Data.39 静かなる霧の中の戦い
アジト内部は……真っ白でどういう構造かわからない……。
ここも村ほどではないにしろ、地面が水平で足場はいい。
しかしここには『霧消し石』が無いので、霧がずっとたちこめたままだ。
これは確かに住みにくい。
「どうする? 敵の位置もよくわからないわ」
私はユーリに近寄って小さな声で相談する。
見えないけど、数メートル先に山賊がいてもおかしくないのだ。
「私に良いアイテムがあります。これを見てください」
ユーリはそう言うと懐から円形の鏡を取り出した。
そしてそれを上に向けると、鏡より一回り大きな光の円が空中に映し出され、その円の中にちらほらと赤い炎が灯る。
「『妖獣写しの鏡』というアイテムで、所有者の周りにいるモンスターの位置を赤い炎で示してくれるのです。山賊もモンスターと同じ扱いになっているので、問題なく表示されてますね」
「すごいアイテムね。なかなかレアじゃない?」
他のゲームでは画面の隅の方に表示されていることが多いミニマップみたいなものね。
敵との距離や数もわかるし便利そうだ。
「ええ……初めはそう思ったんですけど、範囲がかなり狭いんですよね……。半径十メートルぐらいで、平地ならもう普通に視認できる距離なんですよ。でも、この霧の中なら十分役に立ちますね。デザインが気に入って持ち歩いておいて良かったです」
彼女はそう言うと視線を光の円に戻す。
今表示されている炎は八つだ。
「村を襲撃した山賊は六人、うち三人は村で仕留めました。逃げた三人はここにいるはずです」
「子どもたちの位置を真っ先に確認したいけど、これでは難しそうね……」
「はい。なので敵の数を気づかれないように減らしていきましょう。まずこの少し先で動かない山賊から……」
私とユーリは気配を消して赤い炎との距離を詰めていく。
スニーキングミッションって感じだ。
「霧にうつる人影が確認できたら攻撃です……」
「うん……」
すり足でさらに近づく。
すると、明らかに体格のいい大人の影が見えた。
「ふっ……!」
「はっ……!」
ユーリは符、私はブーメランを投擲。
音も無くその影と赤い炎が消えた。
――スキルレベルアップ!
「倒せたのね……」
「はい。炎も消えました」
レベルが上がるという事は、本当にモンスターを倒すのと同じ扱いってことね。
それにしてもアッサリだった。まあ……騒がれたらめんどくさいから助かるんだけど。
「この調子でいきましょう」
「わかったわ」
最低限の言葉で行動の確認をした後、私たちは赤い炎を頼りに霧の中を進んだ。
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「あと一人です」
「霧の中を見通せるというボスが、囲いの中にいてくれて助かったわ」
私たちは一つ残った赤い炎を見つめてつぶやく。
ボスは木の骨組みに布をかぶせた簡単な建物の中に陣取っているようだ。
そして、大事な人質である子どもたちもその中にいるのだろう。
「どうする? ボスだけなら建物ごとふっ飛ばせばいいけど、子どもたちもいそうだし」
「さて、どうしましょうか」
ユーリは先ほどから目を瞑り、腕を組んで考え込んでいる。
その出で立ちにはなんとなく神聖さすら感じる。
アジト突入前までの気弱な女の子感どこへ……。
「……はい。このまま布を切り裂き、正面から突入しましょう」
「えっ……それ考えた結果なの?」
「ええ、子どもたちが待っていますよ」
そう言うとユーリは鏡を懐へしまい、【斬下の符】一枚を片手に歩き出した。
「ちょ、ちょ……」
本気で言ってるの!?
流石に正面からでは子どもたちを盾にされる危険があることは私にもわかる。
しかし、ユーリは気にせず建物を覆う布を切り裂いた!
「罪深き山賊の頭よ! 観念なさい!」
ユーリは中に踏み込み、そう宣言する。
「だ、誰だお前は!?」
中で人質の子どもたちを値踏みするように眺めていたボスが驚きつつも武器をとる。
むぅ、子どもたちとの距離が近いこれでは予想通り……。
「は、ははっ! わかったぞ! お前らあの村の奴らに頼まれて、ガキどもを助けに来たんだな! こそこそとご苦労なこった! おい、お前ら! 見張りサボってんじゃねーぞ! やっちまえ!」
ボスは手近な子どもを腕に抱えて、武器である剣を構える。
案の定人質を取られてしまった。
「……おい! 返事はどうした! 声がちいせーとこの霧じゃ聞こえねーって何度も言ってるだろ!」
「罪深き手下たちには先に裁きを下しました」
「なにぃ!」
「ちょっとユーリ……」
この状況でよく煽ることを言うものだ。
彼女はどうしてしまったんだろう……。
「く、クソがぁ! お前らまずは武器を捨てろぉ! そのなんだかわからねえ黒いヤバいやつをだ!」
山賊のボスは子どもに剣を突き付けながら叫ぶ。
とりあえず、ここは従わないと……。
「……あ」
地面に『邪悪なる大翼』を突き立てようと、そのボディに触れた時、微かに震えていることがわかった。
今日はユーリの符から勝手に私を守ってくれたり、機嫌が良かったのに今はとてもイラついている!
