Data.55 猛火の大蛇
猛火の大蛇は巨大だ。
大体何メートルぐらいというのもわからない。
今は球体空間内に無数に伸びている複数の柱に体を絡め、こちらを観察している。
ときおり口を開け覗かせる長い舌ももちろん燃えている。
絡め取られれば即死しそうね……。
もちろんその舌を出してくる口も大きい。
私たち四人を一気に丸呑みしても何の問題もないでしょうね。
目の位置には白く発行した球体がある。
それは炎の体の中でも飛び抜けて温度が高そうに見える。
目つぶしするのも危険そうね……。
……逆に言えば、今のところ得られる情報で危険そうなのはそこぐらい。
長い体の一番前、頭部の部分に危険が集中している。
蛇もといヘビ型のモンスターの攻撃手段と言えば、『牙の毒』『丸飲み』『巻き付き』『長い尾を使ったムチの様な打撃』……まあこのくらいかな。
この柱の多い空間では巻き付くのは難しいし、尾を振り回すのも無理と見える。
つまり頭部以外は的と言ってもいいかもしれない……。
もちろん油断ならない。
的と言っても全身燃えているのだ。
プレイヤーの横をその燃え盛る体がかすめるだけで火傷しそうなほどに。
そして蛇の体は長いだけでなく太いのだ。
断ち切るにはかなり強いパワーが必要でしょうね。
つまり……遠距離からも重い一撃を加えられる私のブーメランは非常に相性が良いと見た!
「みんな、私が蛇をぶった切るから、少しの間ヘイトを稼いでおいてくれない?」
ベラ、アイリィ、ユーリに提案する。
三人ともそこそこ戦闘経験のあるプレイヤーだけあって、今私の考えた戦法に近い動きをすでに考えていたようだ。
すぐにみんな私の提案に賛成してくれた。
「じゃあ、遠距離攻撃が得意な私が先手を取りますね!」
ユーリは両手を掲げ、体の周りに大量の符を生成する。
「符操術式・万神願ノ型!」
彼女はダンジョンの道中でも見た大量の符を操作し、敵に直進させるスキルを発動させた。
今回は両手を前に突出し、二つの符の束でヘビの両目を狙っている。
目が特に高温である事は彼女も察しているのだろう。
しかし、だからこそ、その部分に自分の攻撃が通用するのか早めに試しておきたい。
わかるわ、その気持ち。
案の定と言えば案の定、大量の符は白熱の眼の手前で燃え尽きた。
ユーリの符はヘビの目には効かないと言う情報を得た。
「ああ、やっぱり燃え尽きましたか。次は他の部分を……」
冷静に事実を受け止め、次の攻撃を準備するユーリをヘビは放って置かなかった。
ダメージがなくとも、開幕目つぶしを狙った攻撃は敵意を十分にモンスターに伝えたようね。
ヘビは驚くべきスピードで体を伸ばし、ユーリを丸飲みにしようとする。
その巨体からは想像できないほど速い!
「はっ……!」
普段は冷静というか、テンションを常に低めに抑えているユーリが珍しく目を見開き焦りを見せた。
このままではやられる。
その時、ベラがグッとユーリの体を小脇に抱えると、ムチを空中の柱に引っ掛け、足場を蹴った。
どういう原理かムチは縮み、二人の体を上の柱の場所まで持ち上げた。
「はぁ……はぁ……。助かりました……。ありがとうございます……」
「ええよええよ、お礼なんて。助けあうのがパーティやろ? ムチにはこういう使い方もあるんやなぁ~」
ヘビは柱の上に逃れた二人から一度視線を外し、足場に一人残っているアイリィの方を見る。
とりあえず作戦の第一段階は成功ね。
ユーリが行った目への攻撃にはもう一つ意味があった。
それは、ヘビの体を真っ二つにぶった切りやすい位置に私が移動するのを隠すため。
ヘビは気付いてないけど、私はもうすでにブーメランを持った腕を振りかぶって……投げた!
