Data.63 水底の大宮殿
◆現在地
水底の大宮殿:中央大門
side:アイリィ
その宮殿は全体から幻想的な蒼い光を放っていた。
美しく巨大な外観。
見ただけで大変な探索を想起させるのに、内部はダンジョンなので外観よりさらに広い可能性もある。
さて、どうやってボス部屋への転移の魔法円を探そうか……。
しらみつぶしが確実なのだろうけど、かなりの時間を持っていかれることは間違いない。
「門に近づいてみまっせ!」
モニターの前に座っているベラさんが言った。
先ほどまで弱気になっていた彼女も明るい宮殿を目の前にして元気を取り戻したみたい。
その横にはモニターを凝視するユーリさんがいる。
緊急時には彼女が決定権を持っていた。焦ると口数が多くなるタイプかな?
「……あっ、門が開きますよ」
私もモニターを横から眺める。
確かに目の前の大きな門がゆっくりと開いていく。
驚くことに水が内部に流れ込む様子がない。
不思議な力で水が防がれているようだ。
マンネンが宮殿内部へと侵入する。
海の中とは雰囲気がまるで違う。空気もあるようだ。
まあ、流石にダンジョン内部まで水浸しだと難易度が跳ね上がるから当然だけど。
「……ハッチ開けまっせ」
少し不安そうな口ぶりのベラさんがマンネンに命令を下し、出入り口であるハッチが開く。
水が流れ込んでくるようなことはなかった。
代わりに潮の香りを含んだ空気が入り込んできた。
「到着みたいねー」
私はいつも通り気の抜けた声で会話を始める。
「そうですね。あぁ……怖かった。もうこんな暗い海はこりごりです……」
ユーリさんが「ふぅ……」と一息つく。
彼女は多少焦ってはいたけど、怖がっていたようには見えなかったな。
意外に肝っ玉が据わっている人だ。
「まったくやで! もうしばらく……というか、今後水に潜りたくなくなったわ! リアルでも嫌や! 地上最高! 空気最高! 太陽最高!」
本当に怖がっていた人。
いや、怖くて当然だしむしろ怖くない人がいたらその人がおかしいんだけどね、この場合。
そういえば、一番怖いところにいたはずの人がまだ会話に入ってこない……。
「あれー? マココさんはどこいったのー?」
もう予想はついてるけど、その予想を否定してほしくて一応尋ねる。
「まだ外におるんちゃうか? モニターに映っとらんのは位置が悪いだけや……と思うけど……」
言葉の途中で察したみたい。その顔がみるみる青くなっていく。
マココさんは装甲に張り付いていたから、カメラに近すぎてモニターに映っていない事もあった。
でも体の一部やブーメランはチラチラ映っていた。
それを確認しなくなったのはモンスターに襲われてから。
つまり、マココさんはあのモンスターによってマンネンから引きはがされ、今もあのモンスターと戦っている可能性が高い。
「どどど、ど、どうしよ!? い、今から戻って助けに行くべきちゃうか!?」
今度は顔を赤くして叫ぶベラさん。
「いえ、それは得策ではないと思います」
冷静にそれを諭したのはユーリさん。
私も彼女の意見に賛成だ。
「で、でも……」
「この暗い海の中で一人の人間を探し出すのは難しいでしょう。それにあのモンスター以外にも強いモンスターがいるかもしれません。マンネンさんも確かに強いモンスターですが、その能力は戦車というだけあって本来地上戦で発揮されるもの。再び海に出る時は帰りにしたいところです」
「まぁ、せやけど……」
「それにマココさんはすでに宮殿の位置を把握しているはずです。ですから、あのモンスターを倒した場合、次にここに向かってくるのは確実。ならば大人しく待つか、さきに探索してある程度ダンジョンの構造を把握しておく方が良いでしょう」
「……せやな。マココはんならあの程度のモンスターには負けへんやろうし、戻ったらむしろ足手まといやな! こうなったらマココさんが来るまでにボス部屋への転移の魔法円を見つけておきまっか!」
