Data.32 新たな標的を求めて
「ヒッヒッヒッ……やるじゃないか。まぁ、あたしゃ初めからやれる女だとわかってたがね……」
村の門の前にマンネンをとめ、降りてすぐに婆さんに会った。
「村の者も非常に感謝しているよ。ただ、こういう辺境に住んでるもんだから、外部の人間に感情を表現するのが苦手なだけさ。許してやっておくれ」
「大丈夫です。ちゃんと伝わってますよ」
「そうかい。さぁて、いろいろやってくれたあんたに報酬を払わねばならんねぇ。まずは持ち込んだ素材代を含めたお金だよ」
素材……ああ、そういえば初めて降り立った森で狩った魔物から出た素材を預けてたなぁ。
「あと、これは私からの気持ちさ。その服もずいぶん長く着てるみたいだからねぇ」
婆さんが差し出したのは、統一感のある装備一式だった。
赤茶色を基調とした編み上げブーツとグローブにハーフパンツ、そしてベスト。
シャツは長袖でうすい灰色。
一番目についたのは、豊富な色の毛糸で模様が編み込まれているポンチョだ。
「これは……」
「『風来の狩人シリーズ』と呼ばれる装備品たちさ。鎧とかに比べるとそりゃ防御力は劣るが、動きやすさと柔軟性は目を見張るものがあるよ。何より名前があんたにピッタリだと思ってねぇ……ヒッヒッヒッ」
確かに私は狩人だし、この服……特にポンチョは民族感が溢れていて一目で気に入ってしまった。
「ありがとうございます。毎回いろいろお世話になっちゃって……」
「あんたがしたことに比べれば些細なもんさ。それにその装備一式も黒いブーメランにはとても及ばんものだしねぇ……」
婆さんは私の背中にくっ付いている『邪悪なる大翼』を指差す。
こいつはなぜか背中にだけくっ付くから持ち運びには便利してる。
翼だから背中に惹かれるのだろうか。
「そいつは悪魔だが、悪ではない。古来より悪魔とはそういうもんで、約束さえ守れば真面目に仕事をしてくれる。場合によっちゃ神よりもねぇ……」
「こいつの悪戯心を抑える方法を知ってますか?」
「それは知らないねぇ。心は一つ一つ違うから、会ったばかりのそいつの事はあたしにゃわからん。ただ、抑え込み過ぎてはいけない。かといって放っといたら調子に乗っていく。対等な関係を心がけるこったね」
対等ねぇ……。
とりあえず、普通に戻ってきたところをキャッチ出来るようにはしたなぁ。
「あっ! マココさん! まだここにいたんですね!」
両親と家に一度戻っていたアチルが門の方までやってきた。
「マココさんのおかげでみんな無事に村に帰ってこれました! あっ、その装備ばあ様にもらったんですか? カッコいい……着てみてくださいよ!」
「えっ、あー、そうね。着てみましょうか」
私は一度マンネンの中に戻り、着替えてまた出てきた。
「わー! すごい! もともと強そうなマココさんが更に強そうになってますよ!」
「歴戦の狩人って感じやな。まあ、あたしのセンスには及ばんけど」
確かにこれは動きやすい装備だ。
肌の露出は多少あるけど、堅実な雰囲気がする。
「良く似合ってるじゃないか。これで次の旅の準備は整ったねぇ」
「え! マココさんもう行っちゃうんですか!?」
「そ、そうなの?」
婆さんの言葉に私自身が驚く。
確かにイスエドの村での目標は達成したから、他の場所を目指す事にはなりそうだけど……。
「そうだよ。風来の狩人は常に新たな標的を追い求めるのさ」
「……私どうしましょう」
アチルが珍しく困った顔を見せる。
「今は家族と一緒にいたいものねぇ。年頃の娘には自然のことさ。なぁ、マココ?」
婆さんに「わかってるね?」といった顔を向けられた。
もちろんわかっている。
むしろ、私と出会ったことで戦いだけを追い求める様な子にならないでよかった。
「うん。アチルはご両親とこの村を守ってあげて。無理に戦いに生きる必要はないわ」
「私、お父さんやお母さんと再会して弱くなってしまったんでしょうか……。今は少し戦うことが怖いんです……。もう戦えないかも……」
「お前に限ってそんなことはないねぇ。生まれついての戦士なんだから。今は目的を果たして気が緩んでるだけさ、年相応にね。またしばらくしたら、体から溢れるエネルギーが抑えられなくなってくるよ」
「そんなもんなんですか……?」
「そうだ」
婆さんは言い切った。
私もアチルがこのまま大人しく暮らしていくとは思えない。
でも、あまり危険な目にはあって欲しくないな。
彼女は私たちとは違う。場合によってはこの世界で死んでしまうから。
「……マココさん! 私、とっても感謝してます! 一人じゃドラゴンゾンビどころか、死して蠢く者の洞窟すら突破できませんでした!」
「それは私も同じよ。感謝してるわ」
「今はセイントとカースドを使ってますが、最初に頂いたロットゥンクロスボウは大切に持ってます! 家宝にします!」
