Data.47 GrEed SpUnky《グリードスパンキー》
GrEed SpUnky。
直訳すると『greed』は『欲張り、強欲、貪欲』。
『Spunky』は『勇気のある、元気な』となる。
うーん、あんまり組み合わせてほしくない単語よねぇ……。
これが彼らを表す言葉ならば、絡まれるとめんどくさそう。
もう遅いけど。
「……で、何してる人たちなんですか?」
決めポーズが解除されそうにないので、こちらから話を切り出す。
「こ、この自己紹介を聞いても思い出さないとは……本当に我々のことをご存じないようだ……」
リーダーの男は露骨にガッカリしている。
後ろ二人はどうでもよさそうだ。
「『何をしているか』と聞かれれば、うーん『何でもしている』と答えるのが正しくなってしまうのが、ツライところっすなぁ。本当にいろいろ」
「説明下手か! あたしの喋りを止めてまでやったのがけったいな決めポーズだけかいな。もうこっちで話させてもらうで!」
「……致し方ない。あなたにお譲りしよう」
譲るんかい!
エンターテイナーなら、知らない人にも具体的な活動を説明できるようにしとくべきではないのかな?
「マココはん、こいつらはさっきも自分らで言ってた通り、エンターテイメント集団なんですわ。活動場所は主にインターネットの動画サイトなんやけど、実際その活動範囲は多岐にわたりますねん。『何でもしている』というのはあながち間違いじゃあらへん。具体的に説明できんのはアカンけどな」
「我々も初心を忘れていたようです!」
「その活動って何やってるの? やったことを動画サイトにアップしてるのはわかるけど」
「斬新さと話題性だけがウリの新作お菓子を真っ先に食べてみたり、新たに考案されたアクティビティに首を突っ込んだり、新しいゲームやおもちゃを発売日に遊んだり……。とにかく人の『好奇心』が集まりやすい『流行り物』に関わって注目を集めてる奴らですわ」
「割と昔からいるわよね、そういう人」
「せやな。でも、この時代になってクリエイターが増えたから、その分生み出されていく物も増えた。結果的に個人でそのすべてを知り、どれを楽しむか選ぶのは難しくなったんや」
「それで、新しいものにどんどん触れて紹介してくれるこの人たちが人気になったのね」
「理屈はそやけど、同じこと考える人間がぎょうさんいる中で、こいつが人気になったんは……」
ベラはそこで言葉を区切り、リーダーの男を見る。
「わかりやすいご説明ありがとうございます。そこからは私が……オホン!」
その男はツンツンと立った短い黒髪に、細身の黒いスーツ一式でまとめていて、非常にスマートな印象を与える。
目もキレ長で力強い。
「そういえば私の名前をまだ言っていませんでしたね。私はヴァイト。GrEed SpUnkyのリーダーにして、今一番勢いのあるエンターテイナーと思ってくださって構いません。あっ、ちなみにこの顔は現実に似せてますので、ログアウト後に『GrEed SpUnky ヴァイト』で検索していただいたらこの顔が出てくると思います。てか、出てきます。エゴサーチはよくするので」
ヴァイトはうやうやしく礼をする。
顔を似せているから、ベラもすぐ正体に気付いたのか。
なんというか、すごい自信ね。
「人気の秘訣はやはり『行動力』でしょうか。平凡な人間ならためらってしまうような事をまずは『やってみる』。これをモットーにしているので、同業者より一歩先を行けるというワケです!」
彼は両手を広げて高らかに宣言する。
動作の全てがどこか芝居がかっている男だ。
「おっと、これではまるで私一人で人気を維持しているように聞こえますね。失敬、素晴らしきファミリーも紹介しましょう!」
ヴァイトはまず槍使いの子を両手で示す。
「こちらはアイリィ。普段は裏方で撮影した動画の編集や公式サイトの管理などをやっている者です。頭が良く、特にデバイスのソフトウェア関係には素晴らしいもの持っています。しかし、リアルでは人と話すのが少し苦手で……あいてっ!」