作戦は決まった。
宮殿内部は広いのでマンネンでも十分移動が可能。
でも、せっかくなので一度外へ出て自分の目で確認してみることになった。
外観の豪華さに負けないぐらい内装もこっている。
ん? よく見るとエントランスの中央に青い光の玉が浮かんでいる。
「……水底の大宮殿へヨウコソ! 知恵ある者たちヨ!」
聞き覚えのある声とフレーズ。
前とは出現条件が違うみたいだけど、同じ存在だろう。
「私は迷宮の妖精! ダンジョンフェアリーだヨ! 知恵ある物にある特典を与えよう!」
光の玉から現れたのは小さな妖精。
髪は青、服も青、その羽は青く透き通っていて何やら液体が滴っている。
火山で見た妖精と見た目は違うけど顔立ちは似ている。なので特典というのも……。
「アッ! その手の『証』! ハッハーン? さてはお姉さんたち経験者だなァ? 通りで反応が薄いと思ったヨ! 私の腕が鈍ったわけじゃなくてヨカッタヨカッタ!」
「経験者と分かってもらったところで本題に入るけど、ここではどんな手形が貰えるんや? まだボスとか倒してへんけど」
「チッチッチ……せっかちなヒトは嫌われるヨ? まー、ええけどナ! ここまで来るヒト少なくてヒマしとったからナ!」
ベラさんをおちょくるような関西弁もどきを披露する青い妖精。
そして明らかにそれが効いているベラさん。
抑えて……抑えて……。
「ここで手に入る手形は『ダンジョン脱出手形』だヨ!」
「ダンジョン『脱出』手形……?」
「そうだヨ! その名の通り『脱出』にだけ使える手形だヨ! この1Fエントランスから地上にある小島をつなぐ転移の魔法円を起動させることが出来るようになるヨ! でも、その転移の魔法円は一方通行! 地上からダンジョンへは戻れないヨ! また海の中か土の中を通ってきてネ!」
火山でもらった『ダンジョン手形』の様に行き来は不可能というわけか。
それでもありがたいことには変わりない。
帰りにあの海中を通らなくてもいいわけだから。
「一つ質問なんやけど、手形って仲間モンスターにも効果あるんかいな? この子……マンネンを転移させられんかったらこまるんやけど」
「仲間モンスターもその主が一緒なら魔法円を使えるヨ!」
「そりゃよかった!」
「ねー、一つ質問いいかなー?」
喜ぶベラさんは置いといて、私は妖精に話しかける。
「この手形ってこのフロアに辿り着けば誰でももらえるのかなー?」
「ウン、そうだヨ! これまでも何人かに発行したヨ!」
「それでこの手形を使えば地上の小島に出られるのね」
「さっき言ったとおりそうだヨ!」
ふむ、これで少し気になってた疑問が解消した。
このダンジョンへ通じる地下道は何度も言われているように一本道。
つまり封鎖を突破しようとする攻撃が絶え間なく行われているとすれば、封鎖してる側がその地下道から脱出してログアウトや装備品のメンテナンスを行うのも一苦労だ。
でもダンジョン側から脱出する道があるなら何の問題もない。
前には敵だらけでも後ろは味方しかいないからね。
また入ってくるときは他プレイヤーのようにまた地下道から入ればいい。
敵が封鎖班と戦闘中なら背後も突ける。
風のダンジョン『大嵐の螺旋塔』は円柱状の搭の1Fに複数の入り口があるから脱出も簡単だとわかっていたけど、『水底の大宮殿』もそういうカラクリがあったわけか。
これならこちらの封鎖もいまだ維持されているのも納得がいく。
「教えてくれてありがとー。じゃあ、ウチらもダンジョン探索に出かけたいから『手形』を発行してくれるー?」
「モチロン! 次のお客さんもお待ちだからコッチも早くしたいヨ!」
「次のお客さん?」
「今入ってくるヨ!」
今、自分たちも入ってきたばかりの大門の方を見る。
門は開け放たれており、その向こうの海から三つの泡、またはシャボン玉のような物がが流れてくる。その中には人影。
パンッ!パンッ!パンッ!