「そ、そう……ありがとう」
「また、村に来てくださいね!」
「もちろん!」
少しさみしいけど、これでいい。
おそらくこれからの戦い……イベントはプレイヤー用に企画されている。
高難易度だと死んで覚えるような攻略になるかもしれない。
「あ、戻ってこられたんですね」
割としんみりする別れのシーンに気の抜けた声が聞こえてきた。
「おっ、あんたは騎士団にほいほいついていった尻軽女のエリカ……トックリやったけ?」
「トリック! エリカ・トリックです! あと尻軽女はいくらなんでもひどーい!」
「はは、すまんすまん。ほんの冗談や。で、村の外から帰って来たようやけど、どこいってたん?」
「ダンジョンですよダンジョン。そちらのお婆様に紹介していただいた死して蠢く者の洞窟ってところに行ってきました。まあ、10Fもたどり着けませんでしたけど」
村に滞在していたエリカもあのダンジョンに行ったのね。
まあ、いくらアンデッド特効装備があってもソロ初見で10F越えは難しいか。
「無事帰ったかお主たちよ。村も特に変わりないぞ」
雷の守護者もゆっくりとやってきた。
ボディもほとんど再生して、元の姿を取り戻している。
「次の戦いへ向かうのだろう? 我は不死者の残党がいなくなるまでは村に残るつもりだ。気にせず行くがよい」
「あなたもいろいろありがとう。とても頼りになったわ」
「守護者として当然のことをしたまでだ」
あいかわらずクールな守護者ね。
「私もしばらくこの村の周辺を探索しようと思います。自分なりのこの世界の歩き方を探そうかなと。また会ったら一緒に冒険してください」
「うん、もちろんいいよ」
エリカもイスエドの村に残るようだ。
サベント渓谷が自由に通れるようになったから、村にも人が行き来することになるだろう。
変な奴が来ないことを祈ろう。
「じゃ、そろそろ行きまっか」
「そうね。みんなありがとう。また会いに来るわ」
私とベラはマンネンの側面ハッチを開け、乗り込む。
そして、ハッチを閉める前にそこから顔をだし、最後の言葉をかける。
「それではみなさん行ってきます、ということで!」
「行ってきますって……ちょっと違うんじゃない?」
「マココはんにとっては、この村がこの世界での故郷やろ? なら「行ってきます」でええとおもうで。あっ、「ベラにはそんな馴染みないやろ」ってツッコミやった?」
「……いえ、行ってきます」
「いってらっしゃーい!」
みんなの声を背に、私とベラとマンネンは次の目的に向けて動き出した。
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「……入れ込み過ぎかしら?」
再び渓谷から町へ向かう中、私はぽつりと呟いた。
「そんなことありまへん。この世界は一つの世界。NPCもみんなそれぞれ独自の考えを持ってて、生きてるみたいなもんや。それにゲームに真剣になってこそのプロ! プロ野球選手が試合中に「こんなん球遊びや」とヘラヘラ笑ってたらいかんでしょう? それと同じですわ」
ベラの言葉には力があるわね。
純粋に声がデカイのもあるけど……。
「それにしても、ここまで急ぐ必要はあるの? イベントはあくまで今日『発表』であり、『開始』ではないんでしょう?」
「それはそうなんですけど、この運営のことやし、発表から早い段階で開始もブッ込んでくると思ってるんですわ。一週間か、三日か、発表当日そのままか……」
「普通にイスエドの村から動き出すのではダメなの?」
「前にちょろっと言ったと思うんやけど、マココはんにも【ステータス隠蔽】のスキルか装備を手に入れてほしいんですわ。これからトッププレイヤーと出会うこと必至やから、最低限自分の情報は守らなアカン。その為にはあるフィールドを探索して、装備を手に入れるのが手っ取り早い……という事や」
「イベント開始までに隠蔽装備が手に入りやすいフィールドを探索してそれを手に入れ、イベントに備えるというわけね」
「そゆこと」
非常に合理的なプランだけど、一つ気になる点がある。
「あの騎士団もそうだけど、そこまで対策して挑むほど価値のあるモノが手に入るイベントだと思う? 一回目のイベントってプレイヤー同士のぬるい馴れ合いが主流だと思ってたわ」
「それならそれで、しゃーないですわ。でもやれる事はやっときたいですやん? それにAUOやからね。マココはんも何か起こることを期待しとるんとちゃいますか?」
「まあ、ね……」
その時だった。
ステータスウィンドウが勝手に開き、ニュースのページが表示される。
「来ましたで……っ! なになに……『第一回イベントのタイトルと開催日が決定いたしました!』。それでタイトルは……『アイテムBOX争奪トライダンジョン』!?」
物騒な字があるなぁ……。
こりゃ私たちの期待が裏切られることはなさそうね。