アイリィが槍の刃が付いていない方でヴァイトを突っついた。
彼女の顔からは怒りを感じる。
「……とまあ、こんな感じです。次にこっちの大男がスリッパ―! こう見えて手先が器用で生産系スキルも持っています。巨体とその一撃必殺力はサブウェポンというか、ハッタリというか、本当の戦闘力を隠すカモフラージュです」
「どうも……」
大男スリッパ―は小さく頭を下げた。
「彼は大道具や撮影機材担当です。リアルでも手先が器用で体が大きい……いや、今のこの姿ほど大きくはありませんけどね、はははっ! あとはデバイスのハードウェア面に強いです。しかし、彼は人と話すのが苦手ではないのですが、動きがマイペースでしてね……。辛抱強く待ってあげることが彼の力を引き出す『鍵』です」
「長いなぁ……あんたの話を聞くのにもなかなか辛抱いるで。んで、結局何をしに来たんや? あたしらの事をターゲットと言っとったけど」
「いやはや、別にあなたはターゲットではありませんよ……ベラ・ベルベットさん。正しくはあなた単独にはそれほど興味がない」
「なんやて!」
ベラにはこれが少しカチンときたようだ。
少し顔を赤らめて叫ぶ。
「おっと、そう怒らないで。興味がないと言ったのは、私個人の意思ではありません。世間の意思です。あなた単独の戦闘スタイルはそれほどでもない。ムチ使いにしてももっと強いプレイヤーがいる。つまり、エンタメとして弱い。驚きが少ない。もちろん仲間モンスターと一緒ならば全く逆の評価になりますが」
「くっ……」
「今回のターゲットはあくまでもマココさん! あなただ! ドラゴンゾンビを討伐し、またイベントでも先頭を走るトッププレイヤー! その黒い巨大な翼の威力とは!? 腐りし竜を喰らった紅き龍の正体とは!? そして、あなた自身の真の実力とは!? 誰もが気になる! 知りたいのです!」
「興奮するとこれだよー」
「ちょっと……騒がしい……」
「何故ここに来たのか! それはシンプルだ……。マココさん、あなたと戦いに来た!」
予想外の出来事から始まったこの流れは、予想通りのところに収まった。
要するに危惧していた『私を利用した売名行為』だ。
まあ、この人たちは初めから名前が売れてるから、少し違うかもしれない。
世間的には私の方が知名度ないだろうし。
「戦ってマココはんに何の得があんねん!」
ベラがすかさずツッコむ。
理由は理解できたけど、つきあってあげるかといえば『NO』だ。
もうすでにいろいろめんどくさい。
「得っ! それは私を倒せば、私のことを気にせずこのダンジョンを探索できることです! このダンジョンはプレイヤーを攻撃してもOK! スルーされたら寂しくて攻撃してしまうかもしれません!」
まあ、そう来るだろうね……。
「しかし! 私とマココさんが1対1で戦っていただければ、他の2人は手を出しません! それに私を負かしたなら、このダンジョン攻略までお供にこの2人をお貸しします!」
「はぁ?」
「自分……勝手……」
「アイリィはこう見えて回復系のスキルも持っています! 人見知りに見えて、人のことを気にすることが出来る優しい子です!」
ヴァイトは2人を気にせず話を続ける。
「いろいろ条件を付けても、その約束を守るという確証があらへんで!」
「そうね」
ペラペラしゃべる奴には、舌の回るベラだ。
黙っていても私の言いたいことを言ってくれる。
でも一応、反応はしておこう。
「私がルールを破った際には、その動画を晒していただいて構いません! この手のゲーム、もちろんAUOにも自動録画機能がありますので、こんな感じで普通に話しているシーンもいろんな角度で取られていて、それを後から自由に保存可能! ……これは知ってました?」
「それは流石に知ってるわ」
「流石ベテランゲーマー様。失礼な質問でした」
私の昔も知っているのね。
なかなか勉強家でもあるようだ。
「いいわ、その勝負受けて立つ。その代わりさっき話した約束は守ること。私が負けてダンジョンに入れなくなってもベラには手を出さないこと。いいわね」