目の前の敵を倒したいのに、倒させてもらえないからか。
でも、ここは抑えて……。
「どうした!? 早くしないとガキどもがどうなっても知らんぞ!」
「ま、まって!」
私はゆっくりと『邪悪なる大翼』を地面に近づけ、それを突き刺した。
そして、手を離そうとする。
ダメだ。このまま手を離したら……私から離れてしまったら何をするかわからない。
敵ごと子どもすら切り裂きかねない……そんな感覚が伝わってくる。
「……そんなに手を離すのが嫌なら……俺がぁ体から腕を切り離してやるよぉぉぉーーーッ!!!」
ボスが剣を振り上げ私の腕を狙う。
『邪悪なる大翼』がさらに震える。
「タイガーウィップ!!」
ボスの背後から突如現れた虎がボスの体を貫く。
「ぐご……ッ! な、仲間を隠してやがったのか……ッ! ちくしょおぉ……!」
剣と子どもを取り落し、ボスの体がふらつく。
「はぁ!」
ユーリがその体に符を撃ちこみ、ボスはあっけなく消滅した。
そして、ボスが消滅したことにより、背後から攻撃を仕掛けた人物の姿が見えるようになる。
「遅くなってすんません、マココはん!」
「ベラ! 良かった……」
この「良かった」にはいろんな意味が込められている。
無事でよかった、良いタイミングで来てくれて良かった……。
「ナイスタイミングでした。えっと……ベラさんというのですね」
「ユーリはベラがいたことを知っていたの?」
「はい。私のスキル【折鶴の符】は飛行の能力を持ち、私が目をつぶっている間は、折鶴の周囲の風景を見ることも出来るのです」
ユーリはその手のひらに紙でできたツルを着陸させ、少し悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「それに私の意志で元の紙に戻すこともできて、中にメッセージを書くことで何かを伝える事も可能です」
手のひらのツルが正方形の紙に戻り、中に『こちらボスの気を引く。その隙にしとめて』と書いてあるのが見えた。
そして紙はまた独りでにツルの形に折られていく。
「……なんで言ってくれなかったの?」
「マココさん、演技とか苦手そうなので」
ユーリはちろっと舌を出して笑う。かわいいと思ってしまう。
確かにベラが無事とわかり、ボスの背後から攻撃を仕掛けてくれると知っていれば、その方向ばかり見ていたかもしれない。
いやでも、それにしても……。
「確かにマココはんはウソをつくのが苦手やし、顔にも出るし、演技も下手そうや。それは確かや! 伝えんかったのは正しいかもしれん! ただ一人……いや一個か? まあええわ、とにかくもう一体作戦を伝えんとアカンかった奴がおる!」
「わ、私とマココさんとベラさん以外に誰かいましたか? 子どもたちですか? でも、それは難しいかと……」
「ちゃうちゃう、まあわからんかったのも当然やし、責める気はないけど教えといたろ。この黒いブーメラン『邪悪なる大翼』にはやんちゃな心がある! やから、あんまりイライラする状況は暴れだす危険性があるんや」
「そ、そうだったんですか……。すいません、私何も知らずに調子に乗ってました……」
出会ったころの弱気なユーリが顔を出した。
どれが本当の彼女に近いのだろうか。
まあ、オンラインゲームで他人の『本当』を探るのは無礼な行為だ。
付き合いが長くなれば向こうから話してくれるだろう。
「まあ次に生かせばええわ! 改めて自己紹介しよか。あたしはベラ・ベルベット!」
「私はユーリ・ジャハナです。ありがとうございました、ベラさん」
「いいってことよ!」
ベラも完全にいつもの調子が出ている。
霧におびえていた彼女はどこへ……って、ベラはこれが『本当』よね。
「それにしても、よく山頂に辿り着けたわね。何か道しるべでもあった?」
「いや、モンスターとの死闘を繰り広げながら、勘で走りまわっとったらここに着きましたわ」
「突入タイミングもぴったりだったけど、ボスの声がちゃんと聞こえてたの? 霧の中じゃ音も聞こえにくいけど……」
「聞こえにくかったですか? 建物から少し離れてても、あたしの地獄耳には常々ゲス野郎の汚い声がはっきり聞こえてたけどなぁ……。やから、中の状況もなんとなく察せてドンピシャに入っていけましたわ」
流石ベラね。そうとしか言えない。
「あのぉ……おねーさん達……」
村の子どもの中の一人が意を決して話しかけてきた。
普通なら戦いを間近で見て泣くか、山賊が倒されて喜ぶところに、キツイ方言を大声で話す人が入ってきて、完全に気圧されていたみたい。
助けに来たはずなのに、私も少しの間子どもたちを忘れちゃってた……。申し訳ない。
「じゃあ、おねーさん達と村に帰ろうか」
その言葉を聞くと、子どもたちはやっと笑顔を見せた。
「ベラ、ユーリ、私は先を歩くわ。折鶴を使って少し離れた位置から私を確認しながらついて来て」
「また、なんでそんな回りくどいことを?」
「『邪悪なる大翼』のストレスを発散させてあげないとね。ボスを自分で倒せなかったし、せめて雑魚モンスターを狩って満足してもらうわ。だから、子どもたちを近づけると危険なのよ」
でも、私とはぐれると『ペンデュラム』のない他のみんなは迷ってしまうからね。
そういう意味でも【折鶴の符】はかゆいとこにも手が届く良いスキルだ。
「はー、わかりましたわ。ほな、少し後ろをついて行かせてもらいます」
「ありがと」
さぁ、私も少しもやもやした感じが残ってるし、村に戻るまで派手にやってやりますか……。
いくわよ、私の邪悪なる大翼!




