Data.71 大宮殿をゆく
「はぁ……危なかったわ」
「まったくだぜ」
腰を下ろし、そのまま大の字で地面に寝転がる。
とうに魔力もスタミナも尽きていた。
思いつきの【焔影分身】からの【昇龍回帰刃】同時四発。
スキルにスキルを乗せる、同じスキルの同時発動、これにより生み出された合体スキル……冷静になるとよくあんなものに勝負を託したものね。仕様上OKなのかもよくわからない。
とはいえ、相手のオリヴァーもいろんなスキルを同時に発動させることで驚異的な破壊力を生み出していた。
これからはただ一つのスキルを順番に使うだけでは勝てない……か。
「まぁ……とりあえず勝ったから良しとしますか……」
なんだかとっても眠い……。
「あっ、いましたよ! マココさんです!」
遠くから聞きなれた声が聞こえてくる。
でも、目を開けて確かめる気力もない……。
「うわー。派手にやられてるねー。ウチも人のこと言えないけどー」
「誰かポーション余ってへんか? あっ、あたしが持ってたわ!」
……何か冷たいものが口に流し込まれる。
吐き出す力もないのでただ飲む。
すると、少しずつ体の感覚が戻ってきた。
「……うぅ、あっ、みんな無事だったのね」
視界にベラとユーリとアイリィ……あと知らない子が一人入ってきた。
「それはこっちのセリフですわ! よーあの海の中からここまで無事で……。いや、こんなにボロボロになって……」
「あっ、この傷は海の中でつけられた傷じゃないのよ」
とりあえず海の中でのヒャクメウナギとの戦い、それとオリヴァーとの戦いについてみんなに話した。
「へぇっ!? 団長に勝ったんだべか!? ほへぇ~、そりゃすごいべ。降参しといて正解だったべ」
見知らぬ田舎少女風の人が驚いている。
彼女はグローリア戦士団のメンバーなのかな?
「あっ、彼女のことも含めて起こったことを説明しますね」
ユーリからはぐれた後の仲間たちに起こったことを聞いた。
「ふーん、待ち伏せ作戦か……。私たちもそれだけ脅威と思われてたって事ね」
オリヴァーはアクシデントで出遅れてあのタイミングで現れたのか。
うーむ、何とも運命的な戦闘だったのね……。
「みんなもよく戦士団に勝てたわね。話を聞く限り手ごわそうなプレイヤーばかりだったけど」
「まー、ウチは本当にギリギリだったけどねー。装備もこんなにボロボロ。回復アイテムも使い切っちゃったしぃー。これからボスを探して倒さないといけないのにぃー」
まるで漫画のように一部だけ布の残った装備を着ているアイリィが嘆く。
「そうね……ボス部屋らしきものは見つけたんだけど、肝心のボスのレベルが火山の蛇レベルだと返り討ちもあり得るわよね……」
「……えっ!? マココはん、いつの間にボス部屋なんて見つけたんでっか!?」
ベラが身を乗り出して食いつく。
「いや別に確実にここってワケでもないんだけど、海中で上からじっくり神殿を見てみたら、ある地点だけ不自然に屋根の装飾が他と違う場所があったのよ。そこがもしかしたら……みたいな? ただ、神殿内部からそこへ向かうルートはわからないし、簡単にはいかないと思うわ」
「うむむ、そういうことか……」
「私とベラさんの装備は無傷に近いですけど、マココさんとアイリィさんは結構傷ついてますし……。回復アイテムも残り少ないですね……」
「まー、防具が壊れてるだけで武器は無事だからねー。帰りはこのエントランスの転移の魔法円で一瞬だから、無理してツッコんで問題ないと思うけどー」
確かに防御力はかなり低下したけど、攻撃力は下がっていない。
それにこのダンジョンを一度出てしまうと、また海の中を通るか戦士団と戦うかになってしまう。それは嫌だ。
「……いろいろ考えたけどボスに挑んだ方が良さそうね」
みんなに自分の結論を伝えた。
「まあ、そうやな~」
「またここに来るのも苦労しそうですしね……」
「賛成」
結果、特に反論も無くこのままこのパーティでまだ見ぬ『水底の大宮殿』のボスに挑むこととなった。
「それでいいと思うべ。もう一回ダンジョンで出会うことになったら、今度は真剣に戦うことになるかもしれないべ」
おっと、この子が残ってたんだった。
「あなたはこれからどうするの?」
「とりあえず地上に戻って団長さんたちと合流してこれからの方針を話し合うべ」
「そう、じゃあコレを持ち主に返しといてくれない?」
私はオリヴァーが死亡時にドロップした装備やその残骸をかき集め、ドロシーに渡した。
「はへぇ~、マココ団のみなさんは優しいだべなぁ~」
「マ、マココ団って……」
愉快な悪役みたいじゃない。
「って、そうじゃなくて……。みなさんも?」
