Data.38 青髪の巫女と罪と罰
ペンデュラムは変わらず引っ張られるように斜め上を指している。
このまま山を登っていけば、いずれ山頂に着くのだろう。
「それにしても、山賊はどういう扱いになるのかしら」
今思ったけどNPCと戦うのは初めてだ。
いや、山賊はモンスターと同じ扱いなのかな?
レトロゲームでは山賊や犯罪者が雑魚モンスターと同じよう扱いで、何度も湧いてくることもあるけど、AUOはどうなんだろう。
私はあまりそういうところを調べていない。
興味が薄いというか、説明書は必要になったら読むタイプなのだ。
うーん、AUOは『一つの世界』を謳っているワケだから、善良なNPCに犯罪行為を仕掛ければ何らかのペナルティがありそうよね。
でも悪いNPCに何もできないってことはないと思うのよ。
……今からでもちょっと調べるか。
「……ん?」
私が立ち止まった時、霧が揺らめくのを感じた。
いや、霧はいつも揺らめきながら流れているんだけど、少し乱れが生じた様な……。
ヒュッヒュッ……
霧を突き抜け、何か小さなものが私に向けて飛んできた!
速い! 避けられない!
その時、背中の『邪悪なる大翼』が独りでに動き、私と飛来物の前に突き刺さった。
飛来した何かは黒く巨大なブーメランに激突し、はらはらと地面に落ちた。
これは……お札?
ヒュッヒュッヒュッヒュッ……
飛来する札の数が増え始める。
どうやら私を敵として認識しているようだ。
「待って! 私は村から山賊退治を頼まれてきた者よ! あなたが山賊でないなら、戦う気はないわ!」
霧には音すら吸収し弱める効果があるらしいので、私は全力で叫んだ。
この人はおそらく先に村に来ていた人だ。
確信はないけど、お札を武器にし赤と白の変わった装備を着ているとなれば、一つ思いつく職業がある。
「……本当ぉ……ですか」
霧の向こうから声が聞こえると同時に、目の前に大きなシルエットが映った。
声色は女性だけど、かなり長身のようだ。
「本当よ。あなたが山賊を追っているから、合流して一緒に戦ってと言われたの」
「……」
ぬっと霧の中からその姿を現したのは、青く長い髪に紅白の巫女服を着た女性だった。
その手にはまだ札を持っている。
長老の言っていた見た目と同じ……だけど、少し雰囲気がイメージと違うわね。
襲われている長老と山賊の間に割って入り、引き上げる山賊をそのまま追い回すようなエネルギッシュな感じが彼女からはしない。
目も伏し目がちで、自信なさげだ。
お札を見るまでは巫女のイメージも無く、赤と白でヒロイックな装備をした勇者系プレイヤーだと思ってんだけど、予想が外れたわ。
ただ、そのすらりと伸びた長身と長い髪が風で揺らめくさまは、また別の風格を持っているともいえるかも。
「……あの」
「あっ、ごめんね。じろじろ見ちゃって」
「いえ、私こそ今舐めるようにあなたを見つめてしまったことを、謝ろうと思って話しかけたんです……」
「そ、そうなんだ……。お互いさまね……」
これまた不思議ちゃんだ。
いろんなイメージが合わさってつかみどころがない。
「私、村を襲った山賊を追っていたのですが、途中で逃げられてしまって、今はアテも無く霧の中を彷徨っているところなんです……。お会いできてよかったです。それで……その赤い振り子が道しるべなのでしょうか……?」
振り子……ペンデュラムのことね。
私は彼女に村でもらったペンデュラムの仕組みを話した。
「はー、そんなハイテクな物なんですね。私ったら後先考えず飛び出してしまって……恥ずかしいです……」
彼女は頬に手を当て恥らう。
「まあ、その気持ちは私もわかるから気にすることないよ。さぁ、一緒に行きましょう」
「はい、よろしくお願いします……。あっ、自己紹介がまだでしたね。私はユーリ・ジャハナというものです。ジョブは巫女です」
ユーリは綺麗なお辞儀をした。
動作がいちいち美しい。
「私はマココ・ストレンジよ。こちらこそよろしくね」
「ああっ! やっぱりマココさんでしたね。似てるなぁ……とは思っていましたが、ご本人だなんて……。ご活躍を動画で拝見させていただきました」
「ご活躍だなんてそんな大層なもんじゃないですよ、ははは」
「そんなご謙遜なさらずに。とってもカッコよかったですよ」
早くも動画の宣伝効果が表れてるわね。
こう真正面から褒められるとなんだか照れてしまう。
「そういえば、掲示板に黒い翼が生えているという情報がありましたけど、これもブーメランだったのですね」
「そうよ。これはドラゴンゾンビがドロップした武器なの」
「はへー、いいですね……。もう一つ聞きたいんですが、ジョブの回帰刃ってなんですか?」
「よく掲示板を読み込んでいるようね」
「はい……あまりプレイングに自信がないので、情報だけはと……」
「良い心がけよ。回帰刃はブーメランと読むの。回帰する……手元に戻ってくる刃という意味でブーメランよ」
「すごいセンスですね……。憧れちゃいます」
そこは憧れるところなのかな?
