再会 1
今日もシュヴァルツと共に謁見をしていると、バタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。そして、謁見の間に飛び込んできたブロイエさんが、シュヴァルツに駆け寄る。珍しく慌てた様子だ。緊急事態でも起きたのだろうか?
ブロイエさんがシュヴァルツに何か耳打ちをする。すると、シュヴァルツは舌打ちをし、玉座から立ち上がった。え? 何? 何で立ち上がるの? 困惑する私を余所に、彼はブロイエさんと共に謁見の間を後にした。
え……。えぇっ~! もしかして、この後、私独りで謁見するの? そうなの? ど、どど、どうしよう……! 独りでなんて無理だよ! シュヴァルツ! カムバ~ック!
独り慌てていると、謁見の間の閂が内側から下ろされた。はっ! もしかして、休憩? でも、まだまだ謁見を待っている人達、たくさんいるはずなのに……。謁見、午前中に終わりきらなくなっちゃうんじゃないかな? それに、何で私独りぼっちで置いてけぼりにされてるの……? ええっと、私、どうしたら良いんだろう……?
玉座でオロオロしていると、ラインヴァイスが謁見の間に入って来た。どこか険しい表情で、彼は玉座の後ろに控えている護衛の鎧騎士さんに何か指示を出す。私はそれをジッと見つめていた。すると、その視線に気が付いたラインヴァイスが、私に向かってにこりと微笑んだ。
護衛の鎧騎士さんが去り、彼らと入れ替わるようにラインヴァイスが玉座の後ろに控える。暫くすると、ノイモーントとフォーゲルシメーレが謁見の間にやって来た。彼らもラインヴァイスに倣う様に、静かに玉座の後ろに控える。う~ん。部屋の雰囲気が何か変。どこか緊張感が漂っている。やっぱり、何かあったのだろうか?
「あの――」
何かあったのかをラインヴァイスに尋ねようとした瞬間、シュヴァルツがブロイエさんを伴って謁見の間に姿を現した。怖っ! シュヴァルツの顔、無茶苦茶怖いんですけどッ!
「アオイ。話がある」
シュヴァルツは、玉座に座る私の前に仁王立ちすると、そう切り出した。威圧感が半端無い。取って喰われそうに感じるのは、私だけでしょうか?
「は、話……? 何でしょーか……?」
「謁見を待つ者達の中に、中央神殿の者が紛れ込んだ可能性が高い」
「……え?」
予想していなかった話の内容に、私の頭が真っ白になった。中央神殿の人が紛れ込む……? 謁見を待っている人達の、中、に……。
「シュヴァルツ……。それ……」
緊張で口の中が渇く。何で……? どうして……? いや、どう考えたって、狙いは――。
「アオイが狙いとみて間違い無い。ブロイエと共に部屋に戻れ」
「え……。あの……」
私が頷くより早く、ブロイエさんが私の手を引いて強引に立ち上がらせた。そして、彼は杖を掲げると、魔法陣を展開する。
「ちょっ――!」
待ってと叫ぶより早く、ぐらりと視界が揺れ、私は東の塔最上階の自室へと強制送還された。目の前には丸まって寛ぐミーちゃん。今日も暖炉前には白い毛玉が転がっている。
「アオイさん。僕はシュヴァルツの元に戻るから。何かあったら、ローザさんとアイリスを連れて城を脱出して。そこの白い子なら、城の中でも転移、出来るでしょ」
「え、あ、あの――!」
ブロイエさんは、私が呼び止めるより早く姿を消した。ぽつんと部屋に置いてけぼりにされる私。何で、こんな事に……。心臓が早鐘を打つ。何かあったらって……。そんな……。ここで戦いが起こるとでも言うの? さっき、ラインヴァイスとノイモーントとフォーゲルシメーレが来たのって、戦う気、だったから、とか……? もしかして、ヴォルフもどこかで待機してたの?
突如、遠くの方から爆発音が響いた。寝ていたミーちゃんがその音に驚いて飛び起きる。
本当に、中央神殿の人が紛れ込んでた……? 今のは、誰かが魔術を放った音? 出窓に駆け寄るも、ここからでは何も見えない。どうしよう……。どうしよう! 私、ここでこうしていて良いの? ブロイエさんには逃げろって言われたけど、シュヴァルツを、みんなを置いて逃げるの? 逃げられるの?
ミーちゃんが私の足に纏わり付いてくる。じゃれているようにも見える動きだ。でも、これはきっと、早く逃げようって言っているんだ。ここは危ないから早く行こうって、そう言っている気がする。でも――!
私はクローゼットに駆け寄ると、その中にしまってあった魔剣を取り出した。謁見中はこうして部屋に置いておいた私の剣。実戦でなんて使った事は無いけれど、かなり強力な武器なのは間違いない。鎧は……着けている暇なんて無い! 仕方ない。私はドレスの腰のリボンに剣を差すと、雪狼のマントを羽織った。
私は……私はシュヴァルツの妻、なんだ! 私だけ安全な場所に逃げるなんて出来ない。誰が何と言おうと、私はシュヴァルツと一緒にいる!