「そうだべ。他の戦士団の皆さんが落とした装備もこの背中の土のカゴの中に入ってるべ。持って行っても良いのに、返してくれるなんて優しいってことだべ」
「あ~、そういう事ね。なんか余計な遺恨を残すのはアレってだけよ。結局倒してるんだからそんな優しいわけじゃないわ」
「んまぁ~、そんな謙遜する必要ないべ。『オンラインゲームは人の本質が出るから怖い』って他の団員さんもあたすによく言ってたべ。それに比べれば優しい方だべ」
意外と論理的でしたたかな子ね……。
言動と見た目とのギャップが面白いわ。
この子が降参して一人生き残ってなかったらこの結構レアっぽい装備たちもこのダンジョンに放置だったろうし、天然なのか実力なのか……やっぱり、あまり敵対したくないギルドね、グローリア戦士団。
「んでは、これで失礼するべ。もう一度言っとくけんど、次であったら本気の勝負になるかもしれんで、気をつけてくんろ」
そう言い残すとドロシーはエントランスの転移の魔法円で地上へと帰っていった。
「さて! 私たちは本来の目的であるダンジョン探索、そしてボスの撃破に向かいましょうか」
> > > > > >
◆現在地
水底の大神殿:導きの間
「どうやら当たりだったみたいね」
目当ての部屋に入った途端現れたモンスターを速攻で片付け、現れた新たな転移の魔法円の前で私はつぶやく。
「このサークルで移動した先がボスやろうな。みなはん準備はいいでっか?」
ベラの問いかけに各々うなずく。
このダンジョンは部屋に入った時、その部屋にモンスターが湧くタイプのようで、通路をひたすら移動する分にはモンスターと戦闘は起こらない。
ただ、しらみつぶしにボス部屋を探すとなると相当手間がかかりそう。外から目印を見つけられて良かったわ。
「では、ワープ!」
四人と一匹は魔法円の上に乗り、それを起動させた。
◆現在地
水底の大神殿:海月の間
転移の光が消え、視界が戻る。
そこはガラス張りのドームのような場所だった。
外には青い光に照らされた深海が広がっていて、時折巨大な魚が泳いでいく。
「ひえぇ……これホンマにガラスみたいな硬いもので区切られとるんか……? 急に水が流れ込んできたりして……」
ベラが怯える。
確かに安全とわかっている水族館の巨大水槽も目の前にすると割れるんじゃないかと少し怖くなる。
今回はそもそもなんなのかわからないから更に怖い。
「まあとりあえず、ボスはこのドームの中にいてくれたみたいね」
ドームのちょうど中央真上に水で出来た球体のような物がある。
それが少しずつ下へ降りてきていた。
「ほっ……このドームを壊して流れ込んでくる魚とかがボスじゃなくて良かったですね……」
ユーリがスッと符を出して上空の水の玉に狙いを定める。
「先制攻撃しましょうか? あまり効く気もしませんが……」
「そうね、牽制程度にお願いするわ」
追加のスキルを使わず【斬下の符】だけを何枚か放つユーリ。
すると、水の玉からニュッと触手が何本も生え、自らに当たりそうな符だけを選んでキャッチした。
「これは……クラゲか」
水の玉は変形し、巨大なクラゲとなった。
百本はありそうな触手に、傘の中にあるあからさまに弱点っぽい輝く玉。
名は<アビスジュエリーフィッシュ:Lv45>。
レベルは火山のフルフレイムサーペントと同じ。
「……やっぱり、あの青く輝いてる玉が弱点だと思わない?」
「うーん、露骨すぎるけどそうかもねー。でも、クラゲは浮いてるからウチじゃ届かないよー」
クラゲは空中を泳ぐようにふわふわしている。
飛び道具じゃないとなかなかダメージは与えられない。
「と、くればあたしとマンネンの出番や! ダメージは完全に回復してへんけど、攻撃なら問題ない!」
ベラがハッチを開け、マンネンに乗り込む。
「待ってください!」
それをユーリが止め、ドームの天井を指差す。
「あそこを見てください。さっき私の投げた符が突き刺さってますよね。もしかしたら周りを覆っているこのガラスみたいなもの、相当脆いかもしれません」
目を凝らすと確かに天井に【斬下の符】が突き刺さっている。
大して威力の高くないこの符が簡単に突き刺さるということは、マンネンの【徹甲羅弾】レベルの威力だと砕いてしまうかもしれない。
「水が流れ込んできたら勝ち目がなくなります。大砲は使わない方が良いです」
「じゃあ、どうすればええんやろ……。接近は出来へん、威力の高い飛び道具は危険って……」
「私のブーメランの出番じゃない」
高威力だけど壁にぶつからずに戻ってくる。
もしかして、このボスは私ととても相性が良いのかも。
あの大量の触手もブーメランで根元から全部刈り取ってあげるわ!