……いや、褒めてくれているのだから素直に喜ぼう。
「ふふっ、褒めてくれてありがとう。じゃあ、一緒に山賊のアジトに向かうとしましょうか」
「わかりました」
私たちはお互いを見失わないように体を寄せ合って歩き始める。
そして、歩いてる間も会話を続ける。
大声でなければ敵に聞こえることもないだろうし。
「そういえば、ユーリの使ってる武器って何? 私にはお札に見えたけど」
「それであってます。私はいろいろな符を生成するスキルとそれを操る【符術】のスキルで戦います」
「さっき私に飛ばしてきたのはどんな符だったの?」
「あれは【斬下の符】です。これですね」
ユーリの指の間に先ほど見た白い符が生成された。
彼女は私の顔の近くにそれを持ってくる。
よく見ると、金属の様な光沢がある符だ。
「普通の懺悔……ではなく、斬って下すと書いて斬下なんです。その名の通り、切れ味鋭く金属のように硬いです。ですからいろいろ便利で困ったらこれを使います……」
少し恥ずかしそうというか、ぼそぼそと説明するユーリ。
スキルのネーミングが恥ずかしいと思っているのかな?
私に比べれば随分まともなネーミングなのに……。
まあいいか、それより聞いてみたいことがあった。
「ユーリって山賊と村で戦ってるのよね?」
「はい。全員は仕留め切れませんでした……。情けない……」
「あっ、そういう事じゃなくて。山賊って敵としてどういう扱いなのかなーって。一応NPC扱いなのかな? 攻撃しても大丈夫なのかなって……」
それを聞いた途端、ユーリは小さく笑った。
「ふふっ、あのマココさんがそんなことを知らないなんて……。私のことからかってます?」
「いやぁ、私あんまり細かい説明とか規約を全部読まないのよねー」
「豪快なお方……。では、要約して説明いたしますね」
少し笑顔を見せるようになってきたユーリの言葉に耳を傾ける。
「これはプレイヤーにも関係する事なのですが、この世界で悪いことをすると……ステータスに『罪』を背負うのです……!」
「す、ステータスに罪を背負う……の?」
なんだかすごいワードね……。
それにユーリの話し方が怪談の語り手のようになっている。
「はい。たとえば、プレイヤーでもNPCでも誰かを悪意を持って殺すとします。すると、殺した側は『殺人の罪』みたいなのを背負うらしいのです。実際まだ見たことはありませんが、ヘルプには種類に応じた罪を背負うと書かれています」
「罪を背負うと、どうなるの?」
「『罰』を受ける状態になります。これも例えの話になりますけど、物を盗んだ場合は『盗まれた側』がそれを取り戻すために『盗んだ側』へ攻撃を仕掛けても許される状態になるらしいです」
「物を取り返すための攻撃は許されるというワケね」
「その通りです。普段なら先に攻撃を仕掛けられた場合、身を守るための反撃が許されるのですが『盗んだ側』は『盗まれた側』からの攻撃に反撃してもさらに『罪』を背負ってしまいます。窃盗が強盗になる感じで、罪は重くなるんです」
だから、私から魔石を奪おうとしたシャルアンス聖騎士団下っ端の皆様も『決闘』にこだわったのね。
これは気になって後から調べたんだけど、モンスターのドロップ品はモンスターを倒した者に所有権があるらしい。
時間経過や所有者の権利破棄宣言で、初めて誰でも持っていっていいものになるようだ。
ちなみにパーティの間ではドロップ品が共有される。
私が所有権うんぬんが気にならなかったのはこのせいね。
アチルと常に組んでいたから、彼女の倒したモンスターのドロップ品も平然と拾っていた。
本当は組む相手を選ばないと、勝手にドロップ品を全部持って逃げられるかもしれないのだ。
これから気をつけよう。
「しかし、この『罪』と『罰』の関係は難しいんです……。盗んだ側が罪を認め、盗んだ物を返し、さらになにかお金でも差し出して謝ってきたとしましょう。これに対して死ぬほどの攻撃などは過剰な罰とされ、逆に罪になる事もあるのです」
「やり過ぎはいけないという事ね。でも、その基準というか明確なラインがわかりにくいわね」