スキルはクロッカスの持っている【斬撃波】のみを発動する。
風を起こす系のスキルはむしろ敵の炎をあおって大きくさせる可能性があるし、同じ炎の【邪悪なる火炎】なんかは論外だ。
【昇龍回帰刃】は奥の手。
柱という障害物が多い空間では、その威力を十分に発揮するのに苦労しそうだしね。
「ッッッ!!? シャアアアァァァーーー…………ッッッ!!!!」
私の位置を悟らせないために無言で放たれた黒い巨大なブーメランは、正確にヘビの体を断ち切った。
ユーリを攻撃するために体を伸ばしていたので、丁度全長の半分くらいのところに刃は当たった。
まさに真っ二つ。出来過ぎね。
……いやぁ、本当に出来過ぎてしまった。
切られた瞬間、ヘビの体が大きく跳ねまわったので『あれ、本当にやっちゃった?』とか思ってしまったけど、そんなあっさりと終わるはずもない。
すぐにその思考はかき消された。
ヘビは『二匹』になった。
先ほどのヘビの長さのちょうど半分くらいのヘビが二匹。
こいつ、分裂するタイプだ……。
こういうタイプの倒し方のセオリーは、分裂が不可能なサイズまでバラバラにしてからさらに倒すこと。
つまり敵の数は増え続ける。
しかし、一体一体の戦闘能力は低下していくので、普通に攻撃を加えていれば結果的に戦いは楽になっていくはず……。
はずなんだけど……こいつさっきまでが長すぎたからなぁ……。
私が的と言うだけあって、正直今の分裂した後くらいの方がちょうどいい長さに見える。
むしろ、まだ長いかも。
これは、しばらく苦戦しそうね……。
これがちょうど半分じゃなくて、片方だけ短いとかならそっちから倒していくんだけどなぁ……。
本当に上手く半分にしてしまった。そういう意味で出来過ぎた。
「こういうのはとにかく攻撃あるのみね……」
「同感~。でも、マココさん以外それも結構難しそうなのよねぇ……」
アイリィが目の前にいるヘビと対峙しつつ言った。
彼女の槍は長いけど、それでも飛び道具であるブーメランには射程で劣る。
攻撃範囲が敵の炎の熱を喰らう範囲に被っているんだ。
「マココはんはもう一匹の方を一人で頼むで! こっちは三人でもどうなるかわからんわ!」
ベラが柱から柱へ、ムチで移動しながら叫ぶ。
「ううっ……目以外の部分も符が燃えて十分なダメージを与えられません……」
すでに攻撃を再開しているユーリが嘆く。
お符と炎の相性はとことん悪いようだ。
確かに三人でも勝てるかわからない状況。
私の立ち回りが重要になってくる。
「わかったわ! さっさとこっちは片付けるから、なんとか耐えて!」
二匹のヘビの内、片方をバラバラにしきってまず倒そう。
クロッカスの意志がなくとも『邪悪なる大翼』は高威力の武器なんだ。
正面からでも十分にゴリ押していける……はず!
そうと決めれば攻撃開始だ。
私の標的は柱に絡まっている。
こちらには本来頭部がなかったので、切断面から新たな頭部が生えてきていた。
「悪いけどその生えたての頭を真っ二つにさせてもらうわ!」
私はブーメランの投擲体勢に入る。
ヘビは先ほど切られた事を学んでいるのか、投げさせまいと口から炎を吐き出してきた。
そう言う攻撃もあるのね。
しかし、関係ない。
私はそのままブーメランを投げた。
ブーメランは炎をかき分け、ヘビに迫る。
今度は上下に真っ二つにしよう。
細くなればその分パワーも落ちるはず!
ガギィィィィィィ!!!
何か硬い物と硬い物がぶつかる音が聞こえた。
一つは『邪悪なる大翼』で間違いない。
問題はもう一つ……。
「……牙は普通に硬いのね」
ヘビのキバだ。
目と同じく白熱したキバが口から覗く。
それは衝突の衝撃でボロボロになっている。
強度自体は『邪悪なる大翼』の方が大きく勝っていたようね。
しかし、勢いはかなり殺されてしまった。
ブーメランは大蛇の体を切り裂くことなく手元へ戻ってきた。
「負ける気はしないけど、速攻とはいかないわね……」
焦れば私も致命打を喰らう。少し慎重さも必要だ。
パーティのみんなには悪いけど、なんとか頑張ってて……!




