Real.2 グリードスパンキーの計画
「ふー! 編集作業がやっと終わったぜ……。アイリィの奴はいつもパパッと終わらせちまうんだが、ツールのサポートを受けても俺一人じゃ手こずっちまった」
それも今回は大した編集をしていないのにだ。
そのままでも迫力の映像だからな。
下手なテロップやSEは逆効果だ。
「スリッパー! そっちは何かいい情報があったか? 俺らしばらくイベントに参加できねえから、相当いいネタ掴まないと注目度ガタ落ちだぜ。まあ、しばらくはこの戦闘動画で持つだろうけどな!」
俺は同室のPCデバイスで掲示板などの情報をチェックしているスリッパーに声をかける。
ここは俺たち『GrEed SpUnky』のシェアハウスの一室だ。
PCデバイスを使った仕事はここでする。
ちなみに俺たちはリアルでもそれぞれの『芸名』で呼び合う。
これは仕事への熱意とか真剣さを……なんて前時代的な精神論ではなく、撮影などの本番中に思わず本名を口走らないためだ。
流石にこの時代でも、いやこの時代だからこそ個人情報のばら撒きはマズイぜ!
特に俺らは人気な分、嫌ってる奴もそれなりにいるからな。
「どうしたスリッパー? 無いなら無いでいいんだぜ? そんな良いネタがネットに転がってる事は少ないからな」
俺はとびきり甘く作った紅茶を飲みながら、スリッパーが見ている画面を肩ごしに覗く。
「リーダー……これ……」
「えっ、なになに……」
俺はスリッパーが指差した部分を見る。
パッと見、それは最大手のネット掲示板のカタログ部分だった。
多くのスレッドが勢い順に並んでいる。
俺も暇なときに良く見るぜ。俺の話題のスレをな。
「なんだなんだ。もう俺がマココさんと戦った事が話題になってるってか? なら早く動画をアップしないとな! エンコードがまだ終わらねーけど」
この時代、個人がアップロードできる動画の容量も増えたが、その分映像技術も進歩して容量がデカくなってる。
結果、ある程度の動画サイズの圧縮は必要なのだ。
「違う……その話題以上に伸びてるスレがある……」
「なにぃ!!」
おいおい!
トッププレイヤーの『マココ・ストレンジ』と『GrEed SpUnky』のリーダー『ヴァイト』のガチ戦闘だぜ!?
まだ戦闘終了からそこまで時間もたってないのに!
はっ、確か『何かしら』の暴走シーンは黒い旋風のせいで外から見えなくなってたよな?
それのせいで、気づいたら俺が吹っ飛んで負けてたことになってるのか!
決着の過程がわからなければ、そりゃ盛り下がるよなぁ……。
まあ、それはいい。
逆に考えれば、その黒い旋風の中の一部始終を映した俺の動画の価値が上がるって事だ。
それにしても、この話題を抜き去るネタってなんだんだ……?
「スリッパー、そのスレ何で盛り上がってるかわかるか?」
「うん。これはハッキリしてる。これは荒れる」
いつも喋りの歯切れが悪いスリッパーが強く断言した。
これは相当だぞ……。
「そのスレ、見せてくれ!」
「うん」
席を空けてもらい、俺はそこに座ってデバイスを動かす。
そのスレタイは……。
「……やっとか。遅かったぐらいだぜ、フハハハハッ!!」
俺は思わず笑ってしまう。
強がりかもしれんな。
予想はしていたが、それよりもずっとおもしろい展開だ。
「他にも……水のダンジョンに向かう新ルートが見つかったとか……」
「ほー」
俺はそれも別ウィンドウで確認する。
ふむ……。
今まで『水底の大宮殿』に向かうには水の中を行く必要があるとされていた。
しかし、今回地上から行くルートが発見されたようだ。
それは『水底の底の抜け道』という海底洞窟を通るルート。
長い洞窟らしいが、モンスターはそれほど強くもなく、水中ルートより安全だとさ。
だが問題が二つ。
一つは一本道だということ。
その洞窟には分かれ道がなく、ただひたすら道なりに歩けば目的地に辿り着けるらしい。
何故これが問題なのか?
それは二つ目の問題のせいだ。
この『水底の底の抜け道』内部はイベントダンジョン扱いなのだ(だからこそ、この抜け道が宮殿に続いていると判明した)。
つまり他プレイヤーから攻撃を受ける可能性がある。
そうなると分かれ道で追っ手をまきにくい一本道はキツイということだ。
そもそもなぜそんな扱いなのか?
宮殿から抜け出すための道だから、そこもまだ宮殿の中って屁理屈か?
いや、管理AIに質問を送ればそんな答えを返してきそうだが、実際は違うだろう。
これは『スパイス』だ。
モンスターも弱い、地上なので戦いやすい、一本道で迷わない……。
これなら水中ルートを行く奴はいない。
バランスとりと言ってもいいかな。
しかし、この『スパイス』……刺激的過ぎる展開を生んだ。
せいぜい奴らは『塔』だけに仕掛けると思っていたが、甘かった。
「マココさんはログインしてるかな。リアルの連絡先交換しとけばよかったなぁ」
ちょいと話がしたいぜ。
まっ、あのシチュエーションで教えてはくれんだろうけど。
「アイリィはまだ戻ってこないか?」
「うん、まだ……あっ」
スリッパーがPCデバイスとはまた違うモニターを見る。
それはカプセル型フルダイブVR装置『淫魔の囁き』の使用状況や使用者の健康状態を表示するモニターだ。
にしても、なんで『淫魔の囁き』なんて名前なんだか。
淫魔の囁きは甘美だから、いくらでも遊べるってことか?