「はい。なので仕返しでスカッとして許せる範囲になったなら『許し』を与えてあげるといいです。『許し』で『罪』は消えます。先ほどのマココさんの様に」
「私、ユーリに何か悪いことしちゃった!?」
「いえ、私がマココさんに『攻撃』をしてしまいました。でも、マココさんは私が勘違いで攻撃しただけと理解してくれたので、すぐ『罪』は無くなりました。まあ……すぐ許されたのは、直接的な悪意のない攻撃だったので、そもそも『罪』が軽いというのもありますが……」
「同じ罪でも状況や意識によって『重い』や『軽い』が出てくるのねー。そこらへんはシステムがどうやって判断してるのかしら……?」
「それは簡単ですよ」
「え?」
「だって、私たちプレイヤーは脳の思考をこのゲームに直接つないでるじゃないですか。だから、その行動がどういう思考によって起こされたものか、システムはわかっているのですよ。つまり悪意を持った行動か、そうでないかもちゃんと判定してくれているはずです」
「……それもそうね」
広範囲攻撃が偶然当たってキルしてしまっても、そこまで重い罪にはならなそうね。
暴走する『邪悪なる大翼』を使う者としてはありがたいシステムだ。
いやでも、そういう暴れる危険のある武器とわかっていて何か起こすと重い罪かな?
うーん、やっぱり難しい。
「そんな深く考える必要はないですよ。後で取り返しのつく罪は大抵許されます。ただ……あまりやりすぎると、とんでもないことになります……」
「……どうなるの?」
「『罪』を背負い過ぎると、誰からどんな『罰』でも受ける状態になるのです……! そして、そうなると赤く染まったステータスバーが頭上に現れる。つまり、野良のモンスターと同じ扱いになるのです……。そして、今追っている山賊たちはみなそうでした……」
ユーリは低い声で囁く。
彼女は服装もあってか、怖い話をするのがよく似合う。
霧の深い山の中というシチュエーションもあって、背筋がゾクゾクしてきた……。
「ちなみに……プレイヤーがそうなった場合も同じことになります。好き勝手悪いことをすれば、誰から何をされても文句が言えない立場になってしまうのです……。そして、そうなったプレイヤーが死を迎えた時、そのデータは消滅するようです」
「えっ! つまり……罪を犯し過ぎてから死んでしまうと、もうAUOを遊べないってことかしら?」
「さぁ……そもそもこの短期間で多くの罪を背負い、それでいて誰かに殺しという裁きを受けたプレイヤーがいるかわかりません。なので、データ消滅後にまた一から冒険を始められるのかは不明です。ただ、運営はそのデータは消滅すると……」
普通のゲームならデータを消すというのは、規約を違反した場合などに行われる。
いわゆるBANという奴ね。
AUOは一つの世界。
その世界でやたらめったら罪を犯すプレイヤーは排除されやすくなる……ということかしら。
しかし、あくまでも罪を犯してから死亡状態になるまでは普通に冒険できるというのがミソね。
強さがあればそういう悪役的な遊び方が出来てしまう。
『罪』と『罰』のシステム……それは不快な奴がいるなら、自分でそいつを叩き潰しに行けという『創造神』からの熱いメッセージなのかな。
「マココさん、ゲームルールの話はこれくらいにして、ここへ来た目的を果たすとしましょう。どうやら、ここからがアジトのようです」
ユーリの指差す先には、ガタガタの木の柵が建てられていた。
この霧の中では綺麗に並べて作れなかったのだろう。
「罪を背負い過ぎた者たちに、裁きを下しに行くとしましょう」
先を見つめる彼女の視線は鋭い。
やっぱり、ただの気弱な巫女さんではないよね。
「わかってるわ。でも、子どもたちの安全確保を優先してね」
「もちろんです」
私たちは霧の中のアジトへゆっくりと足を踏み入れた。
以前ご指摘いただいたPKのペナルティやアイテム所有権の説明をやっとできました(そして長くなりました……)。
あと少しでイベントのお話に入る予定です。
これからも気軽に感想などで応援していただければ幸いです。