宮殿内部に入ると同時に泡が割れ、中にいた人物がその姿を現す。
……何故彼らがここにいるのか。それも私たちの後ろにどうやって……。
「……グローリア戦士団のひとたちねぇ?」
「いかにも」
水色の髪の女が答える。
うん、この人がヴァイトの言ってた氷華のキョウカ……氷使いで間違いなさそう。
『実力高し。マココさんに団長オリヴァーの相手をお願いして、お前はこいつの相手をしろ』とヴァイトに言われている。
しかし、今マココさんはいない。どう、するべきか……。
「あれ?」
向こうの三人のなかに『斧』を背負った人物がいない。
変形してコンパクトに持ち運べるタイプなのか、見えないのか、スキルで生み出すのか……。
「んっ! 向こうにブーメランを背負った人がいないべ! 団長の話だと街中でもそのまま背負っている事から、変形してコンパクトに持ち運べたり、見えなく出来たり、スキルによって生み出されたものではないって話だったんけど!」
キョウカの隣の女が叫ぶ。
くすんだ茶髪に麦わら帽子、そばかすが目立つ顔、麦わら帽子……なんとも農作業を思わせる恰好。これが土泥のドロシーか。名前のメルヘンさからは想像もできない見た目ね。
「ホントだ! まさかカメの中にいたにもかかわらず流されちまったのか? へへっ、そりゃぁうちの団長より間抜けだぜ! あっしたちは待伏せのためシャボン玉で外壁に張り付いてただけだから、流されてもしゃーないし!」
「っ! バカもの……」
この見た目を自由にカスタマイズできるAUOでは珍しい小男のプレイヤーがうっかりでは済まされないぐらい口を滑らせた。
キョウカは冷たい視線を送っている。
そうかそうか……。向こうもリーダー不在か。それは不幸中の幸い。
ただ、その代わりにいるあの男の事は知らない。
ほか二人の情報がある程度わかっていることから、さっき海の中を進んでいたシャボン玉を生み出したのはこいつと考えるのが良さそうね。
いや、でも特殊なアイテムという可能性も……。
「す、すまんキョウカちゃん! 口を滑らせちまった! ほ、ほれ、俺はスキルも滑るから口も滑る……なんちゃって!」
つまらない言葉の後、男の手から粘液が溢れ出してきた。
うん、こいつがシャボン玉の発生源で確定だ。
あの粘液は洗剤のような物なのだろう。
キョウカの視線は相変わらず冷たい。
能力が判明したところで、はてさてどう戦うか。
この勝負、どちらのリーダーが先に合流するかで大きく結果が変わるのは間違いない。
マココさんが先に駆けつけてくれることを願って、入り口に近いこの場で戦うか……。
しかし、それは敵の団長が先にくると危険というのもある。
でもここなら転移の魔法円による緊急脱出も……。
いや、戦って勝つことを前提にした作戦を選ぼう。
つまり『敵増援を警戒してこの場から離れ、敵から一度姿を隠してから奇襲』だ。
マンネンの脚は早いし、宮殿内部は部屋も多く姿を隠すのに事欠かない。
敵に私たちを見失わせて、探しているところを攻撃で先手を取ろう。
ちらりとユーリさんとベラさんを見る。
ユーリさんもこちらを見ていた。おそらく考えている事は同じ。
でも肝心のベラさんが完全にこの場で戦う態勢をとっている。
もう一度ユーリさんとアイコンタクトをかわす。
彼女は軽く頷いた。
「斬下の符! 符操術式・符璃冷亜弩の型!」
新スキル! だから効果がわからない。
でも彼女に意図は伝わっている。
放たれた大量の符はまさに風に弄ばれる雪のごとくでたらめに舞い踊り始めた。
触れると切れる鋭い符が飛び交っているというだけで十分牽制になるうえ、視界も悪くなる。
この隙にベラさんに作戦を話してこの場から離脱する!
「ここから離れま……るよー!」
「えっ、なんでや!」
「話は後です!」
ユーリさんと二人がかりでベラさんをマンネンに押しこめ、前進を命じさせる。
「私に対して吹雪か……。ちゃんと下調べはしてるようね。嫌いじゃない、そういうケンカの売り方」
水色の髪のキョウカがそう言葉を発した瞬間、空中を待っている符がすべて凍りつき、その動きを止めた。
「あえっ!?」
彼女は精密な攻撃は得意だけど、そのぶん広範囲攻撃は苦手にしているはず……。
いや、狙い打った?
空中に舞う符全てを小さな氷のつぶてで……?
「キョ、キョウカちゃん! 空中で凍らせたら重い氷のつぶてがあっしらに落ちてくるんじゃ……」
「……そんなもの私には効かない」
「あっしには効くんですよー!」
「ひえー! 雹だべー!」
バカで助かった。
三人とも防御態勢に入ってくれた。
これで十分距離は稼げる。
コツコツコツ……と音を立てて地面に落ちる氷の音を聞きながら、私たちはその場を離れた。
アイリィのモノローグでの仲間の呼び方を統一しました(マココ以外も『さん』付けに)。
※追記(2017/10/20)
キョウカの名前がヒョウカになっていたので修正しました。
『氷華』は二つ名で、実際のプレイヤーネームは『キョウカ』です。
ごっちゃになってました……。




