Data.28 それぞれの目的の為に
「おーい! もう決闘は終わったんだからこっちにおいでよ」
木の陰に隠れている女の子に向かって私は声をかける。
「……」
その子は無言のままこちらに駆け寄ってきた。
そして……
「す、すいません! わ、私は戦う気はないのでこっ、殺すのだけは許してください!!」
彼女は叫びながらひれ伏した。
私が相当恐ろしい存在に見えたみたいね……。
まあ、私にとって今一番恐ろしいのはあの黒いブーメランだけど。
「いやいや、あなたは悪いと思ってないから。ほら、顔を上げて」
彼女の体を引っ張って立たせる。
その顔はまだ申し訳なさそうだ。
何か話題を……っと、そうだ。あの事を聞いておかないと。
「あなたは騎士団のメンバーじゃないの? 装備とか他の人と違ったし、会話もあんまり噛み合ってなかったようだけど」
「一応メンバーと言えばそうなんですかね……? 誘われたのはほんの少し前で、私はこの谷から少し離れたところで町に向かってくるアンデッド系モンスターを一人で狩って、レベルを上げていたんです」
「へー、一人でレベル上げはわかるけど、またなんでここら辺を狩場にしてたの?」
「そもそも東の都市オーステンがスタートだったというのもあるのですが、一人で行った『聖なる滝の裏の洞窟』というダンジョンでアンデットによく効く剣を手に入れたんです。そして、しばらく町周辺をフラフラしていたら、ゾンビやスケルトンが増えだしたと聞いて、これはちょうどいいといった感じでちまちま狩っていました」
「ダンジョンも一人で?」
「はい。私、あんまりこういうのやったことなくて、いきなり人と冒険するのは怖いなと……。そのダンジョンはなかなか幻想的な風景で、モンスターも弱くて階層も少なかったんです。だから割と何とかなりまして……」
ほー、私が『死して蠢く者の洞窟』という狭くて暗くて怖いダンジョンに潜っている間に、そんな気持ちよさそうなダンジョンを観光……探検していた人もいるのね。
この世界では、自分以外にも常に誰かが動いているという当たり前の事実を再認識できたわ。
「それで、そんなあなたがまたどうして騎士団に?」
「それが、狩りをしていたところを誘われたんですよ。『良い装備持ってるね。シャルアンス聖騎士団に入らないか?』って」
大体話が見えたわね。
あいつらはドラゴンゾンビ討伐を計画し、戦力を集結させた。
でも、割と独断気味で団の中でも強いとされるメンバーを集めきれなかった。
だから即席で対アンデット装備を持っているこの子を引き入れたのだ。
ただ、あの青髪や黒髪の男に団員を勝手に加入させる権力は無いと思うから、上手くドラゴンゾンビを仕留めても団に入れてもらえたかは怪しいわね。
この子もオンラインゲーム初心者見たいだし。
……そういえば名前すら聞いてなかった。
「大体事情はわかったわ。ところで、良ければ名前を教えてくれない? 私はマココ。マココ・ストレンジよ」
「私はエリカ。エリカ・トリックという名前にしました。語感重視で……」
「エリカと呼んでいいかしら? 私もマココでいいから」
「はい。かまいません」
「じゃあ、エリカ。シャルアンス聖騎士団について何か知ってることない?」
彼女はほとんど部外者だったし、あんまり詳しい事は知らなさそうだけど、まあこういうのは一度聞いてみるものよ。
「うーん……あまり詳しい事は知らないんですけど、『上がイベントへの備えで動かない』とはよく愚痴っていました」
イベントか……。
ゲームによってはいつも何かしら行われている事もあるオンラインゲームの華ね。
確かに近日中に発表があるという噂はあるけど、内容もわからないのに備えか……。
でも、わからないからこそ備えるという考え方もできるのよね。
「ありがとう、十分よ。これから何か行くあてとかある?」
「いえ、そもそもここに来る前もレベル上げしてただけでしたので……」
予定なしか。
