Data.54 炎柱の広間
◆現在地
ヴォルヴォル大火山洞窟:地下9F
「ふふっ、あたしのムチも冴えわったるで!」
ベラが両手でムチをひっぱり『パシィ!』と大きな音を立てる。
「えー、硬いモンスターにはほとんど通用してなかったように見えるけどなー」
「……」
アイリィとユーリがそれとなく訂正(と無言の訂正)をいれた。
これでもベラの単体の戦闘能力は上がっているんだけど、ガチガチの戦闘向けに成長してきた私たちよりはどうしても劣ってしまうのは仕方ない。
「ちぇー、そこまでハッキリ言わんでもええやろうに~」
ベラもその事は理解しているようで、特に気にする様子はなく笑顔を見せている。
「それにしてもマココはん。あんまり戦ってへんどころか、ずっと無言やったけど大丈夫でっか? どこか調子が悪いとか?」
おっ、流石しゃべりが得意なだけあって人のしゃべりにも敏感ね。
クロッカスのテレパシー(?)は他の人には聞こえていないようだ。
そして私もテレパシーで答えを返していたため、周りから見ると真顔で突っ立ている女になっていた。
「いや、別にどこも悪くないわよ。ただ、クロッカ……この黒いブーメランとお話ししてただけ」
別に隠したり誤魔化したりする必要もないと判断し、今起こったありのままの事実を伝える。
三人は一瞬『え? この人大丈夫?』みたいな表情を見せたが、すぐに『あの出来事』を思い出したようで、普段の表情に戻った。
「ど、どんなことを話してはったんですか?」
ベラが興味津々に食いついてきた。
「うーん、世間話……」
間違ってないのよね……。
本当にこの世界の世間の話をしていた。
とはいえ、これで納得してはくれないのは確かなので、さらに詳しく話すとしましょう。
「何から話せばいいかな……。とりあえずこの黒いブーメラン『邪悪なる大翼』に宿るスキル【悪魔の悪戯心】によって生み出された人格? それのことを『クロッカス』と呼ぶことにしたわ。みんなも今度話しかけられたら気軽に呼び捨てにしていいと思う」
「話しかけられるって、えー、テレパシーみたいなぁ?」
アイリィは少し不思議そうに尋ねてきた。
「うん。今も私にしか聞こえないように話しかけてきたからテレパシーみたいなもんじゃないのかな。そういえばどのくらいの距離までそれが届くのかとか聞いときたかったわねぇ……」
「今はお話しできないんですか?」
今度はユーリが質問をする。
彼女に特に変化は見られない。
「そうなのよ。なんか力をためて変形するらしいよ」
「変形!?」
……驚かれるのも無理ないわね。
冷静に考えると結構めちゃくちゃなこと言ってるし。
これは統括管理AIとかサーバーの事は話さない方がいいかな。
てか、私も上手く説明できる気がしない。
ということで、みんなにはクロッカスの事を中心に説明をする。
数分後――。
「はえ~、そこまで馴れ馴れしく話しかけてくる武器があるなんて驚きですわ。これも最新技術のなせる業ってことやな。……よくわからんけど」
「お話しできる特別な武器ってロマンよねー。まっ、クロッカスって子はかなりやんちゃみたいだけどぉ」
「暴走……侵食……。その理由は自由にこの世界を動き回りたいから……。でも上手くいかなかった。だから力をためて変形する……。ふむふむ、スジは通ってますね……」
『そういうもんか』といった感じで受け入れているのがベラとアイリィ。
割と真剣に考えているのがユーリだ。
そのユーリが再び口を開く。
「ここまでいろいろ出来てしまうAI……というか知能体でしたら、もしやマココさんのリアルの体を乗っ取って、リアル世界に出ることを画策してそうですね……。恐ろしい……」
うおっ、いいとこ突いてくるわね……。
『実はその通り!』とは言えないので、適当に相槌をうって返しておいた。
この話題はこれくらいにして、本題に戻らないとね。
忘れかけてるけど暑いのよ。このダンジョン。
「まあ、とにかく! 一応暴走の問題は解決したから、次のボス戦には普通に参加するわ。そのつもりでよろしくね。さっさと行きましょ。やっぱ暑いし、ここ」
赤いダンジョンフェアリーの話だと、次階層の10Fがこの『ヴォルヴォル大火山洞窟』の最終階層なのだ。