「ミーちゃん。謁見の間に行きたい」
「んみゃっ! にゃにゃっ! にゃあ~!」
「ミーちゃん!」
私が叫ぶと、ミーちゃんはビクリと身体を震わせた。今までミーちゃんに大きな声を出した事なんて無かったから、突然の事に驚いたのだろう。でも、今は緊急事態なんだ。一刻も早くシュヴァルツの元に行かないといけないんだ!
「謁見の間だってばっ!」
ミーちゃんは未だ、ごねる様に鳴いている。私が謁見の間に行く事に反対なのだろう。どうにか私を説得しようとしているのかもしれない。
次の瞬間、二度目の爆発音が響いた。さっきよりも大きな音だ。さっきのは城の外からっぽかったけど、今のは確実に城の中からだった!
今、こうしている間にも戦いは始まっているはずだ。もし、シュヴァルツの身に何かあったら……。不吉な考えが頭をよぎる。ぞくりと、私は身震いをした。
「お願いだよ、ミーちゃん……。お願いだから……!」
じわりと視界が滲む。……泣いたら、駄目だ。私にはやらなくちゃいけない事があるんだ。早く、シュヴァルツの元に行かないと! 私は深呼吸をすると、ごしごしと目元を袖で拭った。
「……ミーちゃん、お願い。シュヴァルツの所に連れて行って。一生のお願い……!」
震える手でミーちゃんを抱き上げ、その目を真っ直ぐ見つめる。すると、ミーちゃんは諦めたように溜め息を吐いた。そして、長く鳴く。すると、私の足元に青白い魔法陣が展開された。
ぐらりと視界が揺れ、私は謁見の間に立っていた。そこは、先ほどまでとは打って変わって荒れていた。扉が無くなり、壁のあちこちに亀裂が走っている。足元には大小様々な瓦礫。二回目の爆発音は、ここの扉を爆破した音だったのだろうか?
私の目の前にはシュヴァルツ。剣を構える彼は、真っ黒の全身鎧を纏い、臨戦態勢に入っている。ラインヴァイスやブロイエさん、ノイモーントやフォーゲルシメーレも臨戦態勢で、各々の武器を構えていた。
みんなの視線の先には、旅人風の格好をした五人組が立っている。その中の三人はマントのフードを取り、顔を晒していた。その顔に、私は見覚えがあった。
中心には金髪碧眼の女。言わずもがな、メーアだ。彼女の両隣には見覚えのある男達。右側には銀髪に水色の瞳の男――レイガス。左側には茶髪のガタイの良いおっちゃん――ガイさん。ミーちゃんがガイさんの姿を見とめ、挨拶をするように鳴く。その声に、ガイさんの口角が僅かに上がったようだった。
彼らの後ろには、フードを目深にかぶった二人組。ここからだと顔が見えない。背格好的に、男の人と女の人らしい事だけは辛うじて分かる。普通に考えて、この二人が、私やミーちゃんと同時に召喚された残りの二人、なのだろう。
状況的にはこちらが断然有利だ。というか、たった五人でこちらの本拠地に乗り込んで来る彼らの気が痴れない。それ程、自分達の実力に自信があるのだろうか? 流石に無謀だと思うけど……。それとも、この人達が本気を出したら、この竜王城なんてあっという間に吹っ飛んでしまうの? ラインヴァイスが中央神殿の一部を吹っ飛ばしたように。
で、でも! こっちには結界術師のラインヴァイスがいるんだから! そう簡単に攻撃は通らないはずなんだから! それに、シュヴァルツだってノイモーントだってフォーゲルシメーレだって、とっても強いんだから! 実力、というか、強さが未知数なのはブロイエさんだけなんだから! あんな人達には負けないんだから!
フードを目深にかぶった男が前に出た。メーアが彼の後ろで意地悪そうな笑みを浮かべる。や、やる気だな! そっちがそのつもりなら、こっちだって! そう思って、私はミーちゃんを下ろすと、腰の剣を抜き放った。膝が震える。剣を持つ手も小さく震えている。そんな私を庇うように、ラインヴァイスが私の前に出た。白銀鎧を纏う彼の背から、真っ黒い殺気が漂ってくる。や、殺る気満々……。
フードを目深にかぶった女の口が笑みの形に歪んだ。と思った次の瞬間、レイガスが動いた。掲げた杖の先に光が灯り、魔法陣が展開される。魔法陣のパターン的に、光属性の攻撃魔術だ! まさか、この部屋ごとお城を吹っ飛ばすつもり? 同時に、メーアの腕のブレスレットが淡い光を発する。そして、彼女は宙に手を掲げると、召喚系の魔法陣を展開し始めた。
と、とりあえず、狙うはメーアだ! 彼女さえ人質に取ってしまえば、彼らはあまり無茶出来ないはず! 交渉だって、出来るかもしれない! そう思って、私が一歩踏み出そうとした瞬間、動いた人物がいた。




