Data.49 エンターテイナーの流儀
ヴァイト視点(少しベラ視点)です。
マココの実力は予想以上だ。
ブーメランという武器は、ゲームにおいて同時に複数の対象に攻撃できる代わりに一体一体への威力が低いというのが一般的だ。
そして、俺が今まで見たブーメラン使いは大体それを理解した立ち回りをしていた。
メイン火力にはなれず、雑魚を効率的に狩りパーティの進軍をスムーズにする『サポート』に近いポジション……それがブーメラン使いだ。
彼女も一番のネックである火力を補うために『赤き龍』のスキルを発現させたと考えている。
つまり、そのスキルにさえ注意していれば、俺の【悪魔の魔翼】で大体の攻撃は防げる。
攻撃を防げれば、後はたまに喰らったり喰らわせたりでバトル展開をコントロールし、どこかでお互いの見せ場を作ってあとは俺が勝つ。
こんな感じの段取りだったんだが、あの黒い翼のブーメランが想像以上にヤバいね。
ネームドモンスターのドロップ品だから、警戒はもちろんしていた。
しかし、アレは俺の想定の上をいく。あそこまで高性能な武器は初めて見た。
攻撃、耐久、スキルの豊富さ……。
どれをとっても今現在、他プレイヤーが使っている物より上だ。
さっきから表情には出さないようにしてるが、【悪魔の魔翼】を纏った部分で受け止めても痛みがはしる。
本当に規格外な代物だ。
何より今この瞬間、また信じられない現象を引き起こしているのだから。
俺はエンタメ運がいいなぁ。
この光景はおそらく誰も見たことがない。その現象の中心にいる人物さえもだ。
今、マココは黒く染まっている。
背中には本物の翼の様にあの黒いブーメランが貼り付いている。
黒い翼を中心に装備が黒く染まり、その雰囲気が塗り替わっていく。
いったい、なんだこれは?
それを解き明かしてみんなに届けるのが俺さ。
「マココさん! なかなか派手なイメチェンじゃないですか! そんな奥の手隠してたんっすね! 私も翼の秘密を教えたワケですから、少しぐらいこちらにその黒いブーメランの秘密を……」
「DustDevil!」
俺の言葉など耳に届いていないかのごとく、彼女はスキルを発動した。
それと同時に、彼女自身がくるくるとその場で回る。
すると、その回転を中心に黒い旋風が起こり、凄まじい早さで巨大になっていく。
とっさに翼で全身を覆い、その黒い旋風を受け止める構えをとる。
風はそのまま俺を飲み込み、数秒間暴風に晒されただろうか。
不意にその圧力が無くなった。
翼を元に戻すと俺は旋風の中心……つまり、無風状態の場所にいた。
目の前にはマココ。四方は黒い風がいまだ凄まじい速度で回転している。
この状況は金網デスマッチならぬ、旋風デスマッチか?
「入ってくるときの旋風は弱めておいてやったぜ。それで死なれても面白くないからなぁ」
マココが喋っている。
声も彼女で間違いないが、違うな。中身が。
しかし、そうなると一体誰が……。
……黒く染まる体。
『黒い翼のブーメランに心を乗っ取られている』と考えるのが自然なのか……?
流石の俺もこの状況はワクワクより困惑が先にくるぜ……。
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黒い旋風はヴァイトとマココはんの二人を飲み込んで、そのまま位置と大きさをキープしている。
黒い風の壁で、意図的に外部の視線や邪魔を排除しているみたいや。
「あんたのお仲間ヤバいわねー。うちのリーダーもアレだけど、ここまでじゃないよ…いや、同レベルかなー」
「あんなん普段のマココはんやないで! 基本的に優しくて落ち着いた人や! 直感やけど、『邪悪なる大翼』の【悪魔の悪戯心】ってスキルに意識を乗っ取られとるんや!」
「意識を乗っ取られるって……それゲームとしてどうなのよー。そもそもそんなこと可能なのぉ?」
それは実際気になるところや。
意識を乗っ取るような技術がホンマにあるんか?
プレイヤーに五感や痛みを感じさせるのとは、またレベルが違う気がするけど……。
まあ、どちらにせよ……。
「この世界で『ゲームとして』なんて言葉は通用せーへんってことや! ええか悪いかなんて知らん! やっぱ『乗っ取り』という考えがあたっとる気がするわ」
そうなると、イスエドの村のばーさんが言ってたことを思い出す。
『抑え込み過ぎてはいけない。かといって放っといたら調子に乗っていく。対等な関係を心がけるこったね』。
抑え込み過ぎてはいかんのはすぐわかった。
使うたびに砲弾ぶつけて撃ち落としとったら、そりゃ仲良くなれんからな。
しかし、ほっとくと調子に乗る……。
マココはんはよくブーメランを撫でたり、かまっていたイメージがあるんやけどなぁ。
いや、今回は『邪悪なる大翼』を甘やかし過ぎたのかもしれん。
『頼りすぎ』ともいえるな。
その結果あのブーメランは『やったろか!』と調子にのっているんや。
あいかわらず悪い奴ではないんやけど、何ともまだ持ち主と心がすれ違っとるわ。
「ここまでわかっても、あたしにはどうすることも出来へんがな……」
この黒い旋風を突破する防御力も、相殺する攻撃力もあたしにはない。
ほんま無力や……。
「マココはん! 自力で何とかしてやー!!」
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DustDevil……。
日本語に訳すと『塵旋風』という意味にもなる単語だ。
そしてマココは【塵旋風】というスキルを使っていた……。
この事から、スキルも黒に侵食されて強化されてる可能性が出てきたわけか。
うーむ、今の俺の体で見せ場を作れるかな?