特別な例を除いて、基本ダンジョンの最後にはそのダンジョンで最もレベルが高いボスモンスターが待ち受けている。
このダンジョンのモンスターの最高レベルは『45』。
今まで戦ったモンスターの中で最も強大だったドラゴンゾンビのレベル50には及ばないけど、それでも厄介な奴が待っている事は間違いないだろう。
「せやな! マココさんが普通に戦えるなら百人力や! 今はそのクロッカスとかいうのの言葉がほんまやと信じて、存分に力を発揮してくれればボスの撃破確率も上がりますわ!」
ベラは私の考えを察してくれている。
暴走やあの乗っ取りの謎を抱えたまま戦うよりコンディションは良い。
それはパーティのみんなも同じのはず。
今はまず攻略を進めるべき。
「そうねぇ。ここでもたもたしてると様子見してた後続のプレイヤーに追いつかれる可能性もあるしぃ。不安要素が取り除かれたならさっさボスぶっ倒して、このダンジョンから出るべきよね~」
アイリィも思考を『戦闘』に切り替えたようね。
「……ううん。いろいろ気になりますけど、皆さんの意見が正しいですね」
ユーリはかなり『クロッカス』のことが気になるようだけど、その気持ちを抑え、手に符をとった。
「じゃあ、最終階層に突入!」
私の掛け声とともにみんな転移の魔法円に乗った。
よくボスフロア前にいるちょっと強いモンスターも、三人の手によって倒されている。
みんな強いわね。私、戦力的にそこまで必要かしら?
……なんてね。
一応このパーティの中じゃ単純戦闘は一番強いかなと思っていたりする。
ならば先陣を切ってボスに挑むとしましょうか!
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◆現在地
ヴォルヴォル大火山洞窟:地下10F(最終階層)
そこはいつものように広い空間ではあった。
しかし構造は少し……いや、結構大きく違っている。
まず空間は地面を綺麗にくりぬいたような球体だ。
その中央には大きな円盤状の足場があり、私たちはその足場の中央に転移してきた。
「なんやこの足場……いろんなところからめちゃくちゃに柱が伸びとるで……」
ベラが驚きを口にする。
私を含め他のメンバーも似たような感想を抱いていると思う。
今いる足場は球体の空間の下から上へ、斜めにいくつも伸びている岩石の柱によって貫かれ、支えられているようだ。
柱はいくつもあり、そしてところどころ交差している。
さながら歪な網の中に捕えられているような感覚ね。
「みんなみんな、こっち来て見てみ。この足場の下にも空間があるわぁ。下手すりゃ落っこちちゃうかもね~」
臆することなく足場の端に移動し、下を覗き込むアイリィ。
私もそれにならい、下を覗く。
……ふむ、落ちたら無条件でデスするほどの高さじゃないわね。
多少のダメージはありそうだけど、柱を上手く飛び移りながら登れば足場への復帰も容易に見える。
柱は大体ななめ45度くらいの傾きだ。
ゲーム内の身体能力ならば戦闘中に足場として使用して、立体的な戦いも出来るかも……。
そんなことを考えていると、柱の一本が燃え上がった。
「おわっと!」
自分から遠い柱だったとはいえ、突然のことに驚き私は声をあげた。
その柱の炎はドンドン周りの柱へ燃え移り、空間の一部が炎で満たされる。
「なんやなんや! このまま燃やされて終わりとかか!? 罠やったんか!?」
「それは流石に不条理すぎないでしょうか……」
私もそう思う。
この世界はそういう単純な不条理はあまりない。
これはおそらくボスの登場演出だろう。
もうボスも結構な数相手にしたからね~。慣れてきてるよ。
さっき炎に驚いたのは忘れておこう……。
私の予想通り、炎は少しずつ小さくなっていた。
いや『細く長くなっていった』が正確な表現ね。
それは炎で構築された体で柱から柱を這い回る。
そういう事ね。
この多くの柱はプレイヤーじゃなくてこいつの足場なんだ。
「シャアアアアアァァァァァーーーーーッッ!!!」
独特の鳴き声、鋭い眼、長い舌と体……。
炎を纏う……いや、体そのものが猛火の大蛇<フルフレイムサーペント:Lv45>。
『証』の入手を阻む大敵が立ち塞がる。