「もちろん! 『GrEed SpUnky』の名に誓って、約束をたがえることはございません」
「マココはん大丈夫でっか?」
「大丈夫よ。変なことしたら晒して燃やす」
私は『邪悪なる大翼』を構えて一歩前に出る。
「はは……こわいこわい。人気という『木』を育てるのには何日も掛かりますが、炎上すれば一瞬で消えてしまう事もあります。特に私たちなんか最近人気が加速してるんで、その分火種を待っている人もたくさんいるワケですよ」
「木は燃えたら終いやけど、人気は伸びるかもわからんで」
「ふふふ……そんな低レベルな芸で伸びる段階はとうに越えているのですよ」
不敵な笑みを浮かべるヴァイト。
まあ、今人気の絶頂にある人間が炎上芸で得る物はないだろうから、約束を破るとは思っていない。
問題は……彼の強さだ。
「あなた、武器は使わないの?」
「えっ、ああ……そういえば俺の武器はどこへ?」
ヴァイトは洞窟内をキョロキョロと見渡す。
「あー、ヴァイトの鎌はあそこー」
アイリィが示した場所は洞窟の壁際だった。
確かにそこには巨大な鎌が地面に突き刺さっている。
「飛ぶ時に邪魔だから中に運んどいてとは言ったけど、あんなところに突き刺しとくことないだろう? ダンジョンの壁や床は硬いから、刃が傷ついてしまうかも……」
「でも戦闘中に無用の長物を持っとくわけにはいかないしー」
私はヴァイトが鎌を取ってくるまで待つつもりだった。
しかし、彼が動く気配はない。
「別に武器ぐらい取りに行っていいのよ?」
「いや、どこにいったのか確認したかっただけです。どちらにしろ、あれではあなたの武器は受け止められない……」
その言葉と同時に、ヴァイトの背中から黒い翼が生えてきた。
大きい。畳めば全身を覆ってしまえそうだ。
「さぁ、戦いを始めましょう!」
「望むところよ!」
私はいきなり間合いを詰め、一撃でヴァイトを斬り伏せにかかる。
動画映えや尺などこちらは気にしない。
あの翼で飛び回られたらブーメランを投げなくてはいけなくなる。
『邪悪なる大翼』を投擲するのはまだまだ不安だ。
……とはいえ、一度の暴走で気にし過ぎかな。
もう一緒に戦い始めて長いし、もっと信用してあげる時なのかも。
「その勇気は素晴らしいっ! 翼を見たら飛ぶと思いますもんねぇ! しかぁし!」
ヴァイトは右手を掲げると、そこに黒い翼の右翼を巻きつけた。
すると、一瞬で右腕がドリルのような形へ変化する。
スキルでできた翼は普通の翼とはいろいろ構造も違うようね。
でも、それごとぶった切る気持ちでいく。
「ハァッ!」
「悪魔の刺撃!!」
黒い翼のブーメランと黒い翼のドリルがぶつかる。
黒い火花を撒き散らし、激しく音を立てる。
向こうの力も強い。
気を抜けばこちらが弾き飛ばされて体勢を崩す。
そうなれば終わりだ。
「……くっ!」
「おっと……」
攻撃の威力に驚いていたのはヴァイトも同じようだ。
ほぼ同時のタイミングで武器を引き、お互い距離を取る。
「『邪悪なる大翼』でもぶった切れないほどの硬さがあるんかい……。あの翼には!」
「リーダーの一撃で貫けないなんて流石ネームドモンスターが遺した武器ねー」
お互いの外野もほぼ同時に感嘆の声を上げる。
「へぇ、そのブーメランは『邪悪なる大翼』っていうんですか。なんか親近感湧きますねぇ」
ヴァイトは右翼を元に戻し、両翼と両腕を大きく広げる。
「この翼は俺の進化スキルで【悪魔の魔翼】って、言うんですよ。さながら悪魔VS.悪魔といった感じですか? あっ、進化スキルって……知ってますよね! あの赤い龍がきっとそうだ! ぜひ見たいなぁ……」
この男のモットーを聞いた時、AUOの成長システムと相性が良いと思った。
普通の人間ならためらう事を試してみる。
この世界でも大事なことだと思う。
だから進化スキルは初めから持っていると思っていたけど、これほどまでとは。
遊びで済ませることはできない……。
PvP、プレイヤー同士の戦いは心が騒ぐ。




