩を放つ巨大な存在がある。
『大嵐の螺旋塔』……トライダンジョン最後の一つにして最も長いダンジョン。
背の低い草しか生えていない草原のど真ん中にそびえ立つ雲を突き抜けるほど高い塔。
周囲には独自の風の流れがあるのか、周りの雲もいびつな形に変形している。
近づけば近づくほどその存在感は強まり、妙な恐怖が生まれる。
「なんだか遠くから見るだけで威圧感あるわね……」
ボソリと呟くとそれに応じてみんな頷いた。
水底の大宮殿攻略から装備の修復や追加購入でなんやかんや二日経っている。
その分準備はバッチリだ。今もダンジョン内にいるシャルアンス聖騎士団のメンバーの情報もある程度頭に入っている。
彼ら聖騎士団の幹部『十輝騎士』のうち誰かは交代で常にダンジョンに待機している。
だからグローリア戦士団の時のようにログアウト時を狙うというのは現実的ではない。
何より団長のアラン・ジャスティマのログイン時間がもっとも長い。
だから、私たちはあえて団長アランが確実にいるであろうタイミングにダンジョンに入る。
理由は簡単。アランに後ろを突かれるのが最も怖いから。なので、あえて正面から挑む。
この作戦を決めるために多くの情報をくれたのはヴァイト。
彼はもう私にやられた時のペナルティは終了しているので、一緒に攻略しないかと誘ったけど『他にやることがある』と断られた。
今ほかに話題になることでも見つけたのかしら。まあ、アイリィは変わらず私と一緒だから良いんだけど。
「そろそろ塔の真下に着きますで」
傷も癒え完全復活したマンネンのモニター席に座るベラの一声で降りる準備を始める。
塔の1Fには侵入者を退けるための『十輝騎士』が配置されている。
これに対してはパーティ皆で対処し、速攻で片付けるという大雑把な作戦がある。
幹部ではない聖騎士団員もいるみたいだけど、それに関しては広範囲攻撃スキルでなんとでもなるでしょう。
マンネンがその動きを止め、ハッチが開く。
ベラ以外の三人はそこから草原へ降り立つ。
……見上げてると感覚が狂いそうになるほど高い塔だ。なんだか倒れてきそうで怖くなる。
「さーて、どの入り口から入るかなー?」
この円柱状の塔には壁に沿っていくつも扉がある。
でも、どこから入っても大して差はない。
1Fから上へ通じる転移の魔法円はフロアの中心にある事がわかっているから。
「一番近い扉から入りましょう。みんなでね」
四人と一匹が1つの巨大な両開きの扉の前に立つ。
先頭の私が代表してその扉に手を付け押し開く。
「行くわ!」
開け放たれた入り口から塔に突入する。
◆現在地
大嵐の螺旋塔:1F
中はただ真っ直ぐな通路が続いていて、ここを素直に直進すれば1Fの中央に辿り着くはず。
「き、きたぞっ!」
「う、うおおおおっ!」
天井から声。聖騎士団の下っ端だろう。
油断しがちなダンジョンに入ってすぐのところで奇襲とは……まあ普通ね。
私は腰に装備していた新武器を指に掛け、対象も見ずに放った。
「ぐあっ……!」
「ぎゃあっ!」
上手く急所に当たった。
戻ってきた新武器『HSブーメランRM』をキャッチし、そのまま指で回転を加えて次の投擲に備える。
これはその名の通り昔流行ったおもちゃである『ハンドスピナー』をモチーフにした武器。
元ネタは指で挟んでただ回すだけというシンプルなものだけど、意外といろんなデザインの物が出回るほど人気だったらしい。
私はこれを始めて見た時『あっ、武器だ』と思ったわね。
まさか本当に武器として出会える時が来るとは……それもブーメランで。
◆武器詳細
―――基本―――
名前:HSブーメランRM
種類:ブーメラン
レア:20
所有:マココ・ストレンジ
攻撃:50
耐久:20
―――技能―――
なし
※残りスキルスロット:1
―――解説―――
高速回転で威力を高めて放つ軽量の小型ブーメラン。
代償として耐久力が低い。
今回購入した『HSブーメランRM』は三枚の刃が付いていて、非常に軽く扱いやすい。
切れ味も抜群だけどその分耐久が低い。
これを合計六個購入した。強敵相手にというより雑魚を最小限の動きで狩るための武器。
でも、私の【真・回帰刃術】の効果も相まって決して強敵でも侮れない威力となっているわ。
「このまま直進しましょう!」
全入口に今のような伏兵を配置しているのか、この入口の敵はさっきの二人だけだった。
私たちはほぼ最短ルートで1Fの中央、つまり転移の魔法円のある場所に辿り着いた。
「シュー……シュー……」
その魔法円の前に立ちはだかる影。
全身を覆うスチームパンク風のスーツで顔も見えないプレイヤー。
スーツのところどころに配置されたパイプからは白い蒸気が噴き出している。
前情報通りなら彼?も聖騎士団幹部『十輝騎士』の一人、<蒸気>チムニー・マシニクル。
『蒸気』というのは団長から与えられた称号らしく、その人のプレイスタイルを現してる。
逆に言えば代名詞と言えるレベルまで戦闘スタイルを確立しないと『十輝騎士』にはなれないということね。
私なら<回帰>とかかな?