まぁやるんだけどな。
「うおおおおおぉぉぉぉーーーーッッ!」
黒に染まる前までは想像できなかったような叫び声をあげ、マココが突撃してくる。
その背中に背負われたブーメランは翼本来の役目を果たし、飛行推進を可能としているようだ。
そして、驚くべきは手に握られた武器。
先ほど俺が壊して「やっちまった……」と思っていた折り畳み式のコンパクトなブーメランなのだが、黒に染まりひびも無くなっている。
これで武器も修復、強化が可能であることが判明した。
もう勝てそうにないな!
しかし、エンターテイナーとして最後まで自分の見せ場を模索しようか。
とりあえず右腕に【悪魔の刺撃】っと。
俺はリラックスしてマココを迎え撃った。
相手の動きは速いのなんの、そのうえ威力も上がっていそうだ。
避けるのがやっと……あれ?
なんだかマココの動きがぎこちない。
コンパクトなブーメランを得物にしているのに、大振りで無駄に隙を作っている。
すかさずその隙に攻撃を加えていく。
「ぐぁ……っ! ええい、ちょこまかと……」
直撃でも【悪魔の刺撃】の刺さりが浅い。
防具も強化されているようで、硬いだけでなく自動修復機能まである。
しかし、ダメージは入っている。
そしてあいかわらず動きがあやしい。
……これ、楽勝だぞ?
俺は相手が勝手に作り出す隙にシンプルなパンチやキックを入れていく。
何というか『プロ格闘ゲーマーが使う弱キャラ』と『操作がわからない初心者が使う強キャラ』の対戦のようだ。
性能は俺よりあちらの方が数倍上だ。
もし黒くなる前の『マココ』があの性能だったら、俺は3分で殺されていただろう。
しかし、操作がおぼつかないなら性能差は大して意味をなさない。
『わかってる奴』にボコられるだけだ。
「くうっ……何故上手く動かせないんだよ……」
「許可なく勝手に使ったからじゃね? 体をさ」
やはり、『マココ』の奥の手ではなく『何かしら』の暴走だったのだろう。
黒い旋風を維持する魔力も無くなったのか、少しずつ風の渦巻くスピードが弱まっている。
トドメをさす頃合いだな。
しかし、雑魚をボコって終わるのは戦いの〆としては最悪。視聴者も興ざめだ。
だから、ここで一つ派手な技で誤魔化すか。
爆発オチみたいなもんだ。
「ではこれにてトドメ! 悪魔蝙蝠の噛砕!!!」
両方の翼を切り離し、それを巨大なコウモリ型へと変化させる。
【悪魔の蝙蝠】とは違い、本物のコウモリのような動きはしない。あくまでカッコいいエフェクトだ。
さらに『噛み砕く』とは名ばかりで、やることは超スピードで追尾効果アリの突進だ。
見た目のカッコよさ、ネーミングのカッコよさ、性能を全て求めた結果こうなった。
「愚かな人間を噛み砕け! 悪魔の眷属よ!」
決め台詞と共に俺は【悪魔蝙蝠の噛砕】をマココへ向けて放った。
その瞬間、俺は間違いに気付いた。
『何かしら』の魔力が尽き、弱っている瞬間は俺にとってチャンスではない。
むしろ危険すぎる。何故なら……。
「昇龍回帰刃!!」
『マココ』が戻ってくるからだ!
俺の放った【悪魔蝙蝠の噛砕】は【昇龍回帰刃】にアッサリ飲み込まれ消滅。
それだけでは相殺にも至らず、そのまま俺も紅き龍の餌食となった。
……いやぁ、良かった!
あのオチじゃ弱いと思ってたし、本来の目的である紅き龍も見れないままだった!
これなら攻撃を無理に仕掛けた俺が成敗されて物語として収まりも良い。
さらに最近人気になった俺のことが気に入らないけど気になっちゃう素直じゃないファンも俺のボコボコシーンが見れてニッコリだ!
いい映像が撮れた……これは伸びる!
流石マココ!
さすマコ!
いやマココ・ストレンジ!
またの名を『純情の乙女心』!
やっぱり持っているお人だ!
俺は大ダメージをくらい死亡状態になり、そのうえボディの原型が残らなかったので、蘇生不可とされリスポーン地点へ強制送還される間も満面の笑みを浮かべていたことだろう!