そうなると少しお願いしたいことがあるので、後で言おう。
「じゃあ、引き上げるとしますか」
「まってました! はよオーステンに行って、魔石を換金するとしましょうや」
ベラは上機嫌だ。
魔石を売った儲けを渡すとは言ってないけど、もうもらったつもりなのだろう。
まぁ、彼女の増援は非常に助かったので、遠慮されてもこちらから渡すつもりだったけどね。
性格的に絶対遠慮しないだろうけど。
「そうでしたマココさん! 私たちそもそもサベント渓谷をまた行き来できるようにする為に戦ってたんでした! 私ったらドラゴンゾンビを倒して完全に舞い上がってました……てへへ」
アチルも上機嫌だ。
新たに大地に生えた薬草を食べ、回復した彼女。
かつて『ロットゥンクロスボウ』が合体していた右腕には、今は違うクロスボウが合体している。
これもおそらく私の『邪悪なる大翼』と同じドラゴンゾンビのドロップ品だろう。
何かデメリットがあるのかとか移動中に聞こうかな。
「では、私は村に戻るとしよう」
雷の守護者が言う。
彼もダメージが激しいものの、どこか清々しい雰囲気を感じる。
「えっ、戻っちゃうんですか? 一緒に町に行きましょうよ!」
アチルが驚いた顔で言う。
「そもそも我は人前があまり得意ではない。目立つも苦手だ。それに今はボディの損傷も激しいので余計にな」
「そうですか……」
「あとは村の守りも必要だろう。出稼ぎに行っていた村人たちもやっと帰ってきたと思ったら、村がモンスターに襲われていたなど笑えんからな。この体でも森から出てくる獣やアンデッドの残党ごときはどうにでもなる。安心して町へ行くといい」
「ううっ……ありがとうございます……」
傷を負っても流石『守護者』だ。
そのオーラに衰え無し。
しかし、それでも心配なものは心配なので……。
「あの、さっき予定がないって言ってたわよね? エリカさ」
「あ、はい」
「良かったら、ここから東にあるイスエドの村周辺を冒険しつつ、村の様子を見ててくれない? 近くにアンデッドがそれはもう沢山でるダンジョンもあるから」
「え! アンデッドがたくさん出るダンジョンあるんですか!?」
大人しいと思っていたらすごい食いついてきた。
「うんうん、あるある……。死して蠢く者の洞窟って言うダンジョンなんだけどね。まあ、村に行ったら不思議なお婆さんがいろいろ教えてくれると思うわ。そのアドバイスを真面目に聞いて守ってれば、結構強くなれると思うよ」
「わぁ! ありがとうございます! ……私も渓谷からたまにやってくるゾンビを狩るのでは、流石に効率が悪いかなと思っていたんです。だからドラゴンゾンビ討伐の誘いに乗ってしまって……浅はかでした」
彼女はまたしゅん……とする。
「まあ、強いモンスターと戦いたいと思うのは普通だし、人との関わりも初めはわからないものだからね。いろいろ試していけばいいと思うわ。やってみないとアタリハズレも知ることが出来ないし」
「そんなもんですか……」
「そうそう。普通トッププレイヤー集団に誘われたら大体の人間はついて行っちゃうよ。私やベラみたいな変わり者以外はね」
私はチラリとベラを見る。
「な、なんか今の冗談……仲間と認めてくれたみたいでうれしいですわぁ……」
ベラは少し赤くなった頬に両手を当てている。
この反応は予想していなかったけど、変わり者の証明にはなった。
というか、事実であって冗談ではないような……。
「ふふっ、そうですね。切り替えていきます! では、私はイスエドの村へ向かおうと思います」
「お願いね。雷の守護者もいろいろ頼んだわ」
「了解した。町から焦って帰ってくる必要はないぞ」
二人にはドラゴンゾンビの落とした魔石を少し持って村へ向かった。
「じゃあ私とアチル、ベラはオーステンの町に移動ね!」
「よっしゃ来た! マンネンに残りの魔石を積んで、あたしらも乗るで!」
三人で手分けして魔石をマンネンのハッチの中へ積み込み、私たちも作業後マンネンに乗り込んだ。