「シュー……シュー……」
っと、のんきにそんなこと考えている場合じゃない。
他にも『十輝騎士』はこのダンジョン内にいる。
ここで手間取るわけにはいかない。
「よ、よぉ! ここで会ったが百年目! もう一度勝負だ!」
「あの時の雪辱を果たさせてもらおう」
大剣を構える黒髪の男と槍を構える青髪の男が立ち塞がる。
さっきまで中央のチムニーの気を取られて、他にプレイヤーがいるのに気付かなかったわ。
それにしてもなんか馴れ馴れしい奴らね……。
「あ、あんたたちは……誰だっけ?」
「な、なにっ!? 忘れたとは言わせないぞ!」
うんうん、残念ながら覚えてるわ、青髪の方は。
ドラゴンゾンビ討伐の際に出た魔石やドロップ品を奪い取ろうと卑怯な決闘を仕掛けてきた男よ。
大して強くはなかったような気がするけど。
黒髪の方は……本当に覚えてない。
顔は見たことある気が……。
「青髪のあんたは悲しいことに覚えてる。でも黒髪のあんたはうーん……」
「あ、あれだ! 正々堂々お前と決闘しただろ!?」
「あっ、まあまともと言える手段で戦いを挑んできた方ね。確か瞬殺だったような……」
『邪悪なる大翼』で剣ごと真っ二つにしたんだっけ。
「あの頃とはレベルも装備も違う! だからこそ、わざわざ幹部の方々に無理を言ってここに配置してもらったのだ! 瞬殺とはいかんぞ!」
「瞬殺とは、ねぇ……。それは無理な話よ」
「なにっ?」
「もう終わったわ!」
手首のスナップをきかせて投げていたHSブーメランが二人の胸を貫く。
この武器のもう一つの特徴は軽さゆえの速さ!
純粋な速さだけなら『邪悪なる大翼』すら上回るんじゃないかしら。
彼らも確かに以前と装備が変わっているし、レベルも上げてきたんでしょう。
でも私もただ遊んでたワケじゃない……いや、遊んではいたんだけど、強さを求めて鍛えていた。
そう簡単に追い抜かれはしないわ。
……それにしてもチムニーがまるで動かない。
一応下っ端とはいえ仲間がやられているのに微動だにしない。ただ『シュー……シュー……』という音が呼吸の様に響くのみ。
何の意図があるのだろうか。自分の戦闘スタイルに味方はむしろ邪魔とか?
どちらにしろ向こうが動かないならこっちから動く!
再びハンドスピナーを投擲。
刃はヒュッヒュッという鋭い風切音をたて標的に向かう。
「シュー……シュー……シュウウウゥゥゥ!!」
スチームスーツ(仮)から激しく蒸気が噴き出し、その勢いでハンドスピナーが弾き飛ばされる。
軽さはこういう時に弱点になるわね。
さて、今ので流石に向こうも攻撃を開始するはず……。
ゴゴゴゴゴゴ…………
その時、地面が激しく揺れ始めた。
これは……地震?
そもそもこの世界に地震とかあるのかしら。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ…………
揺れは激しくなる。
チムニーのスキルか?
いや、前情報では火と水の魔術を組み合わせた蒸気魔法で戦うという話だった。
それに未だ彼?は蒸気を吐き出す以外で動いていない。
ヒュッ、ヒュゥゥゥウウウ……
振動に風の音が混ざりはじめる。
……あっ、わかった!
これはこのダンジョン固有のギミック『階層上昇気流』だ。
この風につかまってしまうと本人の意志関係なく別のフロアへと飛ばされてしまう。
今回のはかなり範囲が広いっぽい。
今から逃れることは難しい。だからとりあえずみんなと離ればなれにならないように手を……って、はや!
もう体が緑色の風に包まれてる!
こりゃ厄介ねぇ。一回喰らってみないとわからないわ。
体が浮遊感を覚える。こうなったら仕方ない。
事前に決めてあった別プラン……『それぞれ一人で上を目指せ作戦』に移行する。
みんな無事最上階で合流しましょう!
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◆現在地
大嵐の螺旋塔:99F
視界が戻る。
ダメージもないし、行き先がわからないこと以外は転移の魔法円と大差ないわね。
まあ、問題はその『行き先がわからない』ことなんだけど……。
99Fって……これボス部屋の前じゃない?
でも、それにしてはモンスターの気配もないくらい静かだ。
とりあえず魔法円を……。
「やっぱり階層上昇気流に法則性を見出そうとするのが間違いだったかな。これは完全ランダムっぽいし。となると……非戦闘員の団員たちを連れてくるのは大変だなぁ……はぁ」
「っ!」
後ろに誰かいる!
「モンスターは大したことない……とはいえ、これも『僕だから』だろうしなぁ」
白い鎧、背負った長剣、金髪の男……いや少年か青年という感じか。
「あなたは……やっぱりすごいですね。チムニーを倒しましたか? 兵士の二人はまた瞬殺で?」
「…………」
「それともチムニーは寝てましたか? 彼女はこの世界でも向こうの世界でもよく寝る人でね。スーツは自動的に防御行動をとるように出来てるんですが、それでも危ないですよねー」
「あんたは……」
「あっ、名乗りもせずにすいません。慣れないもんで……えー、こほん」
青年は手をバタバタと振ったあと、わざとらしく咳払いをする。
「はじめまして、ですよね? マココ・ストレンジさん。僕はアラン・ジャスティマ、シャルアンス聖騎士団の団長をやってる者です」
いきなりクライマックスね……。
一目見た瞬間になんとなくわかっていたけど、彼がAUOナンバーワンギルドのリーダー『アラン・ジャスティマ』!
情報を攻略中に適時出していくようにしたので、お話のテンポが少し良くなってる……かもしれません。