……まあ、ゲームを遊ぶための機械なんだから『いくらでも遊べる』ってのは良いんだが、なんかひねくれてるよな。
それのせいで性能が大して変わらない『処女神のゆりかご』にシェアで負けてると思うんだが……。
でも本体が黒色だし(アルテミスは白色のみ)、俺みたいなひねくれ者には一定の需要はあるか。
っと、そんなこと考えてる場合じゃない。
モニターの使用状況を見ると、全て『未使用』の表示が出ている。
つまり、アイリィもAUOの世界『フェアルード』からリアルに戻ってきたと言うことだ。
俺はその場でアイリィを待つ。
『淫魔の囁き』は裸で入るタイプだ。
普段もログアウトは俺とスリッパーが先に出て、一定時間後アイリィが出てくる。
出てきた時にカプセルの周りにいるとマジギレされるから要注意。
昔はそのくらいのこと気にする奴じゃなかったんだが、なんの変化だろうか。
「……戻ってきたわよ」
アイリィがいつもの部屋着で俺たちのいる部屋に入ってきた。
精悍な顔つきの女性だ。仕事が出来そう(実際出来る)。
ゲーム内ではなぜあのキャラメイクをしたのか、よくわからない。
実はアレが普段は見せない抑圧された本性だったり?
「何見てるの。もしかして体に異常でもある?」
彼女は真剣な表情で体をチャックする。
真面目な奴だ。なぜ俺について来てくれるのかわからん。
その気になれば、社会管理技術に関われるほどの人材だ。
……まあ、ありがたいがな。
「いや、あの後……何をしてたのかなって。ログアウトまで時間があったじゃん?」
「……何をするかの指令を与えなかったのは誰かしら?」
「す、すまん」
あいかわらずリアルではツンツンだが、これは機嫌のいいツンツンだ。
何か良いことがあったか?
「ふー、『ヴォルヴォル大火山洞窟』を地下5Fまでクリアして『ダンジョン手形』を入手したわ」
「おおっ、あのマココさんとベラさんが手に入れてたあれか! やっぱりショートカット用の証明書みたいなもんだった?」
「そうよ」
「そりゃ良かった! いやぁ、それにしてもあのお二人はすごいなぁ。俺との戦闘の後に、攻撃を仕掛けたチームのメンバーともう攻略しなくていい部分を進んでくれるんだから!」
「いや、あの二人じゃなくて、後から来たもう一人のお仲間さんと一緒に略したわ」
「あ……俺を倒した女の子か……?」
「そうそう」
「なんだって!? もう一人お仲間がいたのか!」
「あんた入り口で見てるはずなんだけど! これからアップロードする動画の反応しか気にしてなかったでしょ!」
「そ、そうだっかな?」
そういえば青髪の女がいたような……そうでないような……。
「まったく、あの存在感を放つ子を見逃すとかどうかしてるわ」
「ごめんごめん。で、どんな子だったんだ?」
これ以上のお怒りを避けるため、話題を先に進めよう。
「そうねぇ……初めは歯切れの悪い話し方で、スリッパーみたいな内気な子だと思ったわ」
「俺……あんなにかわいくない」
「そういうことじゃなくてねぇ……。というか、有無を言わさずキルされたのにかわいいって言えるのね。まあ、見た目は確かに美しかったけど」
「それでさ」
「はいはいわかってる。あの子は自分に力があるのをわかってて、それをあえて抑えてるタイプね。スリッパーは自分を過小評価した結果、自信のない振る舞いになってるけど、あっちは自分の意思で自信のなさそうに見せかけてるというか……」
「本質を隠そうとしてるって感じか」
「そうとも言えるわ。でも、ところどころ出てくる。戦闘が厳しいものになったりすると、動きが変わる。私がミスって危なくなった時に必死に庇ってくれたこともあった」
「逆にいえば戦闘中に仲間の状況を把握し、素早く庇えるほどの余裕を残している……か」
「それでいて変なのは『回復』が得意でないこと。AUOは同じジョブでもスキルが違ったりするけど、『巫女』が回復系のスキルを覚えやすいのは確か。あえて、それを無視して他のスキルを育ててる可能性大よ。私の予想では、彼女は戦闘特化型」
「アイリィを回復したくなかったとかは……」
アイリィが俺をキッと睨む。
余計なことを言った。
「私のことが気に入らないなら、ピンチで庇ったりしないでしょ。ここまでの分析をまとめると、あの子……ユーリ・ジャハナは実力を隠し持ったプレイヤーで、感情を表に出すことを良しとしない」
「隠す……力をねぇ……。感情……心……表に出さない……。ふーん、何にせよまたすごいプレイヤーと知り合えて良かった良かった! 引き続き頼むよ、アイリィくん!」
俺は彼女の方をポンポンと叩いた。
「私はこのままイベントの攻略?」
「ああ、マココさん、ベラさん、ユーリさん、そしてアイリィ。この四人……場合によっては足りないかもしれないけど、頑張らないといけなくなった」
「っ! ついに奴らが動き出したのね」
「あぁ、沈黙を貫いてきただけあって、なかなか派手なお出ましだ」
俺はPCデバイスに映る掲示板のページを更新する。
そこには先ほどと同じスレ……パート数だけ恐ろしく進んだ同じ話題のスレが依然トップ立っていた。
「このゲームにおいてはその注目度、あやかりたいねぇ。なぁ、シャルアンス聖騎士団の皆さんよぉ……」
そのスレタイは『【悲報】シャルアンス聖騎士団ダンジョン封鎖wwwwwwwww☆32』。




